その他 2023.10.02

EX(従業員体験)を高めるシスコの取り組み:シスコシステムズ

エンゲージメントとは「ワクワク感」

 

タナベコンサルティング・浜西(以降、浜西) シスコシステムズは「働きがいのある会社」(GPTWジャパン)の第1位に3度選出されました。

 

宮川 インターネットの礎をつくり、世界中のネットワークの発展に貢献する当社は95カ国・360拠点に展開し、日本には1350名の社員がいます。創業当初からイノベーションをとても大切にして、その根底にある「人のエンゲージメント」を重視するカルチャーが息付いています。

 

浜西 パーパス「すべての人にインクルーシブな未来を実現する」を、どのように浸透させていますか。

 

宮川 デジタル時代の到来や少子高齢化による労働人口の減少など、市場変革のスピードが加速する中で重要なのは、いち早く新しい価値を市場に提供することです。それが可能になる仕事のやり方、会社・組織の在り方を考え、女性活躍やDE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)も強みに変えていくことが、人事部門に求められています。

 

また、優秀な人材ほど新たな機会やチャレンジを求めて辞めていく時代には、会社と社員が互いに選び合う、より対等な関係性になっていきます。会社は社員一人一人にどんなEX(従業員体験)を提供できるのか、どんな価値観を共有するのかが重要です。

 

エンゲージメントとは、自分らしさを発揮して会社に貢献したいと思える「ワクワク感」です。そのために必要なスキルも変わります。知識・専門性、オペレーション能力、指示通りの実行力はデジタル時代に自動化され、代わりに膨大なデータと豊かな想像力をストーリーとしてつなぎ、1人ではなくチームとしての能力を最大化する、「人ならではの力」が求められます。それは研修で教えられるものではなく、日々のワクワク感の中で養いながら育まれるものです。

 

浜西 市場変革に対応できる組織体制をつくり、社員のエンゲージメントを高め、イノベーションを促進するということですね。

 

宮川 「正解に向かう時代」から「問いを立てる時代」にシフトする中で、自律性・自発性・人間性をイノベーションの最大の武器にするには、ルールをつくりすぎないことです。ルールがあるとオペレーションは楽ですが、考える力を奪います。ルールをつくり込むよりも、方向性やマインドを共有した上で、一人一人が考える土壌づくりをすることが大切です。(【図表】)

 

【図表】社員に求められる能力の変化

出所 : シスコシステムズ提供資料を基にタナベコンサルティング作成

 

自分らしさを発揮できる仕事や裁量があること。日々チャレンジし成長している実感があること。崇高なパーパスと自分の仕事が結び付くこと。やりがいの根底にカルチャーがあり、全てがパーパスへと向かいつながっていくために、3つのアプローチがあります。

 

第1が「トップダウンとボトムアップの双方向」。目的と意図を明確化し、受け身のぶら下がり社員が生まれない共創のアプローチです。第2に「一人一人の役割と期待値の明確化」。いつまでに何をどんなクオリティーでやるか、期待値を明確に言語化できればリモートワークでも部下の仕事ぶりに不安は感じません。第3に、アジャイル型で「最初から完璧を目指さない」。小さな試作・検証を繰り返し、「~だからできない」を「~すればできる」へと発想を転換させます。

 

「People Deal」という考え方も根付いています。会社と社員、相互の成長を最大化させるには互いに約束を果たし合うことが重要で、会社が提供する「機会・裁量」と、社員に期待する「自律」を明確化しています。仕事の成果もキャリアもお膳立てするのではなく、社員が自分で考え行動を起こして、実現するための最大限のサポートを会社がしています。

 

 

行動変容につながらない5段階評価を廃止

 

浜西 社員の方のハイパフォーマンスを引き出すための仕組みを教えてください。

 

宮川 パフォーマンスの評価軸は「期待された成果が出せたか」「組織のビジョンに沿う行動ができたか」「チーム・組織へ貢献できたか」の3つです。独りで何かを成し遂げることが難しい時代には、チームとして強くなることが重要です。また、成績が抜群でもチームとしての共有や貢献をしない社員は、昇給はしてもリーダーに昇格できません。

 

アンバサダーと呼ばれる社員による、ボトムアップのボランティア活動も10年以上続いています。6つの委員会グループがあり、好きな活動に参加して自分の熱意や思いを日々、形にしています。役員はそのスポンサーとなって、やりたいことの実現をサポートします。

 

浜西 管理・評価軸は分かりやすく、モチベーション向上の後押しも一貫性があります。私たちコンサルタントが大事にするのも、「やること」と「やめること」の明確化です。

 

宮川 当社の「やること」は1on1による頻度の高いコミュニケーションです。しっかりと対話してパフォーマンスに向き合い、これから何をするのかの目線と意識を合わせて言語化します。さらに、弱みを克服する「改善」よりも、あえて「強み」の発揮にフォーカスし、チャレンジを大事にしています。

 

「やめること」は、一定比率に強制配分する5段階評価です。ルールと同じで評価する側には便利ですが、評価される社員にとっては、未来の行動変容に結び付かないため廃止しました。

 

目標を立ててから半年あるいは1年後に業務に対するフィードバックを受けても、それは社員にとって単なる過去を振り返る作業でしかありません。1on1で、今取り組んでいる業務について即時的にレコグニション(承認)やフィードバックをやり取りすることが社員の未来の行動変容に結び付いていると感じます。

 

浜西 「どうすればパフォーマンスを最大化できるか」という問いを立て、最適解へとナビゲーションする役割を人事が果たしているわけですね。

 

宮川 1on1を補完する「チェックイン」という独自の週報ツールもあります。「①前週に何をしたかの振り返り」「②今週やる優先すべき業務」「③どんなサポートが必要か」を社員一人一人が毎週ツールへ入力します。興味深いのは、①で「エネルギーを得た出来事」と「やる気を削がれた出来事」を記述することです。強みを発揮できたかの自己認識力を高める助けになり、マネジャーも業務外の出来事を含めて向き合えます。

 

氷山モデルと呼んでいますが、価値観や家族の健康など、水面下で見えにくいこともパフォーマンスに影響します。うまく活用し、社員一人一人を人としての全体性で捉えられるマネジャーのチームはエンゲージメントが高く、そうでないチームは低いですね。

 

 

エンゲージメントサーベイで社員の声を聞いて分析

 

浜西 働きがいは毎年、エンゲージメントサーベイを活用して定点観測されています。

 

宮川 重視するのはスコアではなくインプットで、OODAループによる共創を強く意識し、会社・人材の成長戦略の礎に位置付けています。PDCAサイクルとの最大の違いは、起点が「観察」から始まること。サーベイで社員の生きた声を拾い、人事がデータ分析をして、どんな課題があり何に注力すべきかを明確にして取り組むプロジェクトに反映しています。

 

プロジェクトは人事だけで進めず、「この指、止まれ!」と呼びかけて、社員をタスクフォースに巻き込んでいます。パイロット化や全社へのフィードバックなど、一緒にOODAループをどんどん回して、少しずつ良いものに変えていくことをアジャイルにやっています。現在は「未来の働き方」「組織間の相互理解促進」「フィードバックとレコグニション」の3つのプロジェクトの枠組みで、多様なテーマのサブプロジェクトが同時進行しています。

 

浜西 褒め合い認め合うレコグニション文化は、会社と社員の互いの成長にとても大事なことです。ハイブリッドワークも、一人一人が最高のパフォーマンスを発揮する手段として重視されています。

 

宮川 先ほどPeople Dealの話で触れたように、個人とチームのパフォーマンスの最大化を最優先して、自由に自律した働き方を考えるのが当社の基本です。「どんな働き方が正解かと問いを立てれば、唯一の正解はない」というのが正解ですが、考え方のヒントになるフレームワークとして、仕事を「集中」「調整」「ワイガヤ」「コラボレーション」の4種類に分けています。

 

それぞれに適切な働き方があって、偶発的イノベーションやコラボレーションを生むには、オフィスでのリアルな交流が望ましいと言えます。目的を明確化して、その目的に合う働き方を一人一人がプロフェッショナルとして選択していくのが、当社のハイブリッドワークです。

 

浜西 組織と個人の関係性は、昨今、大きな転換期を迎えています。みんなで正解を考え、正解に向かう時代ではなく、それぞれが問いと向き合い、問いを立てる時代に入っています。これまで以上に並列的・一体的な関係になり、当事者意識を持って組織・チーム・仲間に貢献するように変わっていきます。私はそれを「Sense of Ownership」と呼んでいます。

 

全ての社員がそれぞれの持ち味を何倍にも高めていく世界観や組織づくりに意味があるのだとあらためて実感しました。本日は多くの気付きや学びをいただき、ありがとうございました。

 

※ Observe(観察)・Orient(状況判断)・Decide(意思決定)・Act(行動)のサイクル。Plan(計画)から始まるPDCAと異なり、現状把握からスタートする

 

 

EX(従業員体験)を高めるシスコの取り組み:シスコシステムズ

PROFILE

  • シスコシステムズ(同) 執行役員 人事本部長
    宮川 愛(みやかわ あい)氏
    東京都出身。2003年に外資系IT企業に人事として入社後、日本国内人事のみならず、アジア太平洋地域の人事(主に人事企画業務・報酬制度・M&A等)に従事。2014年3月にシスコ入社後、部門担当人事(HR Business Partner)として営業組織の組織強化に携わる。2016年8月より現職。2018年、2021年、そして2023年に「働きがいのある会社」大企業部門1位を獲得。シスコ社内のみならず日本の働き方の未来を創造に向けて講演やセミナーにも多数登壇。

 

Interviewer

浜西 健太(はまにし けんた)
タナベコンサルティング HR ゼネラルパートナー