その他 2020.04.30

Vol.9 ストレスチェックの効果的な利用法

目的は心の健康診断

 

労働安全衛生法の一部改正を受け、2015年12月1日に「ストレスチェック制度」が施行されました。これにより、50人以上の労働者がいる事業所においては、年に1回のストレスチェック実施が義務付けられたのです。

 

開始から4年がたち、「義務だからやってはいるが、そもそも何のためにやっているのか」と、取り組む目的が曖昧になってきた職場も少なくないのではないでしょうか。

 

ストレスチェックは「身体的な健康診断に加え、心の健康診断も」と始まりました。健康診断には不調を未然に防止するという意図があります。一次予防と呼ばれるもので、現状を把握することによって、今後の生活習慣の在り方などを見直し、病気にならないための予防対策を立てることを目指しています。

 

心の不調が業務に支障を来したり、休職や退職につながったりするケースが珍しくない昨今、まずは、働く本人と企業が「心の状態」に気付くことが必要です。そして、もし何か問題が散見されたら対策を取るべきです。ストレスチェック実施の意義は、この一次予防にあります。

 

つまり、従業員と職場の「ストレス状態」を測定することで、本格的なメンタル不調になるのを未然に防ぐのです。

 

 

 

セルフケアとストレスマネジメントに活用する

 

ストレスチェックの目的の一つ目は、セルフケアの視点を養うことです。従業員が自分自身のストレスの状態や程度に気付き、ストレスマネジメントを行うきっかけを作るという狙いがあります。

 

心身の不調を訴えて来る方や、気分障害といわれる「うつ」の症状を起こしやすい方、一度良くなってもまた繰り返してしまうなどの予後が悪い方は、自分の状態を把握できていない方が多い、と相談業務をしていて感じます。

 

身近な人の死や、突然の大きな災害などで急激に心の状態が悪くなることはありますが、日常的なストレスにおいて心の状態が「急に」悪くなることはあまり考えられません。徐々に悪くなり、それに気付かないまま過ごしてしまうことで、ある日ストレスが「限界」に達するのです。

 

何かのトラブルや、誰かから言われた一言などをきっかけに、ある日その限界にふと気付くため、たいていの相談者は急に悪くなったとおっしゃいますが、急ではなく、今までの状態にただ気付いていなかったという場合が多くあります。

 

問題なのは、自身の不調を自分の中で意識できていないことです。限界に達した段階で気付いたのでは、その後のリカバリーに多大なエネルギーと時間を要することとなり、なかなか不調になる前の状態へ戻れません。

 

忙し過ぎて、自分の状態を確認する余裕もないといった物理的な問題や、もともと自分に向き合うことが苦手な方、防衛本能から自分に都合が悪いことは見ないようにする方もいるでしょう。人は、意識しないと自分の不調に気付けないのです。そうした方々にとって、ストレスチェックは客観的に自分自身を見つめる時間を持つためのツールにもなります。

 

ストレスチェックを行うもう一つの目的は、経営者が職場環境を客観視し、改善する視点を養うことです。ストレスチェックは従業員のストレス状態を把握し、会社全体のパフォーマンスを上げていくために、職場として「ストレスマネジメント」へどう取り組むかを考えるきっかけとなります。

 

「高ストレス者が多く出ても致し方ない」というくらい忙しい職場であっても、どうしようもないからと諦めるのではなく、一度立ち止まって従業員の置かれた環境を見つめ直してみましょう。工夫次第で状況は大きく変えられます。

 

 

 

職場改善に取り組む

 

従業員のコミュニケーションスキルを少し改善するだけで、職場環境は大きく変わります。例えば、上司が部下へ、分かりやすく具体的な指導を行えば、作業効率や仕事の質が上がります。また、相談しやすい関係を従業員間で構築すれば、スムーズに互いの意思疎通ができます。

 

すると、トラブルを未然に回避できたり、誰かが抱え込んでしまっている作業を分担できたりして、効率よく業務を進められ、結果的に業務量は減り、負荷も軽くなるのです。

 

納期などで物理的に一気に負担がかかる現場では、その状況を理解してくれる相手や相談できる人がいることが大切です。大変な自分の状況を理解してくれる場があるかどうかは大きなポイントで、これがあると深刻な心身ダメージを受けにくく、たとえ不調を訴えても、体の休養さえ取れば、速やかに元のパフォーマンスに戻りやすい傾向にあります。

 

一方、休みを取りやすく、業務量もノルマも厳しくない、つまり物理的な負荷が少ない職場では、より職場全体でコミュニケーションスキルの改善に取り組む必要があります。

 

なぜなら、物理的な負荷が少ない職場の高ストレス者は、職場環境に不満を持っているケースが多いからです。日常的な人間関係の不満が蓄積していたり、場合によっては、深刻なハラスメント問題が起こっていたりします。

 

行き違いのないように伝わる指導や、信頼関係をつくるための傾聴能力の養成、意見を受け止める環境づくりはもとより、ハラスメントにならない関わり方を周知徹底しましょう。

 

休職する社員が出た場合、1人を雇う人件費の2~3倍もの損失があります※1。メンタル不調者を出してしまうことは、生産性の低下だけでなく、経費の面でもかなりの不利益を出すことになります。

 

ストレスチェックは、実施するだけでなく、結果を基にいかに職場改善に取り組むかが大切です。ですから、依頼する事業者は、結果のフィードバックやその後のフォロー体制が整っているかを基準に選ぶとよいでしょう。また、厚生労働省のホームページ※2では、無料のストレスチェックがダウンロードでき、結果を入力すれば集団分析まで行えます。経費や個人情報の取り扱いの観点から外注に抵抗がある会社は、こちらを活用していただければと思います。

 

※1 保険同人社『MOSIMO』(メンタルヘルス不調による休職者が発生した場合の企業の損失コストを簡単に試算サービス)http://www.healthy-hotline.com/mosimo/cost/
※2 「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム」ダウンロードサイトhttps://stresscheck.mhlw.go.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

PROFILE
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大野 萌子
Moeko Ono
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。内閣府、防衛省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間150件以上の講演・研修を行う。著書に『言いにくいことを伝える技術 ~もう振り回されない! ストレスフリーな人間関係を一瞬で手に入れる』(ぱる出版)、『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)など。