10年ほど継続しているファンイベントは、「知る・学ぶ」「交流」「共創」というフェーズに分類されます。「知る・学ぶ」は、ブランドストーリーや製法のこだわりなどをテーマにしたイベントで、代表的なものが醸造所見学ツアー(2年ほどコロナ禍の影響で中止)です。普段は本業に就いている社員がシフトを組み、交代でガイドになってお客さまを案内します。ビールの原材料の紹介や醸造所の施設見学、テイスティングセミナーを体験してもらう約90分のツアーで、参加者は年間3000名ほどに達します。
「交流」はリアルイベントやオンラインイベント、SNS・コミュニティーを通して、お客さま同士、お客さまと社員の交流を深める取り組みです。代表的なイベント「宴(うたげ)」は、都内の公式ビアレストラン「よなよなビアワークス」を借り切って開催。ビールを片手にゲームや雑談、記念撮影などを楽しんでもらっていました。
再参加を希望するお客さまが多いので、チケットは販売後5分ほどで完売。そのため次第に規模を拡大し、2018年は東京・お台場の会場で5000名を超える「よなよなエールの超宴」を開催しました。コロナ禍に見舞われた2020年末にはオンライン忘年会「よなよなエールの〆宴」を開催。バーチャル工場見学ツアーなどを交えながらリアルイベントと同じようにコミュニケーションを楽しんでいます。
「共創」に関しては、2018年に当社の製品に対して並々ならぬ愛着をお持ちの54名のファンを招待して「よなよなこれから会議」を開きました。3時間半のノンアルコールイベントで、当社の中期経営計画や数値目標を公開し、ファンの皆さまとチームを組んで一緒に当社の製品の魅力を伝えるアイデアを討議しました。
すると、自分の結婚式の披露宴で来賓客に向けた「よなよなエール」のテイスティングセミナーを開きたいとか、自分が飲んだビールをブックマークできるアプリを開発してクラフトビール好きのコミュニティーを広げたいといった提案が出ました。「当社がやりたいこと」と「ファンがその人らしいやり方でできること」の“重なり”を見つけられたことが、大きな成果と言えます。
このような活動は、どのような結果に結び付いているのか。まず、年間のイベント動員数と売上高の推移には相関関係があり、動員数が増えるに従って売上高が伸長する傾向が表れています。
また、私たちはSNSのフォロワー20万人超と通販のお客さま数万人を対象とし、半年に11度、「お気持ち調査」を実施しています。「熱狂度(当社の製品がどれくらい好きか)」と「NPS(ネット・プロモーター・スコア:当社の製品を身近な人にどれくらい勧めたいか)」という2つの尺度からブランドロイヤルティーの現状を調べると、熱狂度の階層によって年間の利用金額や寄せられるフリーコメントの質が違ってくることが分かります。
熱狂度が上がると年間利用金額が上がり、寄せられるフリーコメントに「忘れられない」「感動・衝撃」「幸せ」といったワードがよく出てくることが分かります。また、「よなよなエールの超宴」に参加したお客さまの32%が友人や知人からの口コミでイベントを知ったと回答し、ファンの推薦がイベントを成功させる大きな要因になっていることを示しています。
このような結果から、当社は熱狂度をKGI(重要目標達成指標)として「お客さまにどれだけ好きになってもらえるか」を徹底的に考え、行動することをゴールにしています。「製品・企業を愛してもらえれば、売り上げは後から追い付いてくる」というのが当社のスタンスです。当社の取り組みは各方面から評価され、デジタル時代にふさわしいマーケティングを行う企業を表彰する「コトラーアワードジャパン2018最優秀賞」(ニューズピックス主催)、さらに独自性のある優れた戦略を実施する企業を表彰する「2020年度ポーター賞」(一橋ビジネススクール主催)を受賞しました。
最後に、ヤッホーブルーイングのチームづくりについてお話しします。イベントなどでファンの方から「ヤッホーブルーイングのスタッフは、本当に自分たちの製品が好きなんですね」「すごく楽しそうに製品の魅力を語りますね」「会社や製品への愛が伝わって、ファンになってしまいました」といった言葉をよくいただきます。こうした状況から「スタッフの働きがいがファンの方に伝わる」と実感し、チームづくり、組織づくりを大切にしています。
当社には、お客さまのニーズに対して、社員の自発的なプラスアルファの努力で積極的に応え、100%満足していただき、ビール製造・サービス業としての醍醐味を味わうという「ガッホー(頑張れヤッホーの略)文化」があります。これは、フラットな組織の中で自ら考え行動して切磋琢磨しながら仕事を楽しむという「知的な変わり者」みたいな働き方を大切にする組織文化で、チームづくりの肝になっています。
楽しく働くためのフラットな環境整備を図るために導入した代表的なものがニックネーム制度です。社内では全スタッフが年齢や役職に関係なくニックネームで呼び合い、言いたい時に言いたいことが言える雰囲気にあふれています。ちなみに私は「ジュンジュン」、社長は「てんちょ」と呼ばれています。そのような環境の中で、多様な考えを持ったスタッフがチームを結成して目標を決め、アイデアを出し合いながら日常業務に取り組んでいます。チームメンバー全員が納得するまで討議を重ねるので時間はかかりますが、目標が決まるとアウトプットする実行力はかなりの高レベル・ハイスピードです。
みんなの意見を基にして目的を策定するフラットなチームづくりには、コミュニケーションの質と量、両方の充実が欠かせません。それを促進する取り組みの1つにヤッホー流「雑談朝礼」があります。毎朝30分ほど、5~10名ずつが輪になって雑談を交わすもので、業務連絡は一切行わず、家庭の出来事や観た映画の感想といった日々のよもやま話を語り合います。これを続けると討議やアイデア出しが必要になったとき、自分の意見をうまくまとめて効果的な発言ができるようになります。
さらに、ストレングスファインダー(資質)調査を施して一人一人が持つ強みの上位5項目を公開。互いの強みを理解し合って業務に取り組める体制を整えています。また、期初のチームミーティングでは、メンバー各人が作成した「私のトリセツ(取扱説明書)」という書面を見ながら、数時間かけて自己紹介を行っています。
また、上司との1on1面談を定期的に実施して現状を確認。チャレンジとスキルの度合いを確認しながら、業務をフロー(夢中)状態に導くための方法を相談し、その実行を上司は支援します。
通常の業務だけでなく、プロジェクトにもスタッフのリソースが注がれます。例えば、「超宴のプロジェクトを立ち上げます。集客目標は〇名、満足度目標〇%」と社内でプレゼンテーションを行うと、各部署から参加希望のメンバーが続々と結集。さまざまな分科会も自主的に立ち上がり、イベントの成功に向けて突き進みます。
当社の組織構造は、社長・部門ディレクター(管理職)・ユニットディレクター(管理職)・スタッフ(一般職)という4層しかありません。ディレクターは立候補制で、事業計画のプレゼンテーションや質疑応答を経て、全スタッフの投票を基に就任が決まります。20名の立候補者のうち、ユニットディレクターになれるのは1~2名という非常に厳しいシステムですが、立候補者にとっては経営課題や企業価値向上への意識を高める経験となり、スタッフにとっては未来を任せるリーダーを自ら選ぶという意思決定を下す経験になります。
また、「ガッホー度調査」と呼ぶ従業員満足度調査も毎年2回実施。その結果は全社でシェアして、部門ごとにデータに基づいた「振り返り」と「読み合わせ」を行い、より良い組織づくりをスタッフみんなで考えています。
このようなフラットな企業文化が企業活動の源泉となり、お客さまとのコミュニケーションや組織づくりを支えています。
PROFILE
- (株)ヤッホーブルーイング
全国約500社のクラフトブルワリーのトップ。8期連続赤字から2004年EC通販で顧客との“つながり”をきっかけに、19期連続の増収。製品の世界観や楽しみ方に体験価値を見いだし、ファン同士やスタッフとリアルに交流・体感できるファンイベントを実施、5000人超のファンが集う(2018年)。