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コラム
FCC FORUMリポート
タナベコンサルティングが年に1度開催する「FCC FORUM(ファーストコールカンパニーフォーラム)」のポイントをレポート。
コラム 2022.10.03

「DXビジョン」で体験価値をデザインする:若松孝彦

新しいビジョンと「4つの決断」
  現下のコロナパンデミックは、あらゆる変化を前倒しにした。その代表的な現象が「DX(デジタルトランスフォーメーション)」である。さらにロシアのウクライナ侵攻という地政学リスクも重なり、世界的インフレ、金利上昇、円安、これらに端を発したコストプレッシャーなど、新しい経済変化によって企業は大きな揺さぶりをかけられている。   VUCA※1の時代が続く中、経営者・リーダーである私たちは、暗闇の道なき道を手探り状態で前に進まざるを得ない。それだけに、前方を照らす明かりを灯す必要がある。会社や組織にとって、その“明かり”が「ビジョン」だ。   不確実性が高い時代のビジョンには、「4つの戦略的決断」が求められる。「DX」「M&A」「サステナビリティ」「グローバル」である。DXビジョンをはじめ、M&Aによる事業と収益のポートフォリオ戦略、サステナビリティビジョン、グローバル戦略のシナリオをビジョンに組み込むことである。環境が大きく変わってきた今こそが、自社のビジョンを見直すタイミングなのだ。
   
DXが体験価値の拡大スピードに革命をもたらした
  DXの進展によって人々の「体験価値」が劇的に向上し、成長スピードも爆発的に向上している。例えば、製品やサービスなどのユーザー(顧客)獲得期間は、以前に比べ急激に短くなった。5000万人のユーザーを獲得するまでの年月は、飛行機が68年、自動車が62年、電話が50年。一方、YouTubeは4年、Twitterは2年、スマホゲーム「ポケモンGO」はたった19日だったという※2   このスピード格差には、地理・物流・通信インフラなどを含むさまざまな要因が作用しており、単純に比較はできない。ただ、間違いないのは、爆発的に拡大スピードを速めているのはDXを伴う製品・サービスであるということだ。DXによって速く、広く、深く体験価値を提供できていることに他ならない。   例えば、ポケモンGOの19日間というスピードは、ネットワークゲームとしての素晴らしさはもちろんだが、ポケモンというファン人口の多いブランドを使ってプレーヤーを急拡大させたこと、またプレーヤーがデジタルデバイスを使いながら外出することでゲームが成立するという、リアルとデジタルを結び付ける体験の提供があってのことだろう。DXを使って体験価値をデザインしたからこそ、ユーザーを爆発的に増やすことができたのである。
   
「3つのデザイン価値」をデザインする
  DXで体験価値をデザインする場合、大きく分けて次の「3つの領域」がある。   1.CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)   あなたが商品(製品・サービス)を購入するとき、検索サイトでその会社のホームページや口コミサイトを調べたり、SNSでレビュー(評価)を見たりして、事前にチェックをしているはずである。また購入後、その商品に思い入れがある場合、SNSなどでフォローをしているかもしれない。これは、まさに体験価値である。知らぬうちに購買動機から購買、その後にファン化していくプロセスを体験している。   長期化するコロナ禍によって、人々はデジタルリテラシー(最新のテクノロジーを生かす能力)を高めていった。そうした中、企業が体験価値のデザインを通じて購買の成功確率を高めようとした結果、これらのマーケティングが加速したのである。   2.EX(エンプロイーエクスペリエンス:社員体験価値)   あなたの会社の社員が、自社に入社した時のことを考えていただきたい。まず、採用(リクルート)サイトに入り、入社前から自社の事業内容や教育システム、人的資本、社風などを知り、採用試験に臨んだはずである。   このようにウェブサイトを使い、自社に関する体験価値をデザインすることが今は不可欠となっている。コロナ禍により、多くの企業が従来のような会社説明会や採用面接、会社訪問すら十分にできなかったが、DX先進企業は早くからウェブ活用の工夫と努力を積み重ねていた。   そして、入社後はキャリアデベロップメントが重要となる。キャリアデベロップメントとは、企業が望む人材育成と、社員が望むキャリアプランの実現を一致させる計画的な能力開発をいう。   しかし、その前提となるジョブローテーション(定期的な部署異動や職務変更)が機能していない組織は多い。例えば「社内留学制度」(他部署の事業を知るため、一時的に他部署の業務を行う制度)や「ウェブ社内報」の運用など、各事業部・部門業務を理解してもらうための体験価値をデザインすることで、ローテーションも機能しやすくなる。   また、リーダーシップ体験価値のデザインに関しては、アカデミー(企業内大学)などを軸に社内教育システムを構築し、誰もがいつでも、どこでも学べるように教育体系を整備する。それが結果的にエンゲージメントの向上につながっていく。   3.SX(ソーシャルエクスペリエンス:社会体験価値)   ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みは、企業にとってブランディングしにくいものだ。環境配慮や人権保護への取り組みは、商品の売り上げに直接影響を及ぼすファクターではない上に、「グリーンウォッシュ」(実態を伴わない環境配慮)や「ブルーウォッシュ」(見せかけの人道支援)など、いわれなき批判の的にされやすくなる。   そのため、自社の製品・サービスのブランディングには注力するが、ソーシャル活動は二の次になるのが常である。しかし、今後はCXと同レベルでSXが大事になってくる。   例えば、ユニクロを展開するファーストリテイリングは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの要請を受け、ウクライナおよび周辺地域で緊急人道支援に当たるUNHCRに対し1000万米ドル(約11億5000万円)の寄付を決定するとともに、UNHCRの活動に寄付を募る新聞全面広告を打った。   その広告を見て同社の活動を知り、興味・関心を持った読者は、次にユニクロのホームページを見るだろう。同社の素晴らしい活動に共感し、ツイッターやLINEで拡散する人もいるに違いない。自社のサステナビリティ戦略をビジョンに据えるためには、デジタルを駆使したソーシャルブランディングも当然の取り組みとなる。まさにソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に対するリテラシーが求められる時代なのである。     ※1…「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を合わせた造語。「先行きが不透明で将来の予測が困難な状態」を意味する ※2…steemit/@johnnywingston      
 
 
 
顧客が顧客を呼ぶ善循環サイクル
  OMO(Online Merges with Offline)とは、デジタルデータを起点にオンラインとオフラインを融合させる体験施策を意味する。あなたの会社の営業やマーケティング、人事などをOMOでデザインし直していただきたい。   コロナ禍が続く今でも、地上戦(リアル)には強いが空中戦(デジタル)に弱い企業・組織がいかに多いことか。これからの時代は、リアルもデジタルも両方を駆使できるハイブリッドマーケティングが必要だ。ハイブリッド戦を制する者が、マーケティングを制する時代なのである。   OMOでビジネスをデザインすると、顧客接点(タッチポイント)の場は激増する。例えば、これまではリアルの店舗で実際に接して感じる前に、オンラインで印象が決まってしまう。オンラインにおける各タッチポイントでの顧客体験の印象が悪ければ、企業のブランドやイメージに悪影響が出かねない。逆に心地良い体験であれば、ブランドやイメージの向上につながる。オンライン上での顧客接点も、企業にとって認知や信頼の醸成に欠かせないものとなっている。   OMOをデザインする上で重要な手法が、「カスタマーサクセス」と「カスタマージャーニー」である。カスタマーサクセスとは、自社製品・サービスによって顧客を成功(顧客が望ましいと考えていること)へ導く取り組みのことである。またカスタマージャーニーとは、顧客が自社製品・サービスを認知・購入・利用・廃棄に至る過程(=旅路)で時系列に顧客体験を分析する手法をいう。私は、これらを同時に実現するメソッドとして「顧客が顧客を呼ぶ『善循環サイクル』をOMOジャーニーでデザインする」と提言している。   カスタマーサクセスを直訳すると“顧客の成功”となる。しかし、カスタマーサクセスは顧客の成功や要望を満たすだけのサポートではない。受動的ではなく能動的に働き掛けることで、顧客の成功と自社の収益の両立を目指すマーケティングの概念である。   私は、カスタマーサクセスの究極は、顧客が顧客を呼ぶような満足度を達成することだと考えている。すなわち、顧客が体験し、購入し、活用して、他人へ紹介したくなる「いいね」を獲得するということだ。   カスタマーサクセスは、顧客に販売して終わりというものではない。顧客が自社の製品・サービスを利用することで得る成功や成長を維持・増幅させられるようにサポートしていくことも、ビジネスの目的になる。したがって、能動的にアドバイスやサポートを行うことが重要となる。   カスタマージャーニーとは、前述したように、顧客が製品・サービスを購入・利用するプロセスを「旅」に例えた概念である。最も重要なターゲット顧客モデルである「ペルソナ」の趣味嗜好や価値観、ニーズ、行動特性などの定性データも組み合わせて、顧客の購買行動を時系列で整理し、購買・利用までの“旅路”を定める。その過程における顧客の「行動」「感情」「商品との接点(タッチポイント)」などを可視化した「カスタマージャーニーマップ」が詳細であるほど、実際の購買活動に沿ったマーケティングが可能となる。   カスタマージャーニーマップは、顧客が何を考え、どのような行動を経て購入に至るかを時系列に可視化したものといえる。したがって、サクセスとジャーニーを組み合わせることにより、「成功体験を得た顧客が、新たな顧客を呼ぶような善循環のカスタマージャーニーをデジタルとリアル(OMO)によってデザインする」ことが重要となる。顧客の購買行動を追い掛けるだけでは、あまり意味がない。善循環のマーケティング体験フローが大切なのである。    
 
DXビジョンとして体験価値をデザインする
  DXビジョンを策定する際は、4つのセグメント「ビジネスモデルDX」「マーケティングDX」「マネジメントDX」「HR(人的資源)DX」で整理する必要がある。DXビジョン(DX戦略)においては、どの分野のDXなのか、また優先度なども明確にしなければならない。自社のポジションを再認識し、その上で投資を決断していく必要がある。   【図表】はタナベコンサルティンググループが取り組んできたDX戦略と体験価値を表したものだ。4つのDXが3つの体験価値であるCX、EX、SXとつながっていることが分かる。     【図表】DXビジョンのデザイン(タナベコンサルティンググループの例) 出所:タナベコンサルティング作成     DX、M&A、サステナビリティ、グローバルを要素とした中長期ビジョンを描き、その中でDXビジョンを明確にし、4つのDX(ビジネスモデル・マーケティング・マネジメント・HR)と3つの体験価値(CX・EX・SX)を実装する戦略を描くことが大切である。上位概念としての4つのビジョンと融合することで、企業のDXは加速していく。さぁ、経営に体験価値を実装しよう。            
PROFILE
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若松 孝彦
Takahiko Wakamatsu
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長。タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。