その他 2022.03.01

Vol.12(最終回) 誤解されるウェルビーイング経営

 

コロナ禍などの影響で健康経営の機運が高まる一方、ウェルビーイング経営という言葉が独り歩きし、正しい施策を行えていない企業が多い。筆者の考える、ウェルビーイング経営の2つのポイントとは?

 

 

本コラムもいよいよ最終回となりました。コラムを終えるに当たり、私がウェルビーイング経営の考え方を紹介する際に直面してきた誤解を取り上げ、その中でも強調しておきたい2つのポイントについてお伝えしたいと思います。

 

 

個人の健康管理を組織の成長に結び付ける

 

1つ目は、「優しくて厳しいマネジメント」です。

 

「従業員のウェルビーイングに気を使うなんて優しい時代になりましたね」という感想を頂くことがあります。しかし、私は、ウェルビーイング経営とは単に“優しい”マネジメントではなく、むしろ“厳しい”マネジメントであると思っています。ウェルビーイング経営は、ただ優しいだけの“生ぬるい”マネジメントとは区別される必要があるからです。

 

例えば、「会社に従業員の健康を意識したマッサージを受けられる施設がある」「健康的な朝食を取れる食堂がある」と聞くと、優しい会社のような気がします。

 

しかし、そのような取り組みは、従業員に見返りを求めない無償の愛でしょうか。ただ優しいだけのマネジメントを行っている企業であれば、景気の悪化とともにその企業は衰退していくことでしょう。また、ウェルビーイング経営は、「資金に余裕のない中小企業では取り組むことができない」というイメージも付きかねません。

 

私が取材してきたウェルビーイング経営の実践企業は、決して優しいだけの経営を行っているわけではありませんでした。組織が従業員の健康の面倒を見るだけではなく、その健康状態を個人の成長、ひいては「組織の成長に結び付けていこう」と取り組んでいる企業でした。

 

健康経営の先進企業である、大手総合商社・住友商事グループのシステムインテグレーターのSCSKでは、健康経営の取り組みに先立って残業時間の削減に取り組みました。残業を減らすためには、効率的に仕事を行うことが求められます。また、会社から健康習慣や自己啓発などの自己管理を強く期待されます。決して、従業員を甘やかしているわけではありませんでした。同社に取材に伺った際の、「結構大変なんですよ」という、従業員の方の素朴な感想が心に残っています。

 

 

従業員の能動的な行動を支援するマネジメントが重要

 

2つ目は、「ネガティブに備え、ポジティブを育てる」です。

 

あるメディアでウェルビーイング経営を紹介した際、「ウェルビーイング経営は、一見すると良い取り組みのように感じるが、かえって『健康を損なった人やウェルビーイングな状態で働けない人は切り捨てられることを助長する』取り組みに陥るのではないか」との感想をいただきました。私は驚き、あらためてウェルビーイング経営がそのようなマネジメントではないことを強調する必要があると認識するきっかけになりました。

 

私は、「健康」というキーワードが「病気でない」ことだけを指す言葉として用いられていることに疑問を感じ、「健康経営ではなく『ウェルビーイング経営』という枠組みでマネジメントの実践を捉えるべきだ」と考えて、2019年に『ウェルビーイング経営の考え方と進め方』(労働新聞社)という本を刊行しました。

 

本著では、「病気でない状態をつくり出すことが組織の取り組みとして重要である」ことが前提になっていますし、健康とウェルビーイングの管理責任を個人に押し付けることを主張した訳でも、健康を損なった人は切り捨てることを許容した訳でもありません。

 

逆に、従業員のウェルビーイングは個人の問題でもあることから、押し付けるだけでは機能しないことを強調しました。つまり、従業員の能動的な行動やそれを支援するマネジメントが重要であることを強く主張したのです。

 

ですが、このような経緯をよく知らない方が、ウェルビーイング経営という言葉だけを聞くと、先述したような感想が出てくることもあると思います。現在、仕事と治療の両立支援について研究を進めていますが、「健康を損なったとしても、ウェルビーイングな仕事人生を可能にする働き方」についての知見を蓄積していくことが、今後のウェルビーイング経営に関する研究において重要だと考えています。

 

読者の皆さまが自社でウェルビーイング経営を実践される際には、ぜひ、心身の不調に備えながらウェルビーイングを促進すること、両者を統合する取り組みであることを強調していただければと思います。

 

 

中長期的な視点でウェルビーイング経営を設計

 

近年、ウェルビーイング経営という言葉は、さまざまなところで用いられることが増えてきました。注目が集まる理由は、「ウェルビーイングというカタカナ言葉が目新しいから」だけかもしれません。企業のSDGs(持続可能な開発目標)への積極的な取り組みと関係しているのも理由の1つでしょう。

 

しかし、私は、ウェルビーイング経営という言葉がはやり言葉として消費されるのではなく、また2030年までの期間限定の取り組みではなく、「従業員のウェルビーイングを高めることが、組織にとって中長期的に意義があることを理解していただいた方の実践に長く貢献するコンセプトになること」を願っています。

 

1年間、本コラムをお読みいただいた皆さま、どうもありがとうございました。どこかで、自社のウェルビーイング経営の実践についてお聞かせいただく機会があることを願っています。

 

 

※情報システムの企画・構築・運用などの業務を、システムのオーナーとなる顧客から一括して請け負う情報通信企業

 

 

本連載は今号で最終回です。ご愛読いただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

PROFILE
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森永 雄太
Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授を経て、2018年4月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。近著は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方健康経営の新展開』(労働新聞社)。