その他 2020.08.19

Vol.11 これからラグジュアリーに求められるもの

私が主催している勉強会がある。「新しいラグジュアリー」を研究することが目的だ。そこでのトピックや考察、ディスカッションを通して気付いたことを今回はお伝えしたい。

 

 

新しい文化をつくる担い手

 

ラグジュアリーの新しい方向を探るため、オンライン勉強会を始めた。日本で注目されている実業家やメディア従事者、あるいは研究者などおよそ10名が参加している。現状を冷静に眺め、先を読む感度に鋭く、自分で論を張れる方々に限定して、私から声を掛けたクローズドな集まりだ。

 

共同主催者としてお願いした服飾史研究家の中野香織氏は、ファッションを中心とするラグジュアリーに造詣が深く、しかも日本のメディアと情報の受け手側の「ラグジュアリー観」をよくご存じだ。私の不得意なところを補っていただいている。

 

2020年7月現在、まだ2回実施しただけだが、議論が白熱したことから十分な手応えを感じている。参加者は、ラグジュアリー領域が気になっていたものの、どうアプローチすれば良いのか分からずもやもやとしていたようだ。そのため、ラグジュアリーに光を当てたことで、思考がそちらに向かって動き始めた。

 

本連載第4回(2020年2月号)で記したように、1990年代半ば、米国における金融経済の盛況や、親と同居する未婚の日本人女性の可処分所得が増加。「確立された欧州有名ブランド」の需要を大きく導き、ラグジュアリー領域という市場のふたを大きく開けた。

 

それと同時に、研究者たちがブランドやマーケティング、経営学の視点からこの市場を分析するようになった。フランス経済商科大学教授のジャン=ノエル・カプフェレ氏は、この分野の第一人者と称されている。その成果はこの分野の研究発展に大きく貢献した。しかし、実際に事業をする人がこの分析結果に頼り過ぎ、分析結果が独り歩きしている傾向もありそうだ。

 

例えば、「選択的販売網」や「制作の伝承性」という現在あるラグジュアリー領域への分析結果が、自社の戦略設定のチェックリストとして使用される。「わが社の事業は、十分にこれらの要件を満たしているのか」と定期的に自社を省みるのには有効であろう。しかし、新しいラグジュアリーを考える際には用いるべきではない。ラグジュアリーは静的ではなく、動的に捉えるべきなのである。

 

そこで、この勉強会を発足させた。2回実施してはっきりと自覚できたのは、「新しい文化をつくっていく担い手としてのラグジュアリーの在り方が問われている」ということだ。

 

 

 

「ラグジュアリー」を使いにくい新聞社

 

勉強会でのトピックをいくつかご紹介しよう。一つ目は、「日本のビジネス環境でラグジュアリーをどう考えるかの議論がほとんど可視化されていない」ということだ。

 

一部の、女性向け高級ファッション誌などで、ファッションオピニオンリーダーなどが「ラグジュアリーはこうあるべき」「私にとってのラグジュアリー」を語る。主観的なラグジュアリー観が悪いのではない。問題は、ここから先がないことだ。ラグジュアリーに対する自らの主導と、客観的な分析の両方を持ち合わせた視点と言葉が用意されていない。つまり、ラグジュアリーがあらゆる角度から検討される土壌がない。

 

したがって、ラグジュアリーを体系的に学ぼうと考えたことがないビジネスパーソンが多い。もっと言えば、体系的に学べる対象になっていることさえ気付いていない。

 

よって、ラグジュアリーマネジメントを教える大学院のコースが欧州各国に多いという事実だけで驚かれる。一方、イタリアの高級ブランド企業を統括しているアルタガンマ財団の事務局長は、日本にそうしたコースがないことに驚いていて、欧州の大学の教授だけでなく、インドの大学でラグジュアリーマネジメントを教える教授からも心底驚かれたことがある。口々に「なぜ、ラグジュアリーを学ぶ必要性を感じないのだ?」と聞いてくる。

 

日本は相変わらず、欧州の高級ブランドの重要な輸出先である(中国や米国に次いで)。一方、日本の企業はブランドを構築するには欧州市場が有効であると考え、欧州市場を狙う。それにもかかわらず、ラグジュアリーを巡る知識やノウハウの交流が互いに極めて少ない。

 

その結果からか、日本の新聞メディア関係者はラグジュアリーという言葉自体が「フワフワしている」という理由で、記事中で使いづらい言葉だとの本音を口にした。特に中年以上の男性記者に好まれないようだ。女性向けファッション誌や高級通販雑誌に使われる「特有の言葉」のように見られている。

 

私はこれを聞いて宝の山がここにあると確信した。「やるべきこと、やれることがたくさんありそうだ」と。

 

二つ目は、参加者のおよそ半数が、19世紀後半に英国で起きたアーツ・アンド・クラフツ運動を主導したウィリアム・モリスに強い関心を持っていることだ。本連載第7回(2020年5月号)において、「社会性の重視」「美へのこだわり」「エコロジーに対する関心」の点から、ラグジュアリーの若い顧客たちの志向は新しい(あるいは参照すべき)モデルとしてモリスに向かうはずだと書いた。

 

この見通しを参加者に話したところ、中年の域にある参加者たちが、個人的趣味としてだけでなく、自らの事業を検討する参考としてモリスに関する書籍をすでに読んでいた。大量生産と大量消費のビジネスが行き詰まっていることを十分に意識した上で、参考にすべき歴史の対象としてモリスを研究していたのである。

 

ごく一部ではあるが、動く人はすでに動き始めている。ただし、彼・彼女らがモリスをラグジュアリー領域の文脈としては見ていなかったことも同時に確認できた。このことが、これまでのラグジュアリーとは違った、新しい路線を築くことを発想しにくい要因になっている。

 

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。