値決めできる「勝てる場」を自ら創造
1900年創業のTOPPANホールディングス株式会社は、120年以上もの歴史を刻んできた、印刷業界における世界最大のリーディングカンパニーだ。2024年3月期の連結売上高は1兆6782億円、グループ全体で5万3000名超の従業員を擁する。2023年10月の持ち株会社体制への移行に伴って初めて社名を変更し、「印刷」の2文字を外した。創業から今日に至るまで「印刷」を軸に事業を展開してきた同社にとって、並大抵の決断ではなかったと推測される。
同社の原点は「エルヘート凸版法」という印刷技術にある。常に最先端の技術を取り入れ、変革を繰り返しながら成長してきた。コアテクノロジーは「成型加工」「表面加工」「微細加工」「情報加工」「マーケティングソリューション」の5つである。高度微細な印刷技術を応用してエレクトロニクス分野にも進出を果たし、「水と空気以外は何でも印刷できる」と評された。
日本の印刷市場が1990年代後半をピークに縮小し続ける中、同社は一時的に収益率を落としたものの、改革を徐々に進めて立て直し、2000年を「第二の創業の時」と位置付けて受注産業からの転換を図っている。
競争力の源泉は、1986年に総合研究所を設立して以来、一貫して力を入れてきた最新技術の開発である。現在、狙いを定めている成長領域は「健康・ライフサイエンス」「教育・文化交流」「都市空間・モビリティ」「エネルギー・食料資源」の4分野だ。グループ全体で取り組む事業領域を「創造コミュニケーション系」「情報マネジメント系」「生活産業資材系」「機能性材料系」「電子デバイス系」の5系統に整理し、連結売上高の1.5%程度を研究開発費として毎年投資。グループでのシナジーや多様な企業・研究機関とのオープンイノベーションを推進しながら社会価値の創造に挑戦している。
こうした取り組みは、「事業戦略の基本は、自社の保有技術と成長市場との掛け算である」というタナベコンサルティングの提唱とも一致する。環境変化を成長のチャンスと捉え、世の中に一歩先の解決策を提供し続ける。これこそが、日本のみならず世界で価値を発揮し続けるTOPPANホールディングスの戦略なのだ。
1995年以降、インターネットの普及に伴ってコミュニケーション手段が紙媒体からオンラインへと変化し、印刷産業の出荷額は減少の一途をたどっている。戦う場を変えずに設備投資を続ければ、供給過多により収穫低減が進む。結果として、印刷業の多くが収益悪化に苦しんでいる。
業界全体の風潮として、大手から仕事を請け負うか、大手が手を出さない仕事を見つけるなどして「今ある仕事」を奪い合う気質が強く、最終的には価格が決め手になるケースが多い。また、繁閑差が激しく、閑散期には固定費の負担がのしかかるため、その対策として安易な値引きが常態化しているのも事実である。
しかし、印刷業が社会に提供する本質的な価値は、文化・芸術・情報の伝達にあるはずだ。業界が縮小傾向にあっても、なお高い成長性と収益性を発揮している印刷会社は、いずれも印刷から派生するニッチな分野で事業を展開するか、自社の強みを生かしたマーケットへとシフトしている。自社の強みを磨いて、マーケットの細分化や組み替えを行い、価格競争から脱却し、値決めのできる「勝てる場」を創造しているのだ。TOPPANホールディングスは、まさしくその点におけるリーディングカンパニーである。
2021年、「Digital & SustainableTransformation」という経営方針を同社は掲げた。「事業ポートフォリオの変革」「経営基盤の強化」「ESGへの取り組み・深化」に取り組み、世界の社会課題を解決するリーディングカンパニーとして企業価値の最大化を目指すという。
具体的には、「情報系成長事業(DX)」「生活系成長事業(国内SX・海外生活系)」「新事業(フロンティア)」という3つの成長事業が、2026年3月期に営業利益の半数を超える構成比を目指していく。収益率の低い既存印刷業が大半を占める「売上高」ではなく、「営業利益」をベースに事業ポートフォリオを変革して、利益体質の改善を見える化した点が大きな特長である。
2023年にはビジョン実現に向けたロードマップを策定。経営基盤を強化する「基盤構築フェーズ」、変革と深化を加速させる「成果獲得フェーズ」、変革と深化を実現・発展させる「持続成長フェーズ」の3ステップで、最終的にはROE(自己資本利益率)8%以上の高収益企業体へ変革していく計画を打ち出している。また、そのためにもROIC(投下資本利益率)の管理を強化しているところだ。
「成果獲得フェーズ」に当たる2024年現在、同社はリ・ブランディングにも全力を注いでいる。コーポレートカラーは従来のトッパンブルーに「新鮮さ」「アクティブさ」「活気」を連想させるオレンジを追加。120年の歴史の中で初めてテレビCMも放映し、「マーケティング」や「デジタル」など新たな成長領域にシフトする強い意志を打ち出した。「印刷だけの会社ではない」という大々的な広報活動は、従業員の意識改革や重点事業を担う人材の獲得、企業ブランドの向上にも良い効果をもたらしている。
2023年10月の新体制移行を機に、同社はグループ理念「TOPPAN’s Purpose & Value」を定めた。グループ全体の利益を最大化するためには、共通の価値判断基準が必要だからである。書かざる意志は実現しない。同社のように目指す姿を明示し、シンプルかつ丁寧に戦略に落とし込んで社内外に発信していくことは、戦略実装の大きな要となる。