その他 2021.01.29

Vol.16 市場リポートから見えたラグジュアリーの未来の風景

新しい世代が文化をつくる

 

2020年、ファインアート(芸術品)市場の規模は「オークション」と「個人売買」ともに、前年比で35~40%減だった。最近では、バンクシーの作品が10億円以上の価格で取り引きされたり、若い人たちが自宅を飾るためにアート作品を購入したりと市場のにぎわいを感じる。一方、それなりのお金がコンスタントに動く「中間帯の作品(100万~500万円)が売れない」と、世界のトップギャラリーの関係者が個人的に語ってくれた。こうしたエピソードが不調の正体らしい。

 

もちろん、オンライン販売へのシフトなどさまざまな努力がされているが、ベイン・アンド・カンパニーの報告で目に留まったのは、黒人やラテン系の作家の作品は社会問題への関心の高まりから買われているとの記述である。

 

本連載で何度も触れてきたように、ミレニアル世代やZ世代など新しい世代は環境や社会のテーマについて敏感な反応を示すようになっている。「環境」「多様性」「公平・公正」「(社会的)包摂」といった要素が、商品購入の際の大切な判断基準になっている。黒人やラテン系の作家が買われるのは、「公平」や「(社会的)包摂」との側面が後ろ盾となっているのだろう。

 

ここで注目する点は、新世代の彼・彼女らがポリティカル・コレクトネス(政治的・社会的に公平で、差別や偏見を防ぐ表現や概念)として、これらを「従わなければいけないもの」と見なしているよりも、身体になじんだ考え方や習慣として「当然の行動を取っている」とうかがえるところだ。しかも、ロックダウン解除の直後にオンラインであれ、オフラインであれ、ラグジュアリー商品の購入にすぐさま走ったのは、この世代であったとの報告もある。それゆえに、「この購買の動機が新しい文化をつくりつつある」とも言えるだろう。文化は計画的な設定で形成されるものではなく、「当然と思う傾向」の集積であるからだ。

 

しかし、注意すべきことがある。新しい世代の共通思考パターンは、全世界的なものとして語られがちだが、この新世代の購買は国によって傾向が異なる。新しい意味のラグジュアリーに対する向き合い方が、米国・欧州、中国の2グループでも違うのだ。

 

欧州・米国では、新しいラグジュアリーの新参者を歓迎する一方、ビンテージのセカンドハンド(中古)品にも手を伸ばす。クリエーティブなクラフツマンシップ(匠の技)に基づく商品、新しい意味を見いだすプレミアム商品、こうした物に積極的である。

 

他方、中国では、セカンドハンド市場が盛り上がっていない。また、すでに評価の定まったブランドのエントリーレベルが活性化している。

 

このトレンドを眺めていると、企業としては短期的に中国市場の依存を強めるが(実際にそうした意向を各社が表明している)、中長期的には欧州や米国市場で新しい文化への貢献にシフトする道を探っていくのではないだろうか。

 

 

 

プロデューサーからブロードキャスターへ

 

これまでブランドは「自分語り」の世界であった。演台の上から自社のストーリーを語り、自社のルールを述べる。そうして商品の価値を上げてきた。いわば独演会の「プロデューサー」である。イメージとしては、中心に商品があり、その周りの円にメディア、コンテンツ、展示会、サービス、インスピレーションといった項目が並ぶ。そして、それぞれの項目と中心に位置する商品が一対一の関係になっている。

 

だが、ベイン・アンド・カンパニーが描く次世代ブランドは「ブロードキャスター」だ。中心にあるのは商品ではなく「インタラクション(相互作用)」である。商品も同心円状に位置する項目の1つに過ぎない。関係するリンクも一対一ではなく、それぞれの項目が複数つながり合う形になる。プロデューサー型では円に並ぶ演者は企業が決めたが、ブロードキャスター型では誰もがこの円の演者になれる。オープンプラットフォームなのだ。

 

「耳を澄ませて私の話を聞いてほしい」「私はこう思う」「私はこのように物事を変えたい」と、さまざまな声が入り混じる、ある種、騒がしい世界である。欧州の司令塔から一斉にグローバルに号令を掛けるブランドの姿は、すでに数年前から変化の兆しがあった。オンラインサイトが地域ごとに自由度の高い作り方になっていたのも、その一例である。それがアナーキーな状況を積極的に歓迎する方向に向かうわけだ。一体、その先に何があるのか?

 

ベイン・アンド・カンパニーの描く道筋によれば、ラグジュアリーには4つの段階がある。まず、「憧れやステータスシンボル」を起点とし、次に「私を気持ち良くさせてくれる友人」としてのポジションをブランドが獲得していく。そして、ブランドはコードや言語の役割を果たすようになる。「自分自身を定義付け、他者とのコミュニケーションに役立つもの」となるのだ。この3段階目にまで達しているのが、今の市場である。

 

ベイン・アンド・カンパニーはこれから4段階目があると指摘する。「活動家」としてのブランドである。「私や世界を良くするために助けてくれる」といった位置付けだ。従来のラグジュアリーマネジメントからすると、まったく「らしくない」。

 

1990年半ば以降、常にヒエラルキーの中で新興層がより上にいく、また、「上にいると思われたい」との欲望を刺激することで、マーケットは形成されてきた。だからラグジュアリーは時に「反社会的」でさえあり、文化的な品のなさの象徴として見られてきた。

 

だが、この「らしくない」状態にこれから向かうとベイン・アンド・カンパニーは強調している。ある意味、これは同社が自ら作ってきた道を否定している。しかし、明らかにこの先にある光明を見いだしているに違いない。私もその光明を見ているから、そう思える。

 

2020年に起きたパンデミックは、多くの人々に底の見えない穴をのぞかせた。そして特に、これまでの世界観がまったく通用しなくなることがあると感づいた新しい世代の何割かは、自らが道を切り開いていくしかないとの覚悟を持ち始めているように見える。おそらく、その道を歩む人を応援したいとの気持ちも強くなっているだろう。

 

彼・彼女たちが、見栄や自己顕示欲にまったく無縁であるはずがない。だが、より社会的な面に関心が強いがゆえに、それらの欲が相対的に低く見える、あるいは欲を通す優先順位が下がることはあるかもしれない。その分、自然な振る舞いとして社会的な公正やインクルーシブ(包容・包摂)に目を向ける機会が多くなり、それがだんだんと少数派を脱し、主役になっていく。

 

高い品質や、その文化アイデンティティーに魅せられながらも、ラグジュアリーの世界観を嫌う人は少なくなかった。それが、新しい世代の登場によって変わる。ラグジュアリーの風景が一変するときがそこまで来ている。

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。