体が健康なだけではウェルビーイングな状態とは言えない。精神的な健康も担保し、社員が自発的に仕事へ取り組んでいくためのウェルビーイング経営の「2段階モデル」とは?
今回から、「ウェルビーイング経営とは何か」という問いに答えていきます。ウェルビーイングの2段階モデルを紹介し、その1段階目について解説します。
「ウェルビーイング」とは
「ウェルビーイングとは何か」という問いへの答えは人によって異なり、多様な見解があります。そこで、まずは学術の領域で蓄積された知見を借りて、考え方を整理していきたいと思います。心理学で蓄積されてきたウェルビーイングの研究は、大きく2つの潮流に分けられます。
第1の潮流では、ポジティブな感情が多く、ネガティブな感情を少なく感じ、人生全体に対する満足度が高い状態をウェルビーイングな状態と見なします。例えば、職場で上司に毎日叱られる日々を過ごしていた人が、人間関係の良い職場へ転職した場合に、この種の幸せを実感するかもしれません。
第2の潮流では、人生の意義や可能性に注目します。意味あることを成し遂げたり、成長のために努力したりしている状態をウェルビーイングな状態と見なします。職場を見渡せば、ただでさえ忙しいのに挑戦的なプロジェクトのメンバーに立候補する同僚を見かけるかもしれません。夢や目標に向かって努力を続けている人の中には、この種の幸せを感じている人も多いことでしょう。
厳しい競争環境の中で組織が成果を残すためには、従業員の成長や努力が欠かせません。従業員の健康状態を単に病気やストレスがない状態にとどめるのではなく、「仕事に意味を見いだし、組織への貢献意欲をもってもらう」状態に近づけることが重要です。
本連載では、第2の潮流の考え方に基づき、ウェルビーイングを「人生に意味を見いだし、自分の潜在能力を発揮している状態」を指す言葉として用いていきます。
【図表】ウェルビーイング経営の2段階モデル
ウェルビーイングの2段階モデルとその基礎
組織で働く従業員のウェルビーイングとはどのようなものでしょうか。職場のウェルビーイングには、人生全般で考えるウェルビーイングとは少し異なる、職場ならではの側面があります。例えば、「ワーク・エンゲージメント(仕事に対してポジティブで充実した心理状態)」という考え方を、仕事領域でのウェルビーイングとして用いる考え方もありますが、それ以外にも重要な側面があると考えられています。
残念ながら、現時点では確立された捉え方はありません。ですが、私はいくつかの指標を用いた「2段階モデル」でウェルビーイングを考えるのが有効ではないかと考えています。(【図表】)
ウェルビーイング経営においては、まず「狭義の健康」を確保することが重要です。狭義の健康とは、「病気でなく勤務できる状態」。言い換えれば、従業員に就業を継続してもらうことがウェルビーイング経営の出発点になります。
企業は健康診断を実施するだけでなく、従業員の健康的な食事や適切な睡眠、適度な運動習慣など、健康的な生活習慣を促すことを通じて従業員の健康確保を進めることができるでしょう。例えば、フジクラ(東京都江東区)では日々の運動運動活動量を増やすためのきっかけづくりとして、歩数イベントを実施しています。ヤフー(東京都千代田区)では、社内のカフェやレストランと連携して野菜を多く摂取できるメニューや減塩メニューなどを提供しています。
身体的な健康と同時に、精神面の健康(メンタルヘルス)を確保する重要性も認識されるようになってきました。職場におけるストレスの問題が顕在化し、メンタルヘルス不調に陥る従業員が増えたからです。新型コロナウイルス感染拡大の影響によるテレワークの普及も一因と言えるでしょう。
リクルートキャリア(東京都千代田区)の「新型コロナウイルス禍における働く個人の意識調査」(2021年1月)によると、テレワーク経験者の6割がテレワーク前にはなかったストレスを実感しています。このように精神面の健康は、企業が積極的に対策をとるべき課題として認識されるようになってきました。小規模でも、カウンセラーと契約し、上司や同僚には言いづらい悩みを相談する機会を提供する事業所もあるようです。
従業員のウェルビーイングの重要な基礎として、心身の健康は必要不可欠です。しかし、体が健康なだけではウェルビーイングな状態とは言えません。次回(2021年6月号)は、2段階モデルの2段階目をご紹介します。