自社の利益率をシミュレーションしてみよう
自社が属する業種・業態を次から選択し、後に続く質問の回答を考えてみてほしい。
製造業
顧客の購買単価が10%向上すれば、利益率(売上高経常利益率)はどれだけ上昇しますか?
卸売業
顧客の購買点数が20%上昇すれば、利益率はどれだけ上昇しますか?
建設業
顧客からの紹介による受注比率が30%になれば、利益率はどれだけ上昇しますか?
サービス業
顧客のリピート率が10%向上すれば、利益率はどれだけ上昇しますか?
小売業
顧客の購買頻度が1.5倍になれば、利益率はどれだけ上昇しますか?
利益率が大きく上昇することを確認できたのではないだろうか。どの回答も、固定費がそれほど増えずに限界利益(売上高-変動費)が上昇するので、利益のインパクトは大きくなる。
購買単価や購買点数のアップは物流や業務の稼働率を上げる。また、リピート率や紹介受注、購買頻度のアップは営業・広告販促コスト効率を上げるので、実際にはもう一段の利益率アップが期待される。
上質なCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)の提供は、一時的な収益アップにとどまらず、持続的な利益を企業にもたらす。自社のファンが増えていく仕組みが出来上がるのだから、それもそのはずである。
CX活動は、部門最適、特定の部門だけの活動ではなく、全社最適、全社員で取り組むバリューチェーン(価値連鎖)全体の開発・改善活動である。だからこそ、長年積み上げてきた良質のCX、すなわちバリューチェーンはブランドとなり、「他社がまねしたくてもまねできない競争力」となって企業に持続性をもたらす。
そして、結果として「エンゲージメント」が向上する。エンゲージメントとは「熱量、愛着、信頼」である。顧客を真ん中に置き、全社員で活動し、顧客から感謝の言葉をいただけるのがCX活動である。一方で、エンゲージメントが向上しなければ良質なCXは提供できないとも言える。
CX活動に取り組む上で重要なことは、「経営陣が本気で取り組む」ことである。“本気度”を上げるためには【図表1】のシミュレーションのように、LTV(顧客生涯価値)の向上によってどれだけ利益率・利益額が上がるのかを可視化することが大事である。
【図表1】顧客の購買点数が20%上昇したときの利益インパクト
可視化されたCXの効果(利益率・利益額)と、その先にある持続的な競争力について、優秀な経営陣はすぐさま認識し、ソロバンを弾くだろう。その結果、CX活動が「横文字でよく分からないマーケティング部門の活動」から「自社の未来を決定付ける本気の全社活動」へと昇華するのである。
タナベコンサルティングが提唱する「ファーストコールカンパニー宣言」の第3項目「売上高経常利益率10%」から逆算し、LTVを算出してみてほしい。かなりハードルの高いKPI(重要業績評価指標)になるのなら、目標化は控えたほうが良いが、私の経験ではそう難しいKPIではなく、むしろ掛け声倒れに終わりがちであった「経常利益率10%目標」の実現性に光明を見いだすことができるのではないかと思う。
1.KPIを絞り込む
まずは営業利益率を構成するLTV指標を要素分解し、「LTVロジックツリー」を作成する(【図表2】)。各指標の事実分析・要因分析へと掘り下げ、どのKPIを上げていくのかを経営陣で決断する。この決断には、十分な費用と時間をかけてほしい。
【図表2】LTVロジックツリー(例)
次にKPIを1つか2つに絞り込む。なぜなら、KPIの数の多さは経営リソースの分散を引き起こし、マネジメントが難しくなるからだ。繰り返すが、全社を巻き込んだ活動である。できる限りシンプルなほうが良い。その上で、経営会議などにおいて、LTVと利益インパクトの因果関係を全社員が共有できるレベルで、次に挙げる例のように目標を意思決定する。
2.CX推進の体制と投資
経営会議で目標を意思決定したら、次は経営リソースの投入と投資の経営判断である。この段階で大切なのは「プロジェクトで終わらせない」ことであり、利益効果に見合った経営リソースを投入することが大事だ。
具体的には、まず体制については「CX部門の組成」と「CCXO(CX最高責任者)の任命」を提言したい。各部門から集めた兼務型メンバーの一時的なプロジェクト活動では、利益率アップも持続的な競争力も中途半端に終わる可能性が高いからだ。
また、概算での投資額も明確にすべきである。CXの投資項目としては、「DX投資」「設備投資(体験設備など)」「人材投資」となる。
「ROI(投資収益率:利益÷投資×100%)=200%」を求めるなら、年間10億円の増益効果見込みの場合、投資額は5億円となる。うち20%を人件費に投資すると、人材投資は1億円となり、社員15~20名を投入してもおかしくはない。DX投資と設備投資は残りの4億円、5~7年償却としても22億円の投資が可能だ。
次に、この体制と投資規模を経営会議で仮決定する。“仮”としているのは、最終的には担当部門が作成したCX推進計画書で決断するためだ。しかし、おおよその投資規模を明確にすることで、担当部門が絵を描きやすくなり、かつ経営陣の本気度を示すこともできる。