サプライチェーンの見直しが必要
先述したラグジュアリーの条件であるオーセンティシティーは、具体的に言うと「どこの誰が作ったのか」が明確になっているということだ。農産品であれば食の安全のために必要な情報である。工芸品であれば職人の技量が品質を保証する。これらが不透明ではラグジュアリーと言い難いが、「ラグジュアリーに準ずるプレミアム」という位置で、実は不透明で長いサプライチェーンに依存してきた部分は多々ある。これが今回、各国の封鎖政策で物流が分断され、サプライチェーンが成立しづらくなってきた。
あらゆる業界がこのトラブルに直面したため、現在、生産拠点の見直しに各社必死である。自動車部品の一部を中国の工場に頼っているため、自動車の組み立てができないとのエピソードをニュースで聞かれた方も多いだろう。また、少なくない国で、マスクや防護服、呼吸器などの医療器具を自国内で十分に確保できないことが社会的脆弱さとして認識された。
「グローバリゼーションとは原産国を見えなくすることだ」という表現が、十数年くらい前に使われたが、まさにそれが衛生上の惨事の中で問題点として露呈したわけである。
この文脈でラグジュアリー領域企業が、オーセンティシティーの観点からサプライチェーンの可視化と短縮化を図ろうとするのは極めてまっとうな戦略である。もちろん長距離の製品移動で生じる温室効果ガス排出を削減するサステナビリティーの目標にも合致する。
この戦略を長い間とってきたのが、高級ファッションメーカーのブルネッロ・クチネッリである。年商およそ600億円でフランスのエルメスと同等と位置付けられている同社は、イタリア中部のウンブリア州に本社を構える。販売地域はグローバルに広がるが、生産地域は狭い。本社から100km圏内、すなわち自動車で1、2時間以内に着くところに協力工場が集中している。
地域の中で生産することによりオーセンティシティーを維持する、近隣の経済を盛り上げることに意義を見いだす、高い品質を維持するために頻繁なコミュニケーションを図れることが必要など、さまざまな理由が挙げられる。これらと並んで、緊急事態における抵抗力やその後の回復力に有効であることが浮き彫りにされた。
「エクセレントセンター」としての産業クラスター
これまで述べてきたように、ラグジュアリーが本来持っていた方針が市場の「肥大化」とともにあらぬ方向へ進んでしまったことに、今回の惨事が反省をもたらしている。
一方、「ラグジュアリー領域の企業は社会的責任を果たすべき」と若い消費者が期待している(本誌2020年4月号参照)中にあって、今回、それらの企業は期待に応えているだろうか。2019年4月の仏・パリのノートルダム大寺院火災時に高級ブランドグループが一斉に寄付を申し出た件は、本連載の3回目(2020年1月号)に記したので、この2カ月ほどのラグジュアリーの動きを拾っておこう。活動は大きく二つに分類される。
①寄付
寄付先はWHO(世界保健機関)の基金や赤十字社、病院など。用途は病院のリノベーション、ベッドの増床、集中治療室の設備充実、医療従事者や感染で亡くなった方の家族への給付など。
②新しい生産活動
消毒液、マスク、医療用ガウン、防護服、人工呼吸器の部品などの生産。
基本的には②の活動の企業も①をカバーしている。よって①に加えて②も実行しているかどうかである。
サルヴァトーレ・フェラガモは赤十字社と組み、本社のあるフィレンツェの病院の改修とトスカーナ州の保健行政のバックアップを行い、ダイヤモンド卸のデビアスグループは採掘地であるアフリカのボツワナやナミビアなどに寄付をすることで、両国の医療体制や食の確保をサポートしている。他方、エルメスは公立病院への財政支援に加え、消毒液やマスクを生産して関係諸機関に無償で提供している。
バーバリー、マイケル・コース、ヴェルサーチェ、シャネル、ケリング、グッチ、LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)、モンクレール、プラダ、そして冒頭で紹介したジョルジオ・アルマーニもこうした貢献をしている。名前を全て挙げると切りがない。マスクなどを中国から大量に購入して配るパターンもあるが、それも自社で生産開始するまでのつなぎだったとの読みが良さそうである。
これら一連のことから言えるのは、ラグジュアリーと認知される(あるいは自任する)企業は、社会的な責任を果たすという意味でのリーダーシップを発揮し、感染者や医療従事者に対し寄り添う姿勢を強調している。「業績の落ち込みがいかに激しくても、自社が社会に示す態度はこれである」とはっきりと見せている。
ラグジュアリーであるかどうかの「第1次ストレステスト」を通過する企業が、中期的にどのような行動を取っていくのか。それが「第2次ストレステスト」になるだろう。