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コラム
人材マネジメントの流儀
企業が「今」取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて、タナベコンサルティング HR コンサルティング事業部メンバーが徹底解説。実際の企業の取り組み事例を交え、採用から育成、活躍、定着と制度構築まで網羅し、人事の極意に迫ります。
コラム 2024.03.06

Vol.3 日本型人材マネジメントの特徴 三瓶 怜

 

環境変化に適応して成果を上げられる組織をつくるためには、時代に応じて変えるべきものと受け継ぐべき不変の原理原則を見極めることが重要である。タナベコンサルティングHRコンサルティング事業部による連載「人材マネジメントの流儀」第3回では、日本企業特有の人材マネジメントが生まれた背景を整理し、不易流行の視点を持って改革の方向性を見定める。

 

日本企業特有の人材マネジメント

昨今、日本でも人的資本経営の重要性が認知され、旧態依然とした日本型人事からの脱却を図ろうとする企業が増えている。しかし、日本企業に深く根付いた慣習や制度へ本格的にメスを入れ、かつ成果を得ている企業はごく一部だろう。第1回でも述べた通り、人材マネジメントは経営戦略と連動した経営システムであり、施策の本質的な理解を欠いたままでは成果は上がらない。そこで本稿では、前提となる日本企業特有の人材マネジメントの成り立ちと背景を整理し、現在の経営環境に照らして問題点を浮き上がらせていく。

 

⑴三種の神器(終身雇用・年功序列・企業内労働組合)
現在の日本の人材マネジメントの源流は、高度経済成長期にあるといえるだろう。「終身雇用・年功序列・企業内労働組合」は日本的経営の「三種の神器」と称され、日本の高度経済成長期を特徴づける重要なシステムとして欧米諸国から高く評価されていた。

 

モノの製造を中心に発展していく工業化社会では、社員の経験や知識が仕事の成果に直結する。大量生産を支えるために画一的な技能を持った労働者が大量に必要とされ、経済成長にも後押しされて安定した雇用が供給されてきた。そのような環境では、終身雇用で人材を長期的に確保し、年功で評価して長い目で人材を育成するシステムには合理性があったのだ。社員目線で平たく捉えれば、「若い間は苦労もするが、会社が生活の安定を保障し、定期昇給とポストを提供することで後に報われる」という仕組みであったといえる。

 

近年では産業構造の変化に伴い、こうした伝統的な人材マネジメントにもさまざまな変化がみられるものの、「終身雇用」と「年功序列」は依然として日本の多くの企業で機能しているシステムである。

 

⑵人材確保(新卒一括採用)と人材配置
「新卒一括採用」も日本特有の人材マネジメントシステムといえよう。最近は転職が一般化し、中途採用者の割合が増えているものの、新卒採用中心の企業はまだまだ多い。新卒一括採用は高校・大学を卒業した学生に対し、一定の雇用機会を提供するという点では非常に優れた制度である。欧米諸国のように学生時代に企業が求める専門性を磨き上げる必要はなく、入社後にさまざまな経験を通じて長期的なキャリア形成と能力開発に取り組めるのは日本らしい良さだといえる。

 

このような人材確保の在り方を踏まえると、人材配置にも特徴が表れる。例えば、外部から人材を調達したいときには新卒採用を行い、欠員の発生には内部の人材を配置転換して対応する、などである。人材の一括確保と企業内における流動的な人材配置の組み合わせが、日本企業の経営を安定させてきた。日本型の人材マネジメントが「安定している」と評価されるゆえんであろう。

 

⑶一律的報酬体系
企業が社員に支払う報酬は、「より高い成果を上げた人材」に分配されるのが基本である。これは時代や国に関係なく一致した見解であり、当然日本においても通用する価値観である。しかし日本企業が採用している実制度は、時間軸に対する一律的な報酬体系である。年齢や勤続年数を基準に設定される年齢給は、その最たる例であろう。他にも、定期昇給制度や全社員月給制、勤続年数に応じた退職金制度などが挙げられる。また、評価に応じて賞与でメリハリを付けている企業はあるものの、年収でみると欧米諸国のような急激な変動はない。

 

競争よりも安定を重視する思想を踏まえたこのような報酬体系も、日本の人材マネジメントの大きな特徴である。

 

 

日本型人材マネジメントのメリット

こうした日本型人材マネジメントは、産業構造の変化に伴い制度的限界を迎えているといわれている。だが、決して悪い面ばかりではない。これらの制度には大きく2つのメリットがある。

 

⑴長期雇用による失業率の低下
OECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本の失業率は主要先進7カ国の中で最も低い水準で推移していることが分かる(【図表】)。2023年の日本の失業率は2.6%であり、フランス(7.3%)やイタリア(7.6%)と比較すると3倍近くの差がある。

 

【図表】主要国の失業率の推移

出所:OECD主要統計

 

この背景には、終身雇用制度がある。長く終身雇用を取り入れてきた日本では、労働基準法によって安定した雇用身分が保証されており、日本の失業率を大きく引き下げてきた。また、新卒一括採用は若年層(15~24歳)の失業率を低く抑えているといわれており、実際に諸外国と比較して低い水準である。日本型の人材マネジメントは、雇用の安定という観点から見ると非常に優れたシステムであるといえる。

 

⑵中長期的な視点での企業経営
経営状況が悪化すると、対応策の一つとして人件費の圧縮が検討されるのは、日本でも欧米でも変わらない。欧米では短期的な利益を重視する株主が多く、悪化した経営を早期に立て直すことを求められ、結果として雇用が維持できなくなる危険性がある。

 

それに比べて日本では、人材の長期雇用を前提としていることを株主が理解しているため、短期的な経営改善を目的とした人件費圧縮に対する圧力が少ない。その結果、中長期的な視点に基づいた安定雇用と企業経営を行うことができる。

 

 

日本型人材マネジメントのデメリット

日本型の人材マネジメントには、当然デメリットもある。昨今はこれらのデメリットの影響がますます強くなっているのではないだろうか。

 

⑴同質化が進むことによるイノベーション不全
不確実性の高い環境においては、異質性(個性)の掛け合わせによって新たなイノベーションを生むことが必要だ。また、昨今は人材の多様化も加速しており、国籍・性別・価値観などさまざまな違いを持った人を受容し、イノベーションを生む組織への期待も高まっている。今までに比べて、人材の個性を重視する風潮に変化してきているといえよう。

 

一方、日本型の人材マネジメントの根底には、「新卒・男性・一律処遇」のような同質性がある。このような同質化の進んだ組織のままでは、イノベーションは起きず、企業の衰退を招きかねない。

 

⑵人材競争力の低下
高度経済成長期に力を発揮した長期的な雇用と育成も、先が見通せない現代においては人材競争力の低下を招く。デジタル技術の急激な進展により、働く人材に求められるスキルは目まぐるしく変化している上、経営戦略の実現に必要な能力も多様化している。一律的で長い時間をかけるこれまでの育成手法はもはや通用せず、スピード不足と言わざるを得ないだろう。

 

変化の激しい環境下を企業が生き抜くためには、自律的に学んで成果を創出できる人材が必要だ。このような人材を早期に育成する仕組みへ転換しなければ、人材競争力は低下していく一方である。

 

 

日本型人材マネジメントからの脱却

今日の日本の人材マネジメントは、大きな岐路に立っているのではないだろうか。過去の栄光はそれとして、現在の環境に合わない古き慣習や制度からは脱却しなければ生き残れない。

 

2022年に経済産業省が発表した「未来人材ビジョン」では、日本の従業員エンゲージメントは世界全体で見て最低水準にあると報告されており、人材競争力の低下や人的投資の低さなども相まって国際競争力の低下に結びついていると指摘されている。事実、1990年頃にはIMDの世界競争力ランキングで1位だった日本は、2023年には35位へと転落している。

 

こうした現状を直視し、正しい危機感を持たなければならない。先行き不透明な時代では、企業と人材は対等な立場に立ち、相互に成長し合う関係性を構築することが必要だ。そのためには「人材と雇用を守る」という日本らしさは踏襲しながらも、経営理念に基づいた多様性あふれる新たな人材マネジメントスタイルを確立することが求められる。

PROFILE
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三瓶 怜
Rei Sanbe
タナベコンサルティング HR ゼネラルマネジャー
ホテル運営会社で事業戦略の策定、収益改革、人材育成、業務改善などの実務全般を経験後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度の構築をはじめ、教育体系の立案や現場から幹部層を対象とした各種研修の企画など、各企業の実情を踏まえた戦略人事コンサルティングを得意とする。「人の成長なくして組織の成長なし」が信条。