その他 2019.12.27

Vol.3 ラグジュアリーに求められる高い精神性

「並外れた人々の普通な物」であった「ラグジュアリー」を起点として、「普通の人々の並外れた物」として、「ラグジュアリーブランド」という領域が成立している。この構造を象徴するいびつな事件を紹介するとともに、ラグジュアリーに求められる精神性について考察を深めたい。

 

 

ドルチェ&ガッバーナの騒動

 

2018年11月、イタリアのドルチェ&ガッバーナ(以降、D&G)によるトラブルが起こった。

 

中国・上海で開催を予定していた同社のファッションショーの広告動画が中国文化を侮辱するものだと物議を醸し、出演予定だった多くの中国人モデルがボイコット。同社と、同社のデザイナー、ステファノ・ガッバーナ氏のインスタグラムが炎上し、ショー自体が中止となった。詳細は割愛するが、批判が集まった動画は中国人モデルが箸を不適切に使ってピザやパスタの食べ方を教えるという内容だ。同社はすぐさま動画を削除したが、世界中に騒ぎが広まった。

 

ブランドの評価を専門とする英ブランドファイナンス社イタリア支社のマッシモ・ピッツォ氏は、「2018年1月の同社イメージは9億3700万米ドルだったが、2019年1月は8億1500万米ドルとなったので、このスキャンダルによって13%のマイナスだったと私たちは算出している」と語る。

 

同社独自の計算によれば、フェラーリやヴェルサーチェなどラグジュアリーのカテゴリーに入る企業の場合、企業価値に占めるブランドイメージ価値は40%強だとしている。対して、日産自動車やベネトンは十数パーセントだそうだ。

 

その差、二十数パーセントのところで、どう勝負するか。あるいは、この割合をどう上昇させるか。これがラグジュアリーを考える際の鍵になるわけだ。その「謎の部分」が、特に欧州ブランド神話を構成している。

 

欧州に栄光の歴史と文化があることは確かだが、そのおごりをもろに出してしまったのがD&Gだったのである。この事態は、特に評価されやすい欧州以外の市場において、反感を買うような脇の甘いことをしたという次元の話ではない。ラグジュアリーたるもの、精神的な高みが基礎にあるべきとの期待を裏切った行為なのである。

 

 

ラグジュアリーとラグジュアリーブランドのビジネスモデル

 

まず、ここでラグジュアリーについてのベースを書いておこう。ラグジュアリーに関する正解の定義など、誰も打ち出していない。もともとラグジュアリーは、数少ない高価で手作りのものを指し、それこそ王族や貴族の一部でしか手にすることができなかった。世界中の古代の歴史にもある事実である。

 

この性質が、市民革命や産業革命の19世紀の欧州に生まれた新興ブルジュアによって、新しい生活水準を示すために援用されてきた。1世紀以上が経過したいま、多くの人がラグジュアリーブランドだと認識するフランスのブランドが、この流れに入る。ルイ・ヴィトン、エルメスなどがその例として挙げられるだろう(ラグジュアリーブランドの象徴として引用されることが多いシャネルの香水「5番」は第1次世界大戦後に生まれたので、このグループとは性格が異なる)。

 

しかしながら、19世紀の段階でそう称されたわけではなく、20世紀後半に入ってからのカテゴリーである。ルイ・ヴィトンが第2次大戦中に失った海外市場へ再度進出をスタートさせたのは1978年であり、LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は1987年の創立である。

 

ここで、ラグジュアリーとラグジュアリーブランドという二つの表現が出てきたが、フランス経済商科大学においてラグジュアリーを研究するジャン=ノエル・カプフェレ氏が、自身の著書でビジネスモデルとしてのラグジュアリーを説明している。

 

「ラグジュアリーとは、価値と量を対比させるならば価値を優先し、価格政策は常に上昇。希少性に意味がある。コスト削減には配慮しないから、人件費の安い国に生産地を移すこともない。ディスカウントしてセールで売ることもしないし、マーケティング分析も基本的には行わない。古くから伝わる技術や材質に敬意を持ち、手作りであることを重視し、製品そのものに集中するのである。また小売りは直営店のみに限定し、購入者を選別する」

 

一方、ラグジュアリーブランド(カプフェレ氏はファッションと呼んでいる)は、次の性格を持つという。

 

「価値と量を対比させた場合、両方を選ぶ。価値が良ければ、量も増やすという柔軟な姿勢をとる。よって、価格政策には上昇と下落の二方向がある。希少性は『限定版』といった形でスポットとして出す。スピードが重んじられ、いま売れることが大切だ。ラグジュアリーがタイミングを問わないのと反対である。コスト意識が強いので国外生産移転は当然であり、割引を実施し、ライセンスビジネスにも手を出す。ラグジュアリーは自らが作った製品に意味を持つが、ラグジュアリーブランドはブランドそのものに価値を置く。そのために、マーケティング戦略に重きが置かれ、小売りも直営店に限らない幅広い店舗に広がる」

 

つまり、ラグジュアリーブランドとは、ラグジュアリーの「変形」である。これによって、「選別されない人たち」もラグジュアリーのテイストを身近に感じることができるのだ。

 

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。