前回(2020年2月号)書いたように、ラグジュアリーに関する修士課程のコースが欧州でスタートしたのはおよそ20年前のことである。ラグジュアリーを学ぶとは具体的に何を学ぶのか。どのような科目があり、どのような研修があるのだろうか。いくつかの国の事例から日本の現状について考えたい。
ラグジュアリービジネスを担う人材の育成
ラグジュアリーの研究が始まったのは1998年にスペイン人であるホセ・ルイス・ヌエノの『マスマーケティングのラグジュアリー』という論文が発表されたころだ。この分野について修士課程のコースを設けたのは、およそ20年前――。フランスやイタリアの大学であった。
当然のことながら、ラグジュアリーに関するコースは基礎領域ではなく応用領域の性格があり、コースは学術的に深める目的よりも、実際のビジネス人材の育成が目的とされている。
インターネットで検索する限り、日本では早稲田大学に寄付講座があるようだ(2020年1月現在。2020年度以降の実施は未確認)。だが、その他の大学でラグジュアリーを学ぶコースは見当たらない(ここでは単発の講義、研修などは除く)。この事実からすると、日本でラグジュアリーがアカデミックな研究対象としてあまり認知されていないのは明らかだ。
一方、日本の外に目を向けると、いくつかの現象に気が付く。欧州の大学にラグジュアリーコースが多いのは言うまでもなく、特にフランスは突出しているが、ファッション産業を学ぶこととラグジュアリーを学ぶことの両方をカバーしている大学が少なくない。つまり、ラグジュアリーをファッション産業の枠内で見ている。これは経営系よりも、人文・デザイン系の大学にある傾向とみえる。
もう一つは、こうした欧州の大学がビジネスを拡大して、中近東・インド・シンガポール・中国などの大学と提携していることだ。いわゆる新興国市場におけるラグジュアリー人材の育成が要望されているわけである。それぞれの国のキャンパスで教育を行い、研修旅行で欧州を訪れる。
こうした全体の動向からすると、日本はラグジュアリービジネスの人材が十分なのか、あるいはラグジュアリービジネス自体を視野に入れていないので、育成に目が向いていないのか、との疑問が出てくる。
もちろん、ビジネス界がラグジュアリービジネスに関心がないわけはないだろう。ただ、自分たちが体系的に学ぶべき対象と思っていないのではないだろうか。その疑問を起点に、人材育成の中身を見ていきたい。
ボッコーニ大学のコース内容
コースを履修するのは、すでにそれなりの実務経験を積んでいる人たちが対象となっている傾向が見られる。例として、ミラノにある経営学の名門・ボッコーニ大学のエグゼクティブ・ラグジュアリー・マスターコース履修者の平均年齢と平均職業経験年数を見ると、その特徴がよく分かる。フルタイムのMBAの学生の平均年齢が29歳で、平均職業経験年数は5.5年。一方、パートタイムのラグジュアリーのコースは37歳で13年の職業経験を積んでいる学生である。
また、同大学にはフルタイムの「ファッション・経験・デザインのマネジメント」を学ぶコースもある。職業経験平均年数が2.7年であることから、業務上必要に迫られての学びではなく、ファッションやその近隣の領域で仕事を見つけるために就学すると考えられる。ラグジュアリーマネジメントコースとの差異が、ここでも見える。
なお、フランスのESSEC経済商科大学院大学と提携しており、同校に関係のあるパリ、ドバイ、シンガポール、ムンバイの各都市のキャンパスも使う。いくつかのモジュール(授業科目群)があるが、一つのケースでは前頁【図表1】のような内容になっている。
なお、講義(2019~2020年のプログラム)は、教室で実際に対面して行うものと、オンラインのものとの組み合わせである。
各モジュールが短期間なことから、なかなかタフなスケジュールであると想像できる。毎月都市を変えて1週間、集中的に学んでいく。マーケティングの基本的な項目を網羅しており、項目自体に目新しさはない。しかし、それらがラグジュアリービジネスにおいてどうなのか?これにフォーカスを当てることに意味があるだろう。
各モジュールで小売りの現場などが重視される傾向にあるのは、あえて足を踏み入れないと実感しにくい部分がラグジュアリー市場には多いからだろう。物を買い求めるにも、経験で左右されるのがこの世界だ。
【図表1】ボッコーニ大学のモジュール例