この数年、「文化の盗用」と呼ばれる行為が話題になるようになった。注目を集めやすく、経済的な影響も大きいトピックだ。それにもかかわらず、ハイブランド企業といえども十分な対策と対応の方法が確立されているとは言い難い。
異文化への理解不足が起こしたトラブル
2019年初め、イタリアのグッチが顔の下半分を覆う黒いニットのトップスを発表した。口に当たる部分には穴があいており、穴の周囲は唇を模して赤い。この商品はアフリカ系の人たちへの差別を生むと批判を浴びて販売中止になった。
2021年2月、フランスのルイ・ヴィトンが新しいセーターを発表した。ジャマイカ文化に捧げる意図の表明として緑、黄、赤の3色を配していた。ところが、この商品はソーシャルメディアで叩かれた。というのも、商品説明に「ジャマイカの国旗に着想を得た」といった記述があったのだが、実際のジャマイカの国旗の配色は緑、黄、黒だからだ。緑、黄、赤の配色はエチオピアの国旗である。その結果、ルイ・ヴィトンはこの商品をラインアップから取り下げざるを得なくなった。
この類いの異文化理解にまつわるトラブルは枚挙にいとまがない。
2021年3月、イタリアのヴァレンティノの公開した動画が炎上した。日本人女性モデルが着物の帯と思われる上を靴で歩き、畳の上で靴を履いていた。日本文化への敬意が示されていないと批判され、やはり動画は削除された。
かつて、と言っても10年くらい前までだが、「今年のトレンドのヒントは中央アジアの生地にある」「デザインのヒントはアフリカにある」とコンセプトの由来を語るのは、先進国のデザイナーにとって普通の振る舞いであった。テキスタイル、ファッション、インテリア、音楽、言語など、いずれの分野においても、異なる文化の香りや要素を取り入れるのは、一定の手法として好意的に受け止められることが多かった。イノベーションの鍵は距離の遠い要素同士を結び付けることであるとも認識されている。
しかしながら、この数年で潮流が大きく変わった。英語でCultural appropriation(「文化の盗用」と訳されることが多いが、ここでは「異文化要素の採用」と訳したい)と呼ばれる行為として話題になるようになったのだ。「盗用」と訳すとネガティブなニュアンスが強いが、appropriationは「他のグループに所属する要素を採用する」という意味であり、必ずしもマイナスのイメージの言葉ではない。
異文化要素の採用か異文化の盗用か
ここで前提を述べておこう。この行為は経済的・政治的・文化的に優位な国や文化圏の企業が、そうではない文化圏の要素をビジネス上の目的のために採用することで論争を生むケースが多い。先述した例であれば、グッチはアフリカの、ルイ・ヴィトンはジャマイカの要素を文化コンテクスト(文脈、背景)の理解が浅いままに使った。あるいは十分な説明なしに公表した。
もし逆に、日本の企業が欧州文化に対して無理解であった場合、欧州の人々はそれを叩くのではなく、「教養のない証しで批判にも値しない」と無視するか、嘲笑の対象とされるだろう。欧州の人たちが日本の文化に対して上位意識を持っていることの裏返しである。その位置関係が日本人にも何となく分かるから、ヴァレンティノの動画が勘に障るのだ。極めて複雑な状況・心理把握を必要とする話題である。
そこで、文化盗用をテーマとしたウェビナーで知った、英国のマンチェスター・メトロポリタン大学などでファッション文化史を教える研究者、ベンジャミン・ワイルド氏へインタビューした。
ウェビナーにおいてワイルド氏は、ノーザンアリゾナ大学で異文化コミュニケーションなどを研究するリチャード・ロジャーズ氏の論文を紹介していた。ロジャーズ氏は、異文化要素の採用を「良い」「悪い」だけで判断する思考は有益ではないと言い、文化交流を「交流」「支配」「悪用」「文化融合」と4つのレベルに区別している。その中で、支配と悪用が文化盗用としてネガティブな範疇になり、交流と文化融合は友好的で公平な文化交流になっていると説く。ワイルド氏は、この論を支持していた。
「第一に強調したいのは、いつの時代においても文化盗用は避けられないということです。異なる文化の人たちと交流する中では当然起こり得ます。特に、1980年代以降に関心が寄せられるようになり、それがこの数年、ファッションの分野でいっそう、顕在化してきました。
私たちはメディアで文化盗用の記事を読むと、何か悪いことが起こったと考えてしまいがちです。しかしながら、私たちは異文化の要素を採用すること(cultural appropriation)と、文化の盗用(cultural mis appropriation)を区別する必要があると思います。注意すべきは後者です」(ワイルド氏)
第二次世界大戦後にさまざまな社会変化が起こり、植民地時代は終焉を迎えた。その後、どの国や地域でも権利意識が強くなり、不平等へ敏感になった。海外旅行が大衆化し世界が狭くなった1980年代、それらがより明確になり、文化盗用が問題視されるようになった。
1990年代以降、インターネットの普及によって世界中の人たちとアイデアやイメージなどを交換できるようになり、昨今で言えばインスタグラムやツイッターなどのソーシャルメディアから、簡単に異文化を引用できる。引用元の文化要素が持っている意味など分からなくても、好きならそれを取り込むだけだ。
「他の文化の拝借は不可避であると認識すべきです。それよりも私たちは、異文化の引用に対して、より自覚的になり、論争が生じるのがどのような場合であるかへ敏感になることです。そして、ビジネスとしては、それが事件とならないように、リスクを最小限に抑えることです」(ワイルド氏)