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コラム
人材マネジメントの流儀
企業が「今」取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて、タナベコンサルティング HR コンサルティング事業部メンバーが徹底解説。実際の企業の取り組み事例を交え、採用から育成、活躍、定着と制度構築まで網羅し、人事の極意に迫ります。
コラム 2024.11.28

Vol.11 人材採用を取り巻く環境 立入 俊介

 

タナベコンサルティングのHRコンサルティング事業部による連載「人材マネジメントの流儀」。第11回は「採用」をテーマとして、外部環境の変化とそれに応じた人材確保の考え方について解説する。人手不足が深刻化する中、採用活動はどのようにアップデートしていくべきなのか――。

 

人材採用を取り巻く環境

 

人材フローマネジメントの入り口である「採用」について考えるに当たり、まずは人材採用を取り巻く環境変化を押さえておく必要がある。環境が驚くほど速く、不規則に変化するVUCAの時代において、働く人を取り巻く環境もまた急速に変化している。そんな中、採用を成功させるために押さえるべきことを挙げればきりがないが、どの企業も必ず踏まえるべきポイントは大きく3つに絞ることができるだろう。

 

⑴生産年齢人口の減少

1つ目は、少子化に伴う生産年齢人口の減少である。日本の15~64歳の生産年齢人口は1995年に8716万人でピークを迎えて以降、減少の一途をたどっており、2019年には7450万人まで低下した。さらに2029年には7000万人を割り込み、2065年には4529万人(2021年の約60%)となることが推計されている。

 

これに対し政府は少子化対策だけでなく、働き手の供給強化に向けて女性や高齢者の就業促進、副業・兼業の解禁などさまざまな対策を講じている。その結果、労働力人口(15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口)は増加し、一定の成果を見せた。しかし、コロナ禍をきっかけに2019年から減少トレンドに差し掛かり、人手不足を感じる企業の割合も年々増加傾向にある。東京商工リサーチの調べによると、2023年に人手不足により倒産した企業の約4割は「採用難」が原因だった。

 

今後、生産年齢人口の減少に伴って、労働力人口は減少する見通しだ。労働政策研究・研修機構による最も楽観的な推計でも、2030年以降、労働力人口は減少する(【図表1】)。企業間での人材獲得競争が激しさを増していくことは間違いない。採用の場面においてはこの前提を踏まえ、求職者に選ばれるための施策を講じる必要がある。

 

 

【図表1】労働力人口の推移

出所:労働政策研究・研修機構「2023年度版 労働力需給の推計(速報)」(2024年3月11日)

 

 

⑵働く人の価値観の多様化

2点目は、価値観の多様化である。この背景には、家族形態の変化やインターネットの発達によるコミュニケーションの変化、大規模な自然災害の頻発などがある。とりわけコロナ禍は、多くの企業でリモートワークが導入されるなど、「働くこと」に対する人々の価値観に大きく影響を与える出来事であったと言えよう。雇用不安を抱える人が急増する中、転職や副業・兼業への関心も高まりを見せ、新入社員のキャリア意識にも影響を及ぼした。東京商工会議所が毎年行っている「新入社員意識調査」によると、「就職先の会社でいつまで働きたいか」という問いに対して、「チャンスがあれば転職」と答えた割合が増加(【図表2】)。2024年度には「定年まで」の割合と逆転し、長期勤続志向の低下と転職志向の高まりが顕著になった。

 

 

【図表2】就職先の会社でいつまで働きたいか


※2020年度調査は実施されていない
出所:東京商工会議所「新入社員意識調査」(2009年度~2024年度)

 

 

⑶技術革新

3点目は、技術革新による変化である。高速通信やAI(人工知能)などの技術革新は私たちの生活を便利にするとともに、仕事の面でも先端技術を用いた合理化が進むことが想定される。特にAIはパターン化できる仕事を得意としており、タクシーや電車などの運転士やコンビニ店員、一般事務職などは将来的にAIが代替できる可能性の高い職種とされている。その他、マーケティングや広告、法律、人事などの領域でも今後活用が可能になるとされている。

 

AIに仕事を奪われる「AI失業」への危機感が募る一方、人的リソースの最適化が進む期待もある。労働力人口の減少が避けられない日本では、不足する労働力を補う方法として企業規模を問わず積極的な活用を検討すべきである。ここで重要なのは、人間にしかできない仕事と機械で代替できる仕事を明確に区別することである。例えば、付加価値の高い接客や、新たな製品・サービスの開発、起業などは、人間にしかできない代表的な仕事といわれている。

 

生成AIが日常的に活用できるツールとなった今、手頃な価格で利用できる企業向けのサービスも増えている。AIを用いた既存業務の効率化は遠い未来の話ではなく、今すぐ使える課題解決の手段であると捉え、自社の業務の在り方と人的リソースの配分を見直していく必要がある。

 

 

人材採用の目的と重要性

 

人材採用には、攻めと守りの2つの視点がある。戦略を推進するために既存人材にはない新たな人材を獲得するのが「攻め」であり、例えばDX人材や海外進出を進めるグローバル人材などがこれに当たる。一方、既存事業の延長線上での欠員補充は「守り」に当たる。これまでは「守り」の採用で安定的な成長が見込めていたが、前述した通り、生産年齢人口の減少や働く人の価値観の多様化、技術革新の進展などの環境変化に対応するため、昨今は明らかに「攻め」の要素が求められるようになっている。

 

ここであらためて自社が採用活動を行う目的を見直してみていただきたい。なぜ自社は採用を行うのか、求める人材像はこれまでと同じで良いのか。人手の足りていない部署やポジションに当てはまる人材を採用するのではなく、自社の成長戦略が描く未来を実現できる人材を採用する視点はあるだろうか。

 

人材採用の最も重要な目的は、成長戦略を踏まえた「人的リソースの確保」である。そう考えると、企業にとって採用は経営課題と捉えられる。人材確保の難度が増す中、採用活動の成否は戦略の実現に大きく影響を与え、企業の生き残りを左右するといっても過言ではない。全社共通の経営課題として採用活動に向き合う必要があり、応募者に対しては採用担当部署だけでなく、経営者や現場の社員などとの接点を設けながら、自社の価値観や描く未来像を伝えることで動機付けしていく必要がある。

 

また、採用する人材の雇用形態に柔軟性を持たせることも重要である。「成長戦略を推進する上で必要なスキルを自社に取り入れる」という目的を中心に据えると、必ずしも「正社員・直接雇用」で人材を確保する必要はないと気付くだろう。必要なスキルがあれば、非正規雇用やフリーランス人材との業務委託契約、シニア社員やアルムナイ(退職者)の再雇用、副業・兼業者の受け入れなども視野に入る。まずは既存社員の保有スキルを洗い出し、戦略に照らして不足があれば、そのスキルを持つ人材の確保をより柔軟な枠組みで捉えることも必要だろう。

 

 

人が「集まる」組織をつくる

 

採用に成功している企業は、例外なく「魅力ある組織」である。もちろん、人によって何を「魅力」とするかは異なるが、働く人の多くがなんらかの「魅力」を感じ、成長を実感できる企業に人は集まる。重要なのは、こうした「魅力」は仕組みとして意図的に構築できるということである。自社の組織づくりの一環として「魅力」をつくり、採用活動において打ち出す。これらを両輪で実行することで、人を「集める」採用から、人が「集まる」採用にアップデートすることができるのだ。

 

また、新たな人材の採用は、組織への健全な刺激と既存社員が育つ風土を生み出す。新しい人材に業務を教える過程で既存業務が客観的に見直されたり、部下育成の経験を積む機会となったり、既存社員や組織全体にも良い影響を生むだろう。他社での経験が豊富な中途入社者は、既存社員にとって切磋琢磨するよきライバルになり得る。

 

こうしたプラスの効果を得るためには、新たな人材を受け入れる「組織としての対応力」が必要である。自社が大切にしている価値観を新規採用者に伝え、共感を得ながらも、それぞれが持つ価値観を受け入れられる組織に変革する。これが人材の定着につながり、強く柔軟な組織を築くきっかけになる。採用と人材の受け入れをセットで考え、上下関係ではなく、互いを尊重できる柔軟な組織風土がつくれているかどうか、一度客観的に見つめてみるとよいだろう。

PROFILE
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立入 俊介
Syunsuke Tachiiri
タナベコンサルティング HR チーフマネジャー

総合人材サービス会社にて新卒採用・人材育成支援に従事し、プレイングマネージャーとして組織マネジメントを経験。社内の組織改革を手掛けたのち、タナベコンサルティングへ入社。「社員が生き生きと働き、周囲に薦めたくなる組織づくり」を信条とし、採用領域での知見を生かして顧客の理念・ビジョン・企業風土・採用競争力・制度設計・グループ人事まで、多面的かつ戦略的な人事コンサルティングを行っている。