組織を支える制度とHRDX
人的資本経営を実現するHRDXによるデータ活用の取り組みについて解説します。HRテクノロジーの活用とは、「感覚的な能力」からの脱却と人的資本経営の推進といえます。
これまで人事・教育分野では、人材とスキル、各種判断を感覚的な能力と解釈する時代が続いてきました。そのため、判断を伴う高度な業務はその人独自のノウハウとなり、閉鎖的に運用されてきました。しかし、人的資本経営を推進する上では、HRテクノロジーの活用を通じた「HRデータの可視化」が不可欠です。
HRDXに向けた取り組みは、①経営戦略・人事戦略との連動、②中期的な人材開発投資、③経営トップの参画、この3つがポイントです。HRDXに向けたステップに関しては、人事管理部門は時間軸が長く、業務ごとの特性も異なるため、全てのプロセスで一気にDXを進めるのは現実的ではありません。入り口の「採用管理」、人的資本経営の要となる「能力開発」、定期的に実施する「人事評価」からDXを進めるのが有効でしょう。
次に、人的資本の最大化に向けた能力開発について解説します。企業は成長とともに組織の細分化が進み、職務と社員の専門性が強く結び付きます。今後は、社員が自ら専門性を追求し、キャリア実現に向けて学べる仕組みを導入していかなければなりません。タナベコンサルティングは企業内大学(社内アカデミー)を提唱し、全国160以上の企業に導入支援を行っています。
最後に、新時代に向けた学ぶ環境、内容、手法のデザインについて解説します。組織が細分化して多様な人材が増えていく状況では、多様な人材に対応する人材育成システムへのバージョンアップを図る必要があります。そのキーワードになるのが、HRDXの1つであるLXP(ラーニング・エクスペリエンス・プラットフォーム)です。
LXPはLMS(ラーニング・マネジメント・システム)の進化形で、「個別最適化」「社員同士のコミュニケーション・学習意欲の向上」というメリットがあります。
それに加えて学ぶ内容の見直しも必要です。タナベコンサルティングが支援する企業内大学「FCC(ファーストコールカンパニー)アカデミー」の閲覧状況を分析すると、ログイン回数の多い企業の共通点として、①自社の成功事例・ノウハウなどが盛り込まれている、②楽しさ・ユーモアなどの一工夫がある、③社員の共感を得るインナーブランディング、この3つが挙がりました。各社ともさまざまな工夫を施しながら閲覧率の向上に取り組んでいます。
さらに体験・可視化をキーワードにした学習手法の設計も必要になります。今後は体験を通じていかに社員の共感や気付きを得られるかが重要です。タナベコンサルティングは、企業経営を体験できるビジネスシミュレーションゲーム「MX(マネジメント・エクスペリエンス・オンライン)」を開発しました。次なる時代の学習方法の1つとして、導入をご検討ください。
無形資産の価値を高める「日本版ジョブ型人事制度」
日本生産性本部が公表した「労働生産性の国際比較 2022」(2022年12月)によると、2021年の日本の労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国中27位まで低下しています。
その要因の1つとして、「ヒト中心の人材マネジメント」が挙げられます。日本企業には、報連相と管理者へのフォローアップによる組織運営が根付いており、仕事と仕事・ヒトとヒトの間に落ちる仕事を互いに補完するマネジメントが機能していました。しかしこれは、①仕事の割り振りが肝になる(残業時間の偏重を引き起こす)、②「ぶら下がり社員」の出現(役割や責任範囲が不明瞭となり責任感や貢献度の実感が希薄化)、③仕事の目的の喪失(自分の仕事が何につながっているのかを実感しづらい)などのリスクがあります。この状況から脱却するための選択肢の1つが、「ジョブ型」の導入です。
混同される考え方に「雇用」と「人事制度」があります。ジョブ型には雇用の考え方が含まれるケースがありますが、日本企業においては新卒一括採用や定年制度などの雇用の保全性を高める社会システムの影響で「ジョブ型雇用」は難しく、「ジョブ型人事制度」をお勧めします。ジョブ型雇用とは職務単位で雇用契約が締結・解約される欧米的な雇用の在り方を指し、職務合意のない中、雇用契約が締結される日本的な雇用の在り方を「メンバーシップ型雇用」と言います。
このような考え方の全体像を【図表】に示します。それぞれに雇用と人事制度を適用させ、一般職はさまざまな経験を通じて特性を見極めて適正配置を行い、管理職は職責と報酬を結び付けます。専門人材は市場価値に見合った処遇を実現します。
【図表】「日本版ジョブ型人事制度」の導入
出所 : タナベコンサルティング作成
高度専門人材の価値が高まる中、これまでと同様にメンバーシップ型雇用と人事制度を全社員へ適用すると、魅力が薄れ、人材の確保が難しくなります。中堅・中小企業においても、高度専門人材を確保・定着させるために、日本版ジョブ型人事制度を導入する必要があります。ポイントは職務定義と報酬設計です。それぞれの職務の目的や成果責任を明確にし、報酬として①期待成果・職責と報酬のリバランス、②男女格差の是正、③市場価値という新たな賃金水準、という3点を設計することが重要です。
持続的成長を支える「サクセッションプラン」
「サクセッションプラン」とは、継続・継承を意味するサクセッションと計画を意味するプランを組み合わせた言葉で、「後継者育成計画」とも言われます。中堅・中小企業では「社長・取締役の後任は社長が決める」という暗黙の習慣が散見されますが、上場企業では「コーポレートガバナンス・コード」においてサクセッションプランの策定が推奨されています。
サクセッションプランの策定は、後継経営者の育成・指名について客観性・適時性・透明性を担保するのが目的で、ポイントは次の3つです。
❶ 取締役会が主体となって後継経営者のサクセッションプランを策定・運用する
❷ 役員の選解任基準を策定する
❸ 指名委員会などの設置・活用を通じた指名・報酬については独立社外取締役が関与する
コーポレートガバナンス・コードは上場企業に対するガイドラインですが、サクセッションプランに関する内容は「事業承継を見据える全ての企業に共通した指針」と捉えることができます。
サクセッションプランを取締役会が主体的に設計・運用することにより、優秀な後継者が育成され、自社の持続的な成長につながります。
サクセッションプランを検討するに当たっては、まず運用体制を決めます。ポイントは取締役会の諮問機関として「指名委員会」を設置すること。社外取締役を含めた取締役が少人数で構成することで、効率的かつ濃密な議論を進めることができます。
運用体制が決まればプランの設計に着手します。まず、求める役員像を描きます。ポイントは「理念(不易)」と「ビジネスの方向性(流行)」の2軸で検討すること。加えて、社外取締役や外部アドバイザーの意見・知見を取り入れ、客観性・透明性を高めることも必要です。
次に、候補者の人選基準を策定します。「経営者の育成には10年かかる」という長期的な目線の下、人事評価や外部アセスメントなどの情報を基に選抜基準・方法を策定します。
最後に、候補者の育成計画の立案・実施を行います。求める役員像との整合性を確認しつつ、①戦略的配置、②研修(個別・集合)、③アセスメントの3 本柱で育成計画を組み立てることが重要です。
戦略的配置では、取締役が意図的に、候補者へ経営チームを率いる経験や、部門の立て直しなど強固なリーダーシップを発揮する経験を積ませることが重要です。
「誰が育てるか(運用体制を決める)」「どうなってほしいか(求める役員像を決める)」「どう育てるか(育成計画を立てる)」が、サクセッションプラン策定のポイントです。