その他 2020.07.31

Vol.10 生産性向上とラグジュアリー戦略

日本の中小企業の課題の一つに挙がる「生産性の低さ」。 この課題を解決するヒントとして、ラグジュアリーやイタリアの高級ブランドのビジネスの仕方について紹介したい。

 

 

高品質・低価格の戦略を見直す

 

日本企業の「生産性の低さ」はこれまでも問題視されてきたが、コロナ禍でさらに浮き彫りになった。

 

この問題について、かつて日本の金融不良債権問題を的確に指摘した元ゴールドマン・サックスの英国人エコノミストであるデービッド・アトキンソン氏は、東洋経済オンライン(2020年5月14日、東洋経済新報社)において次のように記している。

 

「私が予測するのは、多くの人が『低価格で商品やサービスを提供することが、社会的善だ』という日本の常識が『妄想』にすぎなかったことを、ハッキリと認識するだろうということです」

 

数多くの低価格商品をそれまで手に届かなかった人にも届けることを「民主化」とし、使命感を持ってビジネスにするのは良いことである。だが、それを維持するには、グローバルにサプライチェーンを築ける企業規模がないと厳しい。これは多くの中小企業にとって勝負するのが難しい領域だ。

 

また、アトキンソン氏は「当然ですが、高品質・低価格の戦略を実行している企業の生産性は低くなります。企業の生産性は『付加価値総額÷従業員数』と計算されるからです。付加価値総額は、大雑把に言うと売り上げから外部に払うコストを差し引いた金額なので、どうしても売り上げ、すなわち単価が影響します」とも記している。

 

極論ではあるが、日本の中小企業の生産性の低さは、価格の低さに起因していると言える。価格の低さ故に、管理費の効率化を図るため、システムをデジタル化することすらかなわないと想像できる。

 

一方、新型コロナウイルスの感染拡大によって、不透明あるいは長すぎるサプライチェーンに依存するのはリスクが高い、と多くのビジネスパーソンが気付いた。今後は「多少、原価が変動しても吸収できるくらいの高価格設定」をテーマに戦略を練ることになるだろう。

 

本連載で繰り返し述べてきたように、単に高額であるだけがラグジュアリー商品の条件ではない。しかしながら、アトキンソン氏の指摘にあるように、今後は、高価格を視野に入れる必要があることを考慮すると、ラグジュアリーの世界を知る有益性は増すことになる。

 

 

高級ブランドをサポートする組織

 

イタリアにアルタガンマという財団がある。1992年に設立され、高級ブランド企業などが集まるミラノを拠点としてイタリアのラグジュアリーブランドを統括する団体である。その目的は「イタリアの文化的クリエーティブ産業に属する企業の成長と競争力に貢献する」ことだ。

 

110の企業や機関の会員からなるが、その分野はファッション、インテリア、宝飾、食、レジャーなど多岐にわたる。自動車ならフェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ。クルーザーヨットのメーカー。ワインやコーヒーのメーカーも存在感がある。

 

同財団の重要な活動の一つがリサーチである。グローバルレベルの戦略コンサルティング会社と連携して、毎年八つの調査を実施している。消費動向、消費者プロフィール、デジタル、小売りなどをテーマに調査結果をまとめ、内容の一部を公表する。この活動によってアルタガンマ自体のブランドがつくられている側面もある。今回は同財団の事務局長、ステファニア・ラッツォリーニ氏へのインタビューを紹介しよう。

 

まず、ラグジュアリー領域をどう位置付けているのだろうか。

 

「欧州企業は、世界のラグジュアリー市場の70%以上、また、輸出金額でもEUの1割を占めている。欧州の大きな財産になっているが、ただ単に経済面での重要性だけでなく、『私たちが欧州の文化を代表する一員である』との意識が強い。特にフランスとイタリアは、自分たちがリーダーだという認識を持っている」(ラッツォリーニ氏)

 

EUはラグジュアリー分野のバックアップをしており、カテゴリーの名称は「文化とクリエーティブ産業」である。つまり、ラグジュアリーは欧州文化をルーツとする産業なのだ。欧州委員会へのロビー活動はフランス、ドイツ、スペイン、英国など、各国にあるアルタガンマのような団体と行ってきたが、英国がEUを離れることになった今、フランスとイタリアが圧倒的な存在感を放つ。

 

各国に共通している課題は何だろうか?

 

「かつて確立した地位に、安住していける状況ではない。常に流動的であることを念頭に置いている。新しい世代が求めることは従来と異なり、市場の3割以上を占める中国人の評価は外せず、デジタル化による影響は隅々にまで及ぶ。ファストファッションとラグジュアリーファッションをミックスして自己表現する人たちの台頭は、その一例と言える」(ラッツォリーニ氏)

 

 

コルベール委員会とアルタガンマの違い

 

アルタガンマのパートナーに、フランスのコルベール委員会という組織がある。1954年の設立で、欧州において一番古い歴史を持つ。同委員会とアルタガンマの相違点は何だろうか?

 

「フランスのラグジュアリー産業は、LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)とケリングというコングロマリットが掌握している。そのため、あらゆることが組織化されており、社内人材も充実している。だから、企業の自律性が高い。それだけでなく、ラグジュアリー領域をバックアップする政府の文化予算も大きい。

 

他方、イタリアには規模の小さな企業が多く、ことにワイナリーやホテルといった会員から戦略アドバイスを求められることが珍しくない。そのため、アルタガンマはすでに18年にわたって、毎年、米国の戦略コンサルタント企業であるベイン&カンパニーに市場動向を報告してもらい、ボストン・コンサルティング・グループには富裕層の意識の変化を調べてもらっている。

 

イタリア企業の強みは、手仕事のレベルの高さと人のネットワークの活用がうまいところである。この流動的な時代に合っていると思う」(ラッツォリーニ氏)

 

コルベール委員会より、アルタガンマの方が企業間のコーディネート力を求められ、その結果、市場データや戦略ノウハウの「民主化」が図られているとも言えよう。

 

この差異には規模の問題だけでなく、国民性や文化の差が出ているように思う。

 

フランスには断トツの力を持つ都市・パリを中心とした中央集権的な文化があるのに対し、イタリアはローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノなどに文化拠点が分散している。したがって、フランスのようなコングロマリットを形成しようとの発想に乏しく、多様性の追求が進みやすい。だからこそ、イタリアではゼロからラグジュアリーでトップを狙おうとする機運も生まれる。それ故に、日本の中小企業にとっては、フランスの高級ブランドよりも、イタリアの高級ブランドのビジネスの仕方が参考になると私は考えている。

 

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。