体験価値の定義と現状認識の視点
1.体験価値の方程式とは 近年、製品・サービスの差別化を図る要素として「CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)」の重要性が叫ばれている。CXとは、顧客が感じる「おいしい」「うれしい」「興味深い」といった感情的な価値を含めた評価を得て、自社の市場優位性を高める考え方である。ただ、企業が向上すべき体験価値はCXだけではない。社員や取引先・仕入れ先、提携先、金融機関、株主、地域社会といったステークホルダー(利害関係者)との「共創」を抜きにビジネスを設計することが難しくなっている。逆に言えば、顧客だけでなく自社を取り巻く全てのステークホルダーの体験価値を高めることができれば、自社の競争力は飛躍的に向上するだろう。 タナベコンサルティングでは、CXにEX(エンプロイーエクスペリエンス:社員体験価値)とSX(ソーシャルエクスペリエンス:社会体験価値)を加え、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と「デザイン」の考え方を組み合わせることで体験価値を創造し、企業を取り巻く全方位へ向けて提供することによって企業価値を向上させる「体験価値の方程式」を提言している。 【体験価値の方程式】 体験価値=DX(CX+EX+SX)×デザイン CXは、ある製品・サービスについて、購入前から購入後、廃棄に至るまでの全プロセスにおいて顧客が感じる体験価値である(製品・サービス自体の利用体験価値は「ユーザーエクスペリエンス(UX)」と呼ばれる)。 一方、EXとは、採用時の面接から入社時研修、日常の業務、退職に至るまで、社員がある会社で働く全プロセスを通じて得る体験価値だ。またSXは、ある会社の活動成果によって社会(あるいは企業全般)が獲得する体験価値を指す。 企業が自社の体験価値を向上・変革するためには、まずCX・EX・SXの観点から自社の価値を理解し、それをどう変化させるかについて考える必要がある。これに加え、DXとデザイン思考をどう組み込むかも重要である。これらを同時に推進することにより、企業は体験価値をさらに高めることができる。 2.体験価値の現状認識 変革の前提として、まず体験価値を実現するために必要な因数(CX・EX・SX)について現状認識を行うべきである。【図表1】は、それを整理するための「体験価値レベルマップ」だ。現状の自社の状況を見極め、目指すべきレベルを定めていく。 【図表1】体験価値レベルマップ
出所:タナベコンサルティング作成 (1)体験価値戦略の対象と目的 体験価値戦略を検討する際には、その体験を付加する対象と、その目的を明確にする必要がある。 ①CXを付与する対象と目的 CXの対象は「製品・サービス」と「マーケティングシステム」に大別できる。製品・サービスの体験価値を高める目的は、その付加価値の向上である。顧客に提供する製品・サービスを変化させる観点としては、どれだけその付加価値を高めることになるかを見極めていただきたい。言い換えると、その変化によってどれだけ業績向上の期待値が得られるかである。 他方、マーケティングシステムの体験価値を高める目的は、LTV(顧客生涯価値)を最大化することにある。顧客に提供するマーケティングシステムを変化させる観点としては、顧客から生涯にわたって得られる利益をどれだけ最大化できるか。言い換えると、その顧客のリピート率を高めることができるかである。 ②EXを付与する対象と目的 EXの対象は「社員」であり、その目的はエンゲージメント(会社への愛着心)の向上である。いかにして企業と社員が強固な関係性を築き、企業の進む方向性と社員の考え方を一致させるかにある。言い換えると、企業と社員のベクトルを一致させることができるかである。 ③SXを付与する対象と目的 SXの対象は「企業・社会」であり、目的は社会的価値の向上である。社会の公器として、いかにその企業が行う事業が社会に貢献し、社会的地位を高めることができるかが重要となる。 (2)体験価値レベル(体験価値向上・変革のステップ) 体験価値の変革は、大きく3段階に分けることができる。自社の現状を見極め、最上位である「共感」レベルへ昇華させたい。 ①レベル1:「質」の向上 最初に確認したい点は、自社のCX・EX・SXのそれぞれが高い“質”を有しているのかどうかである。すなわち、自社の都合を重視した「プロダクトアウト」型の価値に陥っていないか、という確認が必要だ。【図表1】で必要な基準を示しているので、自社のレベルを確認していただきたい。 ②レベル2:仕組み化 次に確認する点は、それぞれの体験価値が“仕組み”によって生み出されているかどうかである。つまり、再現性のない属人的業務で生み出されていないかを確認したい。CX・EX・SXを生み出す「仕組み=システム」が存在し、その仕組みが機能することによって、体験価値がより高められることが重要である。 ③レベル3:共感 それぞれの体験価値で目指すべき基準は、その対象(顧客や社員、社会)からの“共感”である。対象が体験価値に共感・共鳴し、企業の活動を自ら進んで手伝い、応援する状態になっているかを見極める必要がある。 この状態を実現していれば、対象は自らインフルエンサー(社会や他者への影響力が大きい人物)になり、その体験価値を伝えることをいとわなくなる。このレベルにまでそれぞれの体験価値を高めたい。
体験価値を最大化するためのDX
体験価値を変容させる上で、DXは2つの側面を持つ。1つは、「DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)」であり、もう1つは「DXによる生産性の劇的向上(インプットの最小化)」である。 DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)とは、体験を付加する対象との接点(体験価値とのタッチポイント)を、DXによってデジタル化させることである。 例えば、実店舗で行われている「人対人」によるリアル(現実)な販売業務をデジタル化したものがECシステムである。実店舗の場合、販売品目や品種が売り場面積によって制限されてしまうが、デジタル化(ECシステム)によって(理論上は)販売品目や品種を無限に増やすことができる。つまり、デジタル化したほうが販売機会を最大化することができる。 一方で、従来の対人販売であれば、少なくとも1人の販売スタッフ(品出し、レジ打ち、接客)が必要であり、営業時間中はその販売スタッフのコストが発生する。だが、これをデジタル化し、いったんECシステムを構築してしまえば、販売業務での人件費は発生しなくなる(受注後の配送業務などを除く)。これが、DX推進による生産性の劇的向上(インプットの最小化)である。 前者によって増加したアウトプット(付加価値)は、インプット(経営資源)を効率的に運用するための投資に回せるため、さらに体験価値を高めることになる。また後者によって削減されたインプットも、アウトプットをより高めるためのコストに還元できるため、体験価値を高めることが可能となる。
体験価値をデザインする
1.VIデザインとは DXとCX・EX・SXのそれぞれの価値の現状と目指すべき姿を踏まえた上で、自社の唯一無二の体験価値へと昇華させるために必要な視点が「デザイン」である。 このデザインを考えるとき、真っ先にイメージされるのが「意匠」、いわゆる見た目のデザイン(図案、模様、装飾)だ。しかし、「デザイン経営」(ブランド構築やイノベーションの創出にデザインやデザイナー的発想を活用する経営手法)が重視される現在においては、ビジュアルアイデンティティー(VI)を考えるだけでは不十分である。意匠だけでなく、自社の経営理念・ミッションに基づいて、保有する経営機能としての体験価値を“設計”する必要がある。企業としてどうありたいか、どのような姿になりたいか、どのような体験価値を提供したいのか。これら全てをつなげるのである。 2.「真の体験価値」提供に必要な3つのデザイン 「真の体験価値」を提供する際には、ビジネスモデル・マネジメントシステム・VIの3要素をデザインすべきである。 企業におけるデザインの本質は、「企業自身をデザインする」ことだ。昨今のように変化が激しい時代においては、外部環境・内部環境の変化に合わせて、その企業の経営理念やパーパス(存在意義)、ミッション(事業目的)、ビジョン(あるべき姿)などの実現に向け、外観のみならず企業活動そのものを全てデザインする必要がある。 具体的には、経営理念・パーパス・ミッションを実現するための「ビジネスモデルデザイン」、描いたビジネスモデルを企業活動の中で実現するための「マネジメントシステムデザイン」、その企業の考え方・目指す体験価値を具体化するための「VIデザイン」である。これら3つ全てを推進した結果、企業の体験価値が正しく、より良く、十分に認知されることになる。
体験価値のKPIと実装ステップ
体験価値のKPIツリーを策定する
体験価値の向上・変革に取り組んだ結果、企業活動が総合的に変化したことは認識しやすい。しかし、体験価値が実際に向上したのか、低下したのかを評価することは難しい。 そこで、体験価値を評価する方法として、CX・EX・SXを最大化させるKPI(重要業績評価指標)を設定し、評価していくことを推奨したい。それぞれの指標の目標値を達成することにより、その総合値(KGI:重要目標達成指標)である体験価値は最大化できる。(【図表2】) 【図表2】体験価値KPIツリー(例)
出所:タナベコンサルティング作成 次に、【図表2】のKPIツリーを構成する方程式と、KPI向上の着眼を示す。なお、ここで挙げたKPIは一例である。自社のビジネスモデルに適したKPIを設定していただきたい。 (1)CX=顧客価値単価×ロイヤルカスタマー数×リピート率 ①顧客価値単価 このKPIで最も重要な点は、いかにその製品・サービスの“単価”を高くするかである。言い換えると、高い単価でも顧客が納得して購入するかどうかだ。 そのためには、自社独自のバリューチェーンを構築し、製品・サービスの付加価値を上げることが重要である。また、付加価値だけではなく、顧客の求める品質に対するコストパフォーマンスを高めるという観点も重要である。 ②ロイヤルカスタマー数 単なる顧客数ではなく、ロイヤルカスタマー数、つまり自社や製品・サービスに対しエンゲージメントが高く、高頻度・高単価で購入する上得意客数をいかに増やすかが重要である。このKPIを増加させるには、自社や製品・サービスのUXを高めることで、ブランド認知度やロイヤルティー(愛着心)を向上させることが必要である。 ③リピート率 このKPIは、自社の製品・サービスを利用した顧客が、どれくらいの頻度で再利用するかという指標である。一般的に、新規顧客を獲得するコストは既存顧客の再利用を獲得するコストの約5倍と言われる。経営資源を最大限に活用するためにも、この指標は重要である。 このKPIを高めるためには、自社が現在提供している製品・サービスの“質”を高めることにより、顧客の期待値に対する満足度を高める必要がある。また、CRM(顧客情報管理)を徹底し、リピート利用の可能性がある顧客に対して適切な情報を提供することが重要だ。さらに、「カスタマーサクセス」(顧客を成功に導くための取り組み)という考え方のもと、顧客が自社の製品・サービスを利用して望ましい結果を手にするための情報提供を積極的に行い、製品・サービスの再利用を促すことも必要になってくる。 (2)EX=社員定着率+ワーク・エンゲージメント・スコア+キャリア・中途採用比率 ①社員定着率 社員定着率は企業の魅力度を表す重要指標の1つで、一般的には「入社3年後に在籍している新卒社員の割合」を指す。「入社して3年が経過した在籍者の人数÷3年前の入社人数×100(%)」で算出し、70%が目安とされている。 定着率が低い(=離職者が多い)と、欠員補充による採用コストの増加、教育コストの無駄、社内コミュニケーションや企業イメージの悪化(いわゆる“ブラック企業”)などデメリットが多い。逆に定着率が高いと、帰属意識が醸成され、就業意欲や習熟度の高さが業績向上につながる。 定着率は、入社前と入社後のイメージのギャップが大きいほど低下する。したがって入社前、採用段階から自社の業務内容や経営理念、ミッション、風土などを求職者に理解してもらう必要がある。 ②ワーク・エンゲージメント・スコア 「ワーク・エンゲージメント」とは、「活力」「熱意」「没頭」の3つがそろった状態を指す。この指標「UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度)」を厚生労働省が算出したところ、日本企業のワーク・エンゲージメントは正社員全体で「3.42」だった。3項目の内訳は、「熱意」が3.92と最も高く、「没頭」は3.55、「活力」は2.78と最も低い。ちなみに日本のスコアは他国と比べて「相対的に低い状況」にある(厚労省「労働経済白書(2019年版)」)。 社員のワーク・エンゲージメント・スコアが高い組織は、離職率が低く、職場が活性化されている場合が多い。定期的に社内アンケート調査を行い、測定結果を分析しスコアアップを図っていただきたい。 ③キャリア・中途採用比率 キャリア・中途採用比率とは、その年に採用した正社員のうちキャリア採用者(中途採用者)が占める割合を指す。明確な適正水準はないが、一般的には50%を下回ると「低い」とみなされる。ちなみに厚労省の「雇用動向調査」(2020年)によると、全産業平均値は63.8%である。 「労働施策総合推進法」の改正に伴い、2021年4月から従業員数301人以上の大企業で中途採用比率の公表(直近3年分)が義務化された。大企業を対象にしたのは、中小企業に比べて、新卒一括採用に偏る傾向が見られるためだ。 政府が公開を義務付けた背景には、「人的資本の情報開示」という世界的な潮流がある。“人的資本”とは、人材が保有するナレッジ(知識)やスキル(技能)などを「付加価値を生み出す資本」と捉え、ESG投資の判断要素の1つとする考え方だ。ESG投資とは、企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)や社会(Social)、企業統治(Governance)までを考慮した投資である。 キャリア・中途採用を推進するメリットは、広く門戸を開いて分け隔てなく人材(能力)を求めることで、自社と異なる業界や社風・文化を経験した多様な人材(離職した元社員も含まれる)の活躍が期待できることである。 したがって、この比率が高いほど多様性(ダイバーシティー)を受け入れるオープンな土壌があり、また「社員研修制度が充実している」「チャレンジする機会が多い」など社員が能力を発揮しやすい環境も整っていると判断される。そのため優秀な人材が集まりやすくなる。逆に他社よりも比率が低ければ、「プロパー(生え抜き社員)重視」の古い体質や、中途入社組を“外様”扱いするなどの閉鎖的な風土であるとみなされることが多い。 (3)SX=環境保全+社会貢献+ガバナンス 2030年のSDGs(持続可能な開発目標)達成に向け、全世界でESG投資が拡大している。GSIA(世界持続的投資連合)によると、2020年の世界のESG投資額は18年比15%増の35.3兆ドル(約3900兆円)に上り、全運用資産に占める比率は35.9%と約3分の1に達する。 つまり、世界の機関投資家が投資先企業を選ぶ判断基準として、「どれだけESGに取り組んでいるか」を重視するようになってきた。その判断材料として活用されている指標が、「ESGスコア」である。第三者評価機関が企業のESGへの取り組み状況を測定・評価し、数値などで定量的に示したものだ。評価項目は気候変動や生物多様性、廃棄物処理、健康・安全、リスクマネジメント、ダイバーシティー、労働基準など300以上に及ぶ。
体験価値実装フェーズI 現状分析
こうした経営環境を踏まえ、自社の「真の体験価値」を提供するための手順を【図表3】に示す。 【図表3】体験価値実装の3フェーズ
出所:タナベコンサルティング作成 まずは、体験価値戦略を策定するに当たり、現状分析を行う。体験価値戦略は全社戦略であるため、経営計画の策定と同様に、自社の状況を把握するための外部・内部環境の分析が必要である。 加えて、現在提供している体験価値を定量的に評価できる指標を定め、その分析を行うべきだ。自社の体験価値を客観的に評価すると同時に、戦略を実行した際に正しく体験価値が改善されているかを確認できる。 (1)外部環境分析 自社が置かれている外部環境を分析し、顧客・市場・社会が求める体験価値の要素やトレンド、自社にとって影響の大きい外的要因を明確にする。手順としては、「PEST分析」を中心にマクロ環境の条件を洗い出した上で、ミクロ環境として自社の市場や業界の状況・影響要因を明確にする。PESTとは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字を取ったものである。 また、自社のライバルがどのような体験価値を顧客に提供しているのかを明確にしたい。加えて、自社が目指す体験価値と同じ要素を提供している異業種のベンチマーク企業が、どのようにそれを実現しているのかも分析すると、大きなヒントになる。 (2)内部環境分析 自社がどのような経営機能によって今の体験価値を生み出しているかという内部環境分析も必要である。「価値判断基準は何か」「価値判断基準を全社員が正しく認識しているか」「それを行動に落とし込んで日々の業務に反映しているか」の確認が重要だ。 体験価値を正しく提供できない企業の多くは、これらがほとんどできていない。経営理念などが形骸化しているために、理念に基づく体験価値が提供できていない状態となっている。自社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が正しく定められ、社員に浸透しているかどうかを分析しなければならない。 その上で、自社の収益構造・バリューチェーン・組織人事機能・組織構造などの経営機能をそれぞれ点検し、体験価値を高める上でのボトルネック(全体に影響を及ぼすレベルの問題・要因)が何かを明確にしていく。 (3)体験価値評価分析 体験価値は、業種・業界別に一般的な評価指標があることが多い。その指標に基づき、自社の体験価値がどの程度顧客に評価されているかを定量的に評価し、なぜそのような評価になっているかの主な影響要因を明確にするべきである。 多くの業種・業界で用いられている代表的な指標としては、CS(顧客満足度)がある。この値を顧客アンケートなどによって継続的に評価することにより、自社の体験価値がどの程度の状況であるかが分かる。 体験価値の評価指標は、ライバル企業などとの相対評価や、業界平均値との絶対評価である必要はなく、自社の状況のみが認識できれば良い。そのため、自社オリジナルの指標を設定する場合もある。ビール醸造メーカーのヤッホーブルーイングのように、顧客の「熱狂度」をKGIとして設定し、自社の体験価値の状況を分析している例もある。 体験価値の構成要素を明確にするには、「カスタマージャーニーマップ」分析も有効である。顧客が自社の製品・サービスを利用する際のフローを、認知・購入・利用・評価などのプロセスごとに可視化する手法だ。 プロセスにおける顧客の感情変化やインサイト(深層心理)の仮説も明確にすることで、体験価値を向上(または悪化)させている要素について共通認識を持つことができる。この点を明確にすることが、体験価値を大きく変容させる重要なポイントである。
体験価値実装フェーズII 戦略策定
フェーズIの現状分析を踏まえ、自社が実現すべき体験価値戦略を検討する。タナベコンサルティングが提唱している「体験価値の方程式」には複数の体験価値要素があるが、まず検討すべき戦略は「CX戦略」である。 自社が提供してきた体験価値を顧客視点で再定義することにより、従来とは大きく異なる体験価値を実現できる。CX戦略を定めることにより、目指すべきCXを実現するための事業戦略・経営戦略面での課題が明確になる。これを他の体験価値要素(デザイン・DX・EX・SX)の戦略により解決することを検討していく。 (1)CX戦略策定 CX戦略を考えることは、言い換えれば「顧客価値の再定義を行う」ことである。現状分析で明らかになった体験価値の課題を、目指すべき顧客価値として再定義し、その解決を図る。 この際に重要となるのが、自社の不変の価値判断基準である経営理念やMVVである。経営理念とMVVを基軸に置き、外部環境要因を踏まえ、自社の目指すべき顧客価値を再定義する。これを行った上で、現状分析から明確になった現状のカスタマージャーニーマップを再設計し、新たな顧客価値を提供する顧客とのタッチポイントと価値提供方法を設計する。 (2)デザイン戦略策定 体験価値戦略におけるデザインは、前述した通り意匠ではなく、自社全体のデザイン、すなわち体験価値を実現するための企業全体の再設計を行うことである。 初めに、CX戦略で定義した顧客価値を実現するビジネスモデルを設計する。既存事業を洗練させることで実現できる場合もあるが、新規事業を立ち上げる必要がある場合も多い。それらの事業戦略と経営目標を策定し、新たな体験価値を提供する収益モデルを明確にしていく。これにより、体験価値の実現に投資できる経営資源のキャパシティー(ヒト・モノ・カネ・時間)を明らかにできる。 その上で、経営システムデザイン戦略設計を行い、経営資源の再配分計画を策定する。このプロセスは、CXの実現に向けた経営機能の最適化である。CXを起点とした新たな体験価値の実現に必要な経営機能を見定め、ゼロベースで再検討を行うことで、目指すべき体験価値が実現できる。 最後に、新たな体験価値を理解・体感しやすくするためのVI戦略を設計する。VI戦略は、アウターブランディング(社外へのブランド訴求)やインナーブランディング(社内へのブランド訴求)という観点のもと、どのようなVIを設ければ新たな体験価値を象徴的に表現できるかが重要となる。体験価値を表現するため、経営理念・MVV以外の社内に存在する全ての要素を再設計するのである。 (3)DX戦略策定 前述の通り、DX戦略における重要な観点は「DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)」と、「DXによる生産性の劇的向上(インプットの最小化)」である。 DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)とは、再設計されたカスタマージャーニーマップに基づき、対象との接点(体験価値とのタッチポイント)をデジタルへ変化させることである。日々進化するデジタル技術のトレンドをつかみ、自社に取り入れることにより、従来は行えなかった体験価値を実現することができる。 ただし、人間が行っていたプロセスをデジタル化すると、表現方法の多様化や場所・時間的拘束条件から開放されるなどのメリットがある一方で、人の手を介するからこそ提供が可能だった細やかなサービスや、リアルのコミュニケーションで得られていた顧客情報を取得できなくなるデメリットも存在する。したがって、タッチポイントのデジタル化においては、顧客情報の取得やサービス対応がスピーディーに行える顧客ネットワークの構築を進める必要がある。 一方、DXによる生産性の劇的向上(インプットの最小化)の主目的は、生産性改革にある。体験価値提供プロセスにおけるムダ・ムラ・ムリを減らすことで、生産性を劇的に向上させ、体験価値に投下する経営リソースを確保することが重要である。その際に持つべき考え方は、「体験価値最大化のための選択と集中」だ。 体験価値を最大化するには、主たるプロセスへ経営資源を集中させることが重要となる。そしてデジタル・リアル両面での付加価値向上という観点で、DX化を検討すべきである。それ以外の間接的プロセスにおいては、主たるプロセスにリソースを集中させることを前提に、既存の業務フローを厳格に見直して劇的な生産性向上を図る。その際に、どの程度までリソースの効率化を行えば良いかという基準は、前述した体験価値KPIツリーにおけるCX価値を十分に維持できるかどうかを基に考えるべきである。 この2つの視点によりDX戦略を策定した上で、推進における具体的内容や時系列手順などのDX推進戦略を策定する必要がある。 (4)EX戦略策定 「組織は戦略に従う」という考え方のもと、体験価値を最大化するための基盤としてEX戦略を検討する。ES(社員満足度)の高い企業が生み出す製品・サービスはCS(顧客満足度)も高いという相関性がある。ESが高まることによる体験価値の最大化を目指したEX戦略を検討すべきだ。入社前の採用段階から入社後研修(オンボーディング)、日常業務、人事考課、退職など、自社人材の「エンプロイージャーニー」に沿ってさまざまな施策を設計し、組織や属性ごとに働きがい・働きやすさを「見える化」する。 重要なことは、画一的なキャリアパスを押し付けるのではなく、多様な働き方を認め、社員の自律的なキャリア形成、スキルアップ・スキルシフトを後押しすることだ。企業は多様な人材と価値観を受け入れ、可能な限りそれらを具現化できる環境を用意し、EX向上を図る必要がある。また、体験価値を高める活動が社員の評価につながるという正のスパイラルを生み出すためにも、人事制度の設計が重要である。 (5)SX戦略策定 SDGsなどサステナビリティ(持続可能性)の考え方は、現代において企業が重点的に考えなければならない条件となっている。自社の利益のみに執着し、地球環境に配慮しない企業は社会的信用を失い、淘汰されていくだろう。 体験価値を実現するプロセスにおいて、自社がどのような社会的価値・社会的貢献活動ができるかを検討することは、体験価値を最大化するという点においても、欠かしてはならない重要な課題である。
体験価値実装フェーズIII アクションプラン設計
フェーズIIで設計した体験価値戦略を、具体的なアクションプランに落とし込む段階がフェーズIIIとなる。 ここで重要なプロセスは、経営戦略領域における「①体験価値(顧客評価分析に基づく意思決定構造)設計」である。従来、体験価値基準で経営が行えていない企業においては、基本的に体験価値の評価に基づき状況判断・改善の意思決定を行うPDCAサイクルプロセスが存在しないことが多い。この機能を実装した上で体験価値戦略を実施することにより、体験価値は日々上昇し、目指すべき体験価値の実現を行うことができる。 また、情報・メディアの多様化により、コミュニケーション戦略も重要な要素になっている。自社の行っている体験価値実現活動を社外へ適切に伝えていくアウターコミュニケーション戦略と、体験価値の実現のベクトルを社内で統一していくインナーコミュニケーション戦略は企業にとって欠かせない。だからこそ、自社の目指す体験価値に応じた経営機能を実装すべきなのである。 以上が、体験価値を実装するためのメソッドである。3つのフェーズを着実に踏まえることにより、新たな体験価値の提供を実現していただきたい。