前回(2020年10月号)で少し触れたように、ラグジュアリーマネジメントの体系と手法は、欧州文化に基づいた欧州発グローバルブランドだけに適用されるものではない。どこの国でも応用できるはずだ。今回は、インド・ムンバイにある大学でのラグジュアリー領域の教育プログラムを紹介しよう。
インドで学ぶラグジュアリーマネジメント
本連載では、これまで欧州の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育について書いてきた。今回は新興国の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育について書きたい。欧州グローバルブランドの販売ターゲット市場となっている新興国側の視点や実態を把握しておくのは有益だ。
インド人が設立した私立大学「SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント」はオーストラリアのシドニーを本拠地とし、ドバイ、シンガポール、インドのムンバイにもキャンパスを置く経済・経営学を中心にしたビジネススクールである。学生は在学中に複数の国のキャンパスで学ぶことができる。大学の歴史は浅いものの、MBA(経営学修士)の国際的評価が高い。
今回は同大学ラグジュアリーマネジメントコースのディレクターであるスミタ・ジェイン氏にインタビューした。ジェイン氏自身はテキスタイルの貿易ビジネスに携わる父親の元で育ち、シンガポールでファッションを勉強。フランスのパリでMBAを取り、ポルトガルのリスボンでラグジュアリーマネジメントの博士号を取得した。
ジェイン氏によれば、インドの国内市場でラグジュアリーとして評価されるローカル発のブランドや商材は、すでにそれなりにあるそうだ。特にジュエリーや食の分野において顕著だという。ただし、国外にまでは広がっていない。
同大学におけるラグジュアリーマネジメントの学習プログラムは2タイプある。一つはオフラインで行う1年コース。もう一つはオンラインだけの短期コースだ。オンラインコースの期間は3週間で、2020年夏に初めて開講した。
オフラインは1年間の修士コースだ。正式名称は「グローバル・ラグジュアリー商品・サービスマネジメント」で、2016年に開講した。
8カ月間はムンバイで学び、残りの4カ月間をミラノで過ごす。ミラノ工科大学ビジネススクール(以降、MIP)と提携しており、イタリアの大学制度に基づいた資格を得られるようになっている。
ラグジュアリービジネスは世界への視野を広げる
ジェイン氏はラグジュアリーマネジメントのコースについて次のように説明する。
「インド市場は頻繁に繰り返される軋轢に屈してきた。しかし、ラグジュアリーがグローバル化することで、若き大望を抱く人たちにさまざまな機会をもたらした。ラグジュアリーの認知度向上が図られ、極めて大きな成長が市場に生まれた。この市場は、謎解きのような複雑な変化に対応できる、高いスキルを持つよう訓練されたリーダーを必要としている。そのため、私たちはラグジュアリーマネジメントを体系的に学べるコースを開講した。ラグジュアリーに対する私たちのキーワードは『欲求』だ。あらゆる可能性を通じて究極の高みに到達したいという欲求である」
欧州の高級ブランドは、欧州の歴史と文化を他地域よりも権威のあるものとして示すことで市場をつくってきたところがある。文化そのものには上下がないといった「相対主義」の考え方が世界にはありながら、消費者心理は相対主義に完全にはまるわけではない。そのギャップでビジネスが成立する。
1950年代後半、セレクトショップの先駆けである東京・銀座のサンモトヤマがグッチやエルメスをはじめとする輸入品を紹介した。「憧れ文化の象徴」としてだ。ルイ・ヴィトンが1970年代後半に初めて欧州外の日本に店舗を開いたのも同様の背景がある。1990年代以降の金融経済に沸いた米国市場での欧州ブランド人気や、今世紀に入ってからの十数年間における中国人の購買動機も同じである。
だからこそ、前回(2020年10月号)で言及したように、欧州の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育は、現在機能しているものとは異なった姿に変貌せざるを得ないはずだ。もちろん現在も、この文化ギャップにラグジュアリービジネスのリアリティーがあり、人材の需要と供給が成り立っている。だが、新興国にとっては自国文化発のラグジュアリービジネスを構築するために、「準備課程として欧州発ラグジュアリー領域を学ぶ」動機もあるだろう。
このように私は理解してきた。しかし、道筋として大きく間違っているわけではないが、インド人であるジェイン氏にインタビューする中で自分には見えていない死角があったと気が付いた。
ジェイン氏の言葉にほとばしる熱さを感じたのだ。彼女の表現は、「新たな世界を切り開くため、ラグジュアリー産業が一種のツールのような役割を果たす」との期待であるとも読める。