その他 2022.10.03

「体験価値戦略」実現のメソッド:井上裕介

体験価値のKPIと実装ステップ

 

 

体験価値のKPIツリーを策定する

 

体験価値の向上・変革に取り組んだ結果、企業活動が総合的に変化したことは認識しやすい。しかし、体験価値が実際に向上したのか、低下したのかを評価することは難しい。

 

そこで、体験価値を評価する方法として、CX・EX・SXを最大化させるKPI(重要業績評価指標)を設定し、評価していくことを推奨したい。それぞれの指標の目標値を達成することにより、その総合値(KGI:重要目標達成指標)である体験価値は最大化できる。(【図表2】)

 

 

【図表2】体験価値KPIツリー(例)

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

次に、【図表2】のKPIツリーを構成する方程式と、KPI向上の着眼を示す。なお、ここで挙げたKPIは一例である。自社のビジネスモデルに適したKPIを設定していただきたい。

 

(1)CX=顧客価値単価×ロイヤルカスタマー数×リピート率

 

①顧客価値単価

 

このKPIで最も重要な点は、いかにその製品・サービスの“単価”を高くするかである。言い換えると、高い単価でも顧客が納得して購入するかどうかだ。

 

そのためには、自社独自のバリューチェーンを構築し、製品・サービスの付加価値を上げることが重要である。また、付加価値だけではなく、顧客の求める品質に対するコストパフォーマンスを高めるという観点も重要である。

 

②ロイヤルカスタマー数

 

単なる顧客数ではなく、ロイヤルカスタマー数、つまり自社や製品・サービスに対しエンゲージメントが高く、高頻度・高単価で購入する上得意客数をいかに増やすかが重要である。このKPIを増加させるには、自社や製品・サービスのUXを高めることで、ブランド認知度やロイヤルティー(愛着心)を向上させることが必要である。

 

③リピート率

 

このKPIは、自社の製品・サービスを利用した顧客が、どれくらいの頻度で再利用するかという指標である。一般的に、新規顧客を獲得するコストは既存顧客の再利用を獲得するコストの約5倍と言われる。経営資源を最大限に活用するためにも、この指標は重要である。

 

このKPIを高めるためには、自社が現在提供している製品・サービスの“質”を高めることにより、顧客の期待値に対する満足度を高める必要がある。また、CRM(顧客情報管理)を徹底し、リピート利用の可能性がある顧客に対して適切な情報を提供することが重要だ。さらに、「カスタマーサクセス」(顧客を成功に導くための取り組み)という考え方のもと、顧客が自社の製品・サービスを利用して望ましい結果を手にするための情報提供を積極的に行い、製品・サービスの再利用を促すことも必要になってくる。

 

(2)EX=社員定着率+ワーク・エンゲージメント・スコア+キャリア・中途採用比率

 

①社員定着率

 

社員定着率は企業の魅力度を表す重要指標の1つで、一般的には「入社3年後に在籍している新卒社員の割合」を指す。「入社して3年が経過した在籍者の人数÷3年前の入社人数×100(%)」で算出し、70%が目安とされている。

 

定着率が低い(=離職者が多い)と、欠員補充による採用コストの増加、教育コストの無駄、社内コミュニケーションや企業イメージの悪化(いわゆる“ブラック企業”)などデメリットが多い。逆に定着率が高いと、帰属意識が醸成され、就業意欲や習熟度の高さが業績向上につながる。

 

定着率は、入社前と入社後のイメージのギャップが大きいほど低下する。したがって入社前、採用段階から自社の業務内容や経営理念、ミッション、風土などを求職者に理解してもらう必要がある。

 

②ワーク・エンゲージメント・スコア

 

「ワーク・エンゲージメント」とは、「活力」「熱意」「没頭」の3つがそろった状態を指す。この指標「UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度)」を厚生労働省が算出したところ、日本企業のワーク・エンゲージメントは正社員全体で「3.42」だった。3項目の内訳は、「熱意」が3.92と最も高く、「没頭」は3.55、「活力」は2.78と最も低い。ちなみに日本のスコアは他国と比べて「相対的に低い状況」にある(厚労省「労働経済白書(2019年版)」)。

 

社員のワーク・エンゲージメント・スコアが高い組織は、離職率が低く、職場が活性化されている場合が多い。定期的に社内アンケート調査を行い、測定結果を分析しスコアアップを図っていただきたい。

 

③キャリア・中途採用比率

 

キャリア・中途採用比率とは、その年に採用した正社員のうちキャリア採用者(中途採用者)が占める割合を指す。明確な適正水準はないが、一般的には50%を下回ると「低い」とみなされる。ちなみに厚労省の「雇用動向調査」(2020年)によると、全産業平均値は63.8%である。

 

「労働施策総合推進法」の改正に伴い、2021年4月から従業員数301人以上の大企業で中途採用比率の公表(直近3年分)が義務化された。大企業を対象にしたのは、中小企業に比べて、新卒一括採用に偏る傾向が見られるためだ。

 

政府が公開を義務付けた背景には、「人的資本の情報開示」という世界的な潮流がある。“人的資本”とは、人材が保有するナレッジ(知識)やスキル(技能)などを「付加価値を生み出す資本」と捉え、ESG投資の判断要素の1つとする考え方だ。ESG投資とは、企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)や社会(Social)、企業統治(Governance)までを考慮した投資である。

 

キャリア・中途採用を推進するメリットは、広く門戸を開いて分け隔てなく人材(能力)を求めることで、自社と異なる業界や社風・文化を経験した多様な人材(離職した元社員も含まれる)の活躍が期待できることである。

 

したがって、この比率が高いほど多様性(ダイバーシティー)を受け入れるオープンな土壌があり、また「社員研修制度が充実している」「チャレンジする機会が多い」など社員が能力を発揮しやすい環境も整っていると判断される。そのため優秀な人材が集まりやすくなる。逆に他社よりも比率が低ければ、「プロパー(生え抜き社員)重視」の古い体質や、中途入社組を“外様”扱いするなどの閉鎖的な風土であるとみなされることが多い。

 

(3)SX=環境保全+社会貢献+ガバナンス

 

2030年のSDGs(持続可能な開発目標)達成に向け、全世界でESG投資が拡大している。GSIA(世界持続的投資連合)によると、2020年の世界のESG投資額は18年比15%増の35.3兆ドル(約3900兆円)に上り、全運用資産に占める比率は35.9%と約3分の1に達する。

 

つまり、世界の機関投資家が投資先企業を選ぶ判断基準として、「どれだけESGに取り組んでいるか」を重視するようになってきた。その判断材料として活用されている指標が、「ESGスコア」である。第三者評価機関が企業のESGへの取り組み状況を測定・評価し、数値などで定量的に示したものだ。評価項目は気候変動や生物多様性、廃棄物処理、健康・安全、リスクマネジメント、ダイバーシティー、労働基準など300以上に及ぶ。

 

 

 

PROFILE
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井上 裕介
Yusuke Inoue
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長代理。大型リゾート・旅館にてホテル・スキー場・飲食店舗を運営し、新規企画開発・人材育成・業務改善・収益改革などに従事後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)へ入社。現場経験を生かした戦略設計や中期ビジョン策定、新規事業戦略策定、SDGs策定支援など幅広く活躍している。