これまで、本連載ではイタリアとインドの大学におけるラグジュアリーマネジメントコースの動向について、 プログラム責任者へのインタビューを紹介してきた。今回はコースを受講する学生へのインタビューを紹介したい。
新しいラグジュアリーに挑戦する若手を応援
ラグジュアリーについてアカデミックな研究を行っている大学の教育について、連載第12回目(2020年10月号)では、イタリアのミラノにある名門経済大学、ボッコーニ大学のエグゼクティブ・ラグジュアリー・コース責任者、ガブリエッラ・ロイヤコノ氏に、連載第13回目(2020年11月号)では、SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメントのラグジュアリーコースディレクターであるスミタ・ジェイン氏に話を聞いた。
今回はラグジュアリーを学ぶ学生にインタビューを行い、そこで聞いた経験や意見を紹介したい。話を聞いたのは、先述したボッコーニ大のロイヤコノ氏から紹介してもらったイタリア人学生のジュリア・ラッケンバック氏である。ラッケンバック氏の次の言葉が印象的であった。
「同級生には欧州出身の学生も多く、すでに戦略コンサルタント企業や大手ラグジュアリー企業の現場でラグジュアリービジネスに関わっています。そういった人たちが、あらためてラグジュアリーマネジメントを体系的に学ぼうとこの学校に通っているのです」
ラグジュアリー教育について、「欧州発のラグジュアリー企業の新興国でのマネジャー候補育成」という面のみで捉えていると大きな見間違いをする。その裏が取れた。
彼女のバックグランドも含めてインタビューの内容を紹介していこう。
テキスタイルのテイストと刺繍技術が家業の強み
ラッケンバック氏はイタリアの絹の産地、コモで生まれ育った。家業はラグジュアリー業界に属している。ボッコーニ大学の学部では経営学を学び、修士課程では国際経営コースへ進み、在学中に中国の大学へも留学。卒業後はファッションのエルメネジルド・ゼニアや戦略コンサルタントのアーンスト・アンド・ヤングで経験を積み、家業の会社に入って即、ボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントコースを並行して受講している。
ただ、彼女はテキスタイルの世界に入るに当たり、ラグジュアリーマネジメントへ急に興味を持ったのではない。
「家業の影響もあって、もともとテキスタイルやファッションに関心が高く、学部生の時もラグジュアリーやファッションの授業があれば受けていました。ですから修士を終えて最初にゼニアに入ったのも自然の流れです」(ラッケンバック氏)
現在、ラッケンバック氏が所属している会社(JL Atelier Couture)の本社はスイスにある。JLは彼女のイニシャルなのだそう。同社は、ラッケンバック氏の家族が継承してきたラグジュアリー分野のテキスタイルと刺繍の事業で培ってきた技術などを生かして2007年に設立。本社のあるスイスは販売拠点であり、工場はインドのバンガロールにある。総従業員はおよそ70名だ。
「当社の事業が軌道に乗っている要因は、イタリアのラグジュアリーのテイストと、これまでの産業文化遺産から生まれた高い質感、インドの刺繍が、うまく調和している製品が顧客にうけているからだと考えています。ミラノにはテキスタイルのアーカイブがあるので、そこから多くのヒントを得ています」とラッケンバック氏は話す。
テキスタイル全体のデザインを考える拠点はミラノにある。長くテキスタイルのデザインに関わってきた彼女の母親が、クリエーティブ部門をマネジメントしており、世界中の素材メーカーを調査して、刺繍にベストな供給元を見つけ出し、実際にインドで作業をした試作品をクライアントに提案するのだという。さまざまな種類のテキスタイルだけでなく、皮革などにも対応できる刺繍の技術が同社の強みである。中にはアーティストの作品に刺繍を入れるというプロジェクトもあり、同社のクリエーティブ部門が手腕を発揮しているという。
顧客となるメーカーは衣服だけでなく靴やアクセサリー、インテリアと幅広いが、特にフランスやイタリアのオートクチュールへの提供が一番のプレステージである。
ビジネスの核は既製服メーカーへの供給だ。クライアントから裁断された生地を受け取り、それらに刺繍を施し、アッセンブリー製品としてクライアントに送り返すのが主な事業となっている。