その他 2021.10.01

DX戦略をビジョンへ実装する:タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦

DX元年

──コロナショックという「世界同時リセット」のインパクト

 

「この2カ月で2年分に匹敵するほどのデジタルトランスフォーメーション(DX)が起こった」(米マイクロソフトのサティア・ナデラCEO、2020年5月)。DXをリードするGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の一角、米マイクロソフトのトップにそう言わしめるほど、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は極めて大きなインパクトを私たちにもたらした。

 

アップルのiPhoneをきっかけにスマートフォンが普及して人類のコミュニケーションは一変したように、コロナ禍においてもZoomを中心としたDXツールの社会実装が劇的に進んでいる。新しい生活様式やビジネス手法が日常・常識となる「ニューノーマル」時代に突入し、社会課題のプライオリティー(優先順位)が強制的にリセットされたと言えるだろう。

 

“リセット”には、「元の状態に戻す、切り替えるためにもう一度スタート位置に立つ」、あるいは「パソコンなどの機器を操作する時に始めるところまで戻ってスタートし直す」という意味がある。コロナショックによって世界経済が同時リセットされた今、私たちはDX戦略において、世界の企業と同じスタートラインに立っている。

 

 

「2025年の崖」から落ちない経営
──システム戦略投資の決断

 

2021年は「DX元年」と呼ばれている。そして4年後、日本企業は大きな“崖”と直面する。いわゆる「ITシステム2025年の崖」である。

 

新しくデジタル戦略に取り組もうとしても、レガシーシステム(時代遅れのITシステム)によって阻まれ、前に進めなくなる。その場合、2025年以降に最大12兆円/年の経済損失を被ると予測されている。これを「技術的負債」(または「設計上の負債」)と呼び、その臨界点を迎えるのが「2025年の崖」である。

 

古いサーバーシステムを1つでも残していると、Web化やクラウド化が進まず、DXに取り組めない。ITシステムが統合されていないと、ビジネスや経営ができなくなる時代が来るのだ。経営者がDXの必要性を理解していても、レガシーシステムが事業部門ごとに構築されていると全社横断的にデータを活用できない。過剰なカスタマイズによってシステムが複雑化・ブラックボックス化してしまっている企業も多い。

 

皆さんの会社のシステムは、時代遅れになっていないだろうか。2025年までにIT経営システムを「まるごとアップデート」するシステム戦略投資を行う必要がある。

 

 

 

4つのDX戦略モデル
──経営をアップデートする方法

 

「アップデート(update)」とは、コンピューター用語でソフトウエアの内容をより新しいものに変更することである。パソコンやスマホ、タブレットも、OS(オペレーティングシステム)をアップデートしなければ、その上で稼働するソフトウエアやアプリが動かなくなる。

 

企業も同じであり、経営をアップデートしなければならない。経営をアップデートする先にDX戦略があり、その実装、オペレーションがある。そして私たちは、そのDX戦略モデルを大きく4つに区分している。

 

1つ目の「ビジネスDX」とは、事業や商品・サービスにデジタル技術を組み込むことだ。例えば、SaaS(インターネットを経由してソフトウエア機能を提供するサービス)などのクラウドビジネスやサブスクリプションモデル、EC(電子商取引)戦略におけるDtoC(Direct to Consumer)ビジネスなどへの取り組みである。DXによるサプライチェーンやバリューチェーン戦略の変革もこれに含まれる。

 

2つ目の「マーケティングDX」とは、顧客創造活動のデジタル化を意味する。ソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保を求められる現在、直接対面での営業活動や展示会・イベントの開催がますます難しくなっている。デジタルマーケティングにアップデートしなければ顧客創造活動が成り立たず、トップライン(売上高)が上がらない。それは損益分岐点操業度の高止まりを意味し、収益構造にも影響を及ぼす。

 

具体的には、リード(見込み顧客)の発掘・育成を目的としたWebページの作成や広告運用、SEO(検索エンジン最適化)、ABM(特定企業に個別アプローチを行うマーケティング手法)、MA(マーケティングを自動化・可視化するソフトウエア)ツールといったCRM(顧客関係管理)システムの実装が求められている。

 

3つ目は「バックオフィス(マネジメント)DX」。まずはERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)の導入である。ERPとは、企業の資産であるヒト・モノ・カネを一元管理し、経営の効率化・見える化を図るためのソフトウエアだ。コロナ禍のテレワーク推進においては、クラウドによるシステムデザインをベースとする必要がある。

 

次に挙げられるのがRPA(Robotic Process Automation:ソフトウエア型ロボット)システム。RPAとは“仮想知的労働者”(デジタルレイバー)と呼ばれる概念に基づく、事業プロセス自動化技術の一種である。

 

ERPとRPAのどちらを先に導入すればよいかと言えばERPだ。これらを駆使してKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)のマネジメントダッシュボード(経営判断に必要な指標を一覧表示する情報システム)をデザインし、マネジメントスタイルそのものを全社的にアップデートしていく。その上で、非効率な仕事や作業を組織変更によって集約(大型化)し、人海戦術ではなくRPAで自動化する。

 

最後の4つ目は「ヒューマンリソース(HR)DX」である。人事労務マネジメントをシステムに乗せることだけでなく、タレントマネジメントシステム(社員の基本情報やスキルを一元管理して育成・適正配置に生かすシステム)を活用し、人材スキルの棚卸しや連携が行えるようにアップデートする。

 

社員数が増えてくると、HRシステムを使わずに人材マネジメントを行うのは難しい。加えて、メンタルヘルス上のフォローアップシステムも導入する必要がある。また、人材育成のDXとしてアカデミーシステム(企業内教育システム)も重要だ。いつでも、どこでも、誰でも、学びの機会を手に入れることができるクラウドシステムを構築することである。実は経営資源の中で、最も大事な人的資源に対するDXの投資回収スピードは速いのである。

 

経営者が企業変革に挑むとき、デジタルリーダーシップ、DXリーダーシップの発揮が不可欠であり、その際に取り組むべきテーマとして行程表(ロードマップ)の作成が必要になる。DX経営はバランスが大切である。

 

いずれにしても、経営戦略にこれらのDXが不可欠になった。だからこそ、2021年は「DX元年」なのである。

 

 

 

PROFILE
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若松 孝彦
Takahiko Wakamatsu
タナベコンサルティンググループ タナベ経営 代表取締役社長。タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず大企業から中堅・中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。