その他 2021.06.01

Vol.3 損なわれつつある従業員ウェルビーイング

【図表1】ウェルビーイング経営の2段階モデル

 

 

ウェルビーイング経営の重要な基礎として、心身の健康は必要不可欠だ。だが、それだけではウェルビーイングな状態とは言えない。心身の健康だけでなく、仕事・組織に対して前向きな意欲・態度を持つことが重要とされる背景と実態に迫る。

 

 

「ウェルビーイング経営とは何か」についての2回目です。今回は、ウェルビーイング経営の2段階モデルの2段階目について解説します。

 

 

従来と異なる視点から従業員の問題と向き合う

 

前回(2021年5月号)では、従業員ウェルビーイングの2段階モデルの1段階目である、「心身の健康確保」の重要性を紹介しました。(【図表1】)

 

しかし、従業員が「病気でない」だけでは、ウェルビーイングな状態とは言えません。身体的・精神的・社会的に良好な状態で、中長期的に高い組織成果を持続していくことが求められます。「会社には来ているけれど、居眠りばかりで仕事が進まない」状態では、成果には結び付きません。逆に、「スポーツが大好きで健康状態はとても良いが、仕事中もトレーニングについて考えている」という状態でも、仕事の成果との両立は成し遂げられません。

 

そこで注目したいのが、【図表1】の2段階目です。ここでは、従業員ウェルビーイングを捉える1つの側面として、「仕事に対して前向きな意欲を持っている」「企業や職場などの所属する組織に対して前向きな態度を持っている」ことを取り上げています。

 

従来の経営学においても、前者を捉えるために「モチベーション」という概念、後者を捉えるために「組織コミットメント(組織への愛着)」という概念が研究されてきました。読者の方々が所属する企業でも、この2段階目については従来から重視しているという組織が多いかもしれません。

 

しかし、昨今の調査によって、日本企業で働く従業員は2段階目の部分が損なわれていることが示唆されています。例えば、世論調査や人材コンサルティングを手掛ける米・ギャラップ社の「State of the Global Workplace」(2017年)によると、日本企業で働く従業員のうち、仕事に「熱意ある」と回答した人は6%でした。

 

また、厚生労働省の「平成30年若年者雇用実態調査」(2019年12月)では、若年正社員のうち「定年までに今の会社から転職したい」と考えている従業員は27.6%でした。私たちには、従来と異なる観点から従業員の意欲や愛着の問題に向き合うことが求められているのかもしれません。

 

 

 

【図表2】施策前後の各指標の変化

 

 

手段としての健康施策

 

このような状況を背景に、ウェルビーイング経営として注目したいのが、1段階目に対する施策を通じて2段階目を高めるという取り組みです。

 

例えば、私は2016年4月から2017年3月にかけて、健康増進施策を従業員のモチベーションや組織への愛着に結び付ける取り組みに関する産学連携の研究会を行い、17の企業で共通の健康増進施策を実施しました。この研究会では、100日間の健康増進活動を、専用のSNSを活用しながら各組織内のチーム単位で競争してもらいました。また、活動の前後で、健康意識やモチベーション、組織への愛着についての質問票調査を実施しました。

 

結果、健康増進活動の実施率を高く維持できたことはもとより、協力意欲や組織への愛着の指標が高まることが分かりました。(【図表2】)なお、仕事そのものに対するやりがいを捉える内的モチベーションが高まらなかったことを踏まえれば、この結果はジョブ・クラフティングなどの別の切り口の重要性も同時に示唆しています。この考え方については今後の連載でご紹介します。

 

健康増進活動の取り組みは、「健康をキーワードとした組織開発の取り組み」と理解することもできます。近年では情報技術の発達に伴い、仕事がパソコンの中だけで完結して、職場での直接のコミュニケーションが少なくなるケースも増えています。また、人材の多様化や働き方の柔軟化に伴い、「みんなが同じ場所で同じように働く」ことによるコミュニティー意識の醸成が難しくなってきています。

 

読者の方々の職場においても、健康というキーワードで職場のチーム活動を行ってみることで、職場を良いコミュニティー・組織へと変えることができるかもしれません。

 

 

※仕事の向き合い方や行動を主体的にすることで、仕事をやりがいあるものと捉える手法

 

 

 

 

 

 

PROFILE
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森永 雄太
Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授を経て、2018年4月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。近著は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方健康経営の新展開』(労働新聞社)。