人材育成の目的
企業経営における人材育成の目的は、経営理念やビジョンを具現化する人材の育成である。そして、その過程において必要不可欠な業績の向上――つまり事業の継続を実現することである。
すなわち人材育成とは、経営の目的を達成するための手段に過ぎない。企業の成長戦略を実現するための、戦略にひも付いた人材育成方針が定まってこそ、人材育成の重要性が企業の中で真に認識されるのである。
一昔前まで行われてきた教育は、現場のOJTに偏重しており、新人は先輩の背中を見て覚え、繰り返し経験を積むことでスキルを身につけていくのが一般的であった。近年はどうだろうか。人材確保や生産性向上、新たな付加価値の創出が求められる中、何年も先輩の後ろで下積みを経験できる仕事はほぼないだろう。新人はいち早く活躍し会社の業績に貢献することを求められており、そのために計画的な教育システムが必要とされてきている。
リスキリングの必要性
近年注目されている教育システムの一つに、リスキリングがある。リスキリングの目的は、社員が新たに必要となる業務・職務に適応できるよう、職業能力を再開発・再教育することだ。似た制度として、「リカレント教育」も社会人の学び直しという意味を持つ。リカレントは一般的に業務との連動性の有無にかかわらず本人が主体的に新たなスキルや知識を習得することを指す一方、リスキリングは企業が主体となり、人事戦略として社員に学びの機会を提供する点が特徴である(【図表1】)。また、ITツールの導入や新規事業の立ち上げなど、既存業務から新しい業務へ転換するための社員のスキルチェンジを目的としており、新たな価値の創造が期待される。
【図表1】これまでの人材育成とリスキリングの違い
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
リスキリングを実施するメリットとして、主に下記の5つが挙げられる。
①新しい知識・技術の保有者を継続的に輩出することにより、ビジョン・方針の推進力が高まる
②既存の考えや技術にとらわれない新しいアイデアが生まれやすくなる
③DX人材の育成により、生産性向上が期待できる
④戦略的な人材配置が可能となり採用コストの削減につながる
⑤社員のキャリアアップや活躍の場が拡大することで、定着率が向上する
OJTの質を変える「経験学習モデル」の考え方
もちろん、学習の機会は座学のみではない。現場で行われるOJTが今後も必要不可欠であることに変わりはないだろう。ただし、「業務を教える」だけの単純なOJTではなく、より個人の成長に寄与する質の高いOJTが求められている。
その際、「人はどのように育つのか」について理解しておくことが重要である。ここでは人の成長に関する考え方の一つとして、「経験学習モデル」を紹介したい。
経験と学習に関する学術的な知見の中で一般的に広く知られているのが、米国の組織行動学者であるデイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」である。人が経験から学びを得るプロセスは「具体的経験」「内省的観察」「抽象概念化」「能動的実験」の4つのステップで成り立つとし、このサイクルを繰り返すことによって経験から学習し、成長することができると述べている。(【図表2】)
【図表2】経験学習モデル
出所:Kolb, D. A. Experiential Learning: Experience As The Source Of Learning And Development
①具体的経験
経験から学ぶためには、まずは良質な業務経験を選択することが必要である。自らの成長につながるチャレンジングな業務を能動的に行うことで機会を得ることができる。
②反省的観察
自らの経験・言動を振り返り、客観的に掘り下げていくことを指す。ここで重要なのは、誤りや失敗だけでなく、成功についても「なぜそのような行動をとったのか」「自分はどのように感じたか」など客観的に振り返ることだ。ポジティブな経験を振り返ることも、成功体験の再現性を高めるために必要不可欠な行為である。
③抽象概念化
経験を抽象化し、他の状況でも応用可能な知識として自ら作り上げることを指す。なぜ成功(失敗)したのかポイントを抽出し、違う場面でも活用できるように情報を体系化・概念化することである。
④積極的実験
最後のステップは、経験を通して構築されたルーチンや理論をアクションに移すことだ。この能動的実験によって、新たな「具体的経験」を得ることができる。このサイクルを回すことが、経験学習を促進していく。
「反省的観察」の段階では、上司や同僚など他者との対話を通じた支援の重要性が指摘されている。個人が独力で経験を振り返り抽象化するのではなく、フィードバックやコーチングなどの支援を受けることで経験学習の質を高めることができるのだ。このモデルを理解することは、効果的なOJTを実施するための一つの指針となり得るだろう。
2018年、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度や教育制度の構築支援、セミナー講師・運営など、人材育成の現場に幅広く携わる。階層別・テーマ別の教育カリキュラム策定から企業内講師育成・研修運用までを支援し、中堅・中小企業の人材育成内製化を実現した経験を多数持つ。人材育成研究会のサブリーダーを務め、「業績に直結する教育の効果的な運用」を研究中。