最初に学ぶべきは異文化マネジメント
「若い人たちがラグジュアリー領域に関わるのは、より広い世界に視野を広げる契機になると考えているからですか?」と、私はジェイン氏に尋ねた。彼女はこう答えた。
「そうです。ファッションや食品など、『業界』というビジネス分野のくくりから自由になり、インドという特定地域の文化の縛りからも解放され、さまざまに異なる文化を味わう絶好の契機なのです」
ラグジュアリー領域は業界を横断して価値や意味が前面に出てくるので、総合的な文化の見方を身に付けることが優先される。そうすると、同校と提携しているMIPのアレッサンドロ・ブルン氏(2020年2月号)が本コースを紹介している文(学校紹介のウェブサイトに掲載)の内容に納得がいく。
「第一に国際的なマネジメントに必要な異文化マネジメントの基礎を、第二にラグジュアリー領域への導入とラグジュアリーとは何かを学習する。第三に戦略、マーケティング、会計、組織、サプライチェーン、財務といったマネジメントの基礎を習得する。この三つの項目をムンバイで学んだ後、ミラノでラグジュアリー企業の成功の秘密に触れる。ラグジュアリーの業務プロセスを理解するために役立つツールや方法を学び、これまで勉強した理論の実践的な部分を実務者との議論で深める。そしてイタリア、スイス、フランスの企業を訪問する」
最初にMBA的な経営の基礎を学び、その上にラグジュアリー領域の理論や手法を積み上げていくのではない。もちろん学習プログラム上はそれぞれが並行するのだろうが、異文化理解の仕方が基礎レイヤーにくるようカリキュラムが組まれているのだ。
ここで私はインドのリアリティーを知りながら、日本の過去に思いをはせた。
先述のサンモトヤマは戦後の日本に欧米の高級品を紹介した、東京・銀座に本店をおくセレクトショップだった。2019年に倒産したが、最盛期には常に消費者への「異文化の啓蒙」を意識していただろう。
しかし、それはグッチやエルメスの商品が持つ、欧州の匂いへのマニアックなこだわりだったのではないか。しかも、バッグやアパレルという限られたアイテムに対し、輸入業者の個人的な審美性が発揮されたものだったのではないか。
1950~70年ごろ、個々にラグジュアリーと他称される商品やブランドはあっても、ラグジュアリービジネスと称されるものは存在していなかった。また、グローバリゼーションを語るにはそれから数十年を待つしかなかった。
もちろん、日本の輸入業者は欧州の文化を知る必要があった。ビジネス上の交渉や商品を成立させる背景を知り、伝えるために。しかしながら、それを「文化ビジネス」という概念で捉えることは決してなかったはずだ。
インドのラグジュアリーマネジメント教育を見る際の私の死角は、ここにあった。日本の高度経済成長期のラグジュアリーへの要望を、そのまま現在のインドに重ね合わせると見逃してしまう。インドは英国文化の影響が強く、かつ階級社会であるなど日本と異なることは多い。
だが、本テーマについて言えば、そのような歴史や社会構造の違いもさることながら、グローバリゼーションと広範囲に拡大したラグジュアリー領域が高度経済成長期の国に求められる素養を大きく変えたと言えそうだ。
オンラインで広く学習の機会を提供
オフラインコースの多くの学生は、学部から直接進学するため就業経験がない。彼・彼女らは大きく二つのタイプに分けられる。一つは家業の二代目としてラグジュアリーマネジメントを学ぶタイプであり、二つ目は家業から離れて独立して事業を起こすために学ぶタイプである。いずれにせよ特徴としては事業者の子弟が多い。
この学生たちが、国際的なビジネス経験の第一歩の場としてラグジュアリー産業を選ぶのである。そして、このコースはイタリアの大学制度での修了資格が得られる。
ジェイン氏の理想はやはり、学生たちがインドの大学制度の枠組みでの修了資格を得て、インド文化に基づいた独自のビジネスを生み、それをグローバルな舞台に持ち込める人材を育てることである。しかしながら、学生たちは「国際的な資格と経験」を優先している。ラグジュアリーを通じて異文化マネジメントを学ぶというのは、「独自のものを生むのに必要不可欠な滑走時間」との見方もできるが、この点にジェイン氏はジレンマを抱えている。
他方、オンラインコースはどうか。2020年7月に同校は各コース合計30~60時間の「プレミアム・オンライン学習」というプログラムを開始した。このプログラムは学部生からビジネスパーソンまでを対象としている。コース案内のビデオを見ると、教師がテレビのニュースキャスターのように教壇に立ち、教室の大きな壁一面にはオンラインでつながった学生たちの顔がそれぞれ映し出されている。
サービスの説明文によると「オンラインには“これからの教育”があるが、学生をその気にさせたり、知的興奮をかき立てたりするようにはできていない。多くの聴講者が途中で学ぶことを止めてしまう。しかし、本学のオンライン学習技術を用いれば、生徒は『聞く』のではなく、『する』ことで学べる」と記載がある。
受講者は15分ごとに実践的な課題を教師から出され、3~5名のグループで一緒になって解決方法を検討する。これによって理論と実践を学ぶわけだ。コースは13種類あるが、その一つにジェイン氏が監修している「ラグジュアリーブランドの構築と管理」がある。
このオンラインプログラムでは、すでにラグジュアリー領域で仕事をしている人たちが短い期間で実践的な理論を学べる。時差のさほどない地域ならどこからでも参加可能だ。ムンバイで午後5時半から2時間の授業で、1週当たり5日間の授業を3週間行う。1年間のオフラインプログラムへのオープンキャンパス的機能も果たせる。
そして何よりも、オンラインプログラムを法人向けのオーダーメードプログラムに展開することで、インド企業がインド文化に基づいてグローバルな潜在力のあるラグジュアリービジネスを築くよう、背中を押してくれるに違いない。
オーダーメードプログラムは、世界各地のさまざまな国や地域の企業から依頼可能だ。もちろん、ラグジュアリーマネジメントを教える大学がない日本企業にも同様のことが言える。