決断1:
「DX投資額への決断」と「成果へのこだわり」
機械設備への投資に毎年1億円を決裁する経営者でも、マーケティングDXへの投資には5000万円でひるんでしまう。コンサルティングの現場でよく遭遇するシーンである。
日本の経営者の多くは、機械・工場・店舗への投資を何度も繰り返して成功と失敗を積み重ねており、何にいくら投資すれば、どれくらいの利益を見込めるかが経験則で判断できる。「目的→投資→効果」が検討の過程で腹落ちするから、大きな投資でも決断できるのだ。一方、DX投資は経験が浅く、投資対効果(ROI)もよく分からないために、大きな投資を決断できないことが多い。
また、多くの経営者は、設備投資に対する優遇制度(融資、補助金、税制など)も熟知しているため、どれだけの投資対効果を上げればよいかを理解しており、必然的に投資の心理的ハードルは低くなる。しかし、DX投資は経験が少ないだけに心理的ハードルが高く、抑制的な姿勢に終始するケースが多い。
コロナ禍による業績低迷で企業のDX投資が滞ることに危機感を覚えた政府は、2021年度の税制改正でDXを進める企業に対する優遇策を新設・拡充した。いまやDX投資は、機械設備投資と同様に税制面での支援措置が受けられるようになっている。
このように国を挙げてDX投資へ誘導しているにもかかわらず、自身の経験不足と心理的ハードルの高さから、DX投資の決断に踏み切れない。この決断の遅れが、「経営者の意識の低さ」として表れているのだろう。
だが、多くの経営者は優秀で、自社の経営課題、ビジョン、戦略テーマが明確である。「A事業を売上高50億円規模へと成長させる」「売上高100億円、経常利益率10%の新規事業を創出する」「粗利益率50%のEC直需事業を売上高構成比3割にする」「サプライチェーンを高度化、効率化して人時生産性(従業員1人の1時間当たり粗利益額)を10%伸ばす」など、取り組むべき課題をはっきりと認識している。
だからこそ、経営者は正しい思考プロセスで、DX投資を決断することが大切だ。経験不足と心理的ハードルの高さからDX投資に踏み切れないでいる経営者は、「戦略テーマを実現し、成果を上げるためにいくら投資をする」という、ROIC(投下資本利益率)を基準に置いた決断をする。そして、戦略テーマに目標を定め、実行し、経営成果を追求する。これが正しい経営者意識ではないだろうか。
強みと戦略テーマとDXをつなぐ
企画デザインへの投資
デジタルホールディングス(東京都千代田区)が2019年に実施した「企業のデジタルシフトに関する調査」によると、「デジタルシフトの意識が低い経営者の下で働きたいと思うか」との問いに対し、ビジネスパーソンの過半数(55.5%)が「働きたいと思わない」と回答した。理由は、「今後の企業の業績に大きく関わると思うから」(37.8%)が最多だった。経営トップのデジタル化に対する理解度が、今後の企業活動に影響を及ぼすと考える社員が多い。
デジタルに対する「経営者の理解不足」。この課題の本質は、どこにあるのか。もちろん、デジタル技術への理解が不十分であることは否定できない。では、そこにメスを入れる決断とは何か。
DXを推進する上では、①トップダウンによる推進、②DX推進プロジェクトの組成、③部門最適主義による抵抗勢力の排除、などが求められる。多くの経営者は、力強くリーダーシップを発揮し、実行している。また、業務を担当するSIer(システムインテグレーター)も秀でた仕事をし、価格に見合った価値を発揮している。
では、なぜDXが進まないのか。その本質は、「強みや戦略テーマとDXをつなぐ企画デザイン(現状認識〜戦略デザイン)」のフェーズの深さと人材が不足していることにある。つながっていないし、伝わってもいないのだ。
経営者にとって戦略テーマや目的・目標は明確である。その戦略は企業の持つ強みから派生するものであり、生かすべき強みも経営者は深く認識している。経営者と同じ目線に立ち、「DXを企画デザインするフェーズ」がボトルネックであり、ここへの投資(アウトソース)の決断が必要だ。
ゆえに、2つ目の決断は、鍵となる現状認識から戦略構築、企画デザインという上流・中流工程へのチームと人材への投資である。このフェーズを経営視点でサポートできるのは、経営者の戦略パートナーであるTCG(タナベコンサルティンググループ)しかないと自負している。
構築から実装までをけん引する
「プロジェクトマネジメント人材」への投資
電通デジタル(東京都港区)が発表した「日本企業のデジタルトランスフォーメーション調査2020年版」によると、DX推進の障壁について、「スキルや人材不足」を挙げる企業が最も多い。最も大きな経営課題は、デジタル分野の人材不足なのである。
また、日本情報システム・ユーザー協会(東京都中央区)の「企業IT動向調査報告書2021」でも、現在のIT部門要員数が「充足している」と答えた企業は29.0%にすぎない。人材のタイプ別に見ると、「運用管理・運用担当」(60.2%)と「ベンダーマネジメント担当」(60.5%)は充足企業が過半数を占めた半面、「IT戦略担当」(30.2%)や「新技術調査担当」(26.8%)は低い充足度となっている。また「データマネジメント担当」(25.2%)や「データ分析担当」(19.5%)はさらに低い。
このうちIT戦略立案や技術調査、データ分析などの専門人材は、簡単には社内で育成できない。中途採用でも確保が難しいため、当面はスタートアップ企業やコンサルティングファームといった外部パートナーを活用することが現実的であろう。
また、注目したいのが、社内のDXプロジェクトのまとめ役である「プロジェクトマネジメント担当」の人数の充足度が40.6%と、半数以下にとどまっていることだ。さらに、プロジェクトマネジメント担当のスキル充足度は36.8%と4割を下回っている。
ビジネスDX、マーケティングDX、バックオフィス(マネジメント)DX、ヒューマンリソースDXのどれを実装しようとしても欠かせないのが、「部門横断」や「機能横断」だ。1つの目的・目標に対し、複数のプロジェクトとの連携が必要となる。それを統率し、推進していくには全社へのリーダーシップと、卓越したプロジェクトマネジメントスキルが求められる。
すなわち、経営者をリーダーとするDXプロジェクトの下、全プロジェクトを動かし、実装・成果まで導いていく実務責任者が必要である。中堅規模の上場企業で言えば、役員クラスか、社外から経験者を求めるか、アウトソーシングするかの3択になる。
経営者には、正しい思考プロセスでこの3つの決断を行い、DXを実装し、自社のビジョン実現という成果を上げていただきたい。