その他 2017.11.30

Vol.27 イノベーションとは何か:三星刃物

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これまでになかったナイフ

商品にイノベーション(改革)をもたらすには、何が必要なのか。難しい話ですね。

地方の中堅・中小企業が立派な研究部門を抱えるのは、まず現実的ではないでしょう。ということは、未来からやってくるような革新的な技術をものにするのは、至難の業と言っていい。ならば、地方企業がイノベーションを起こすことは不可能なのか。

もちろんそんなことはありません。私が2017年、心底うなった商品があります。今回はそれを例にとりながら、話を進めていきましょう。

岐阜県の関といえば、刃物の町として有名です。この地の刃物産業で売上高ベスト3に入っている三星刃物が、2017年7月、なんとも痛快な新商品を出しました。

『和NAGOMI』という同社の自社ブランドシリーズの新ラインアップである、チーズナイフです。

「なんだ、ただのチーズナイフか」と思われるかもしれませんが、私はこの商品のうたい文句に驚かされました。

「硬いチーズも軟らかいチーズも、この1本で切れてしまう」というのです。普通は無理です。チーズを扱うプロは、チーズの硬軟に合うように、複数のナイフを使い分けるのが常識ですから。

硬いチーズがスパッと切れるナイフを軟らかなチーズに使おうとすれば、中身がひしゃげて飛び出しがちです。その逆もしかり。

ですから、このうたい文句、にわかには信じられなかったのです。

値段は税込み8640円。チーズナイフとしては高価ですが、それでも、べらぼうに値が張るというほどではない。実際に購入してみました。

試してみるために、東京都内のチーズ専門店を訪れました。「この店で一番硬い商品と、一番軟らかい商品をください」と頼んで、チーズを購入しました。

さあ、どうだったか。

いや、硬いのも軟らかいのも、もうあっけないほど、すんなり切れました。「なんだこれは」という感じ。

うたい文句通りだった上、美点はまだありました。なんとこのチーズナイフ、既存の商品と違って、刃先に穴が開いていないので、チーズが刃にまとわり付きにくい。

そして、ナイフの姿形がきれいです。ハンドル部は段差がなくて、滑らかに磨き込まれている。それと、もう1つ。卓上で自立します。チーズナイフはダイニングテーブル上で使うものだけに、こうした点はどれもありがたい。

これぞ、まさにイノベーションそのものだと、私には思えました。

 

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OEMでの苦渋

ここで、三星刃物がこんなナイフを開発するまでの経緯を整理しておきたいと思います。社長の渡邉隆久氏に聞きました。

同社は長らく、輸出向けのOEMが事業の主流であり、現在でも売上高の8割はOEM部門が占めているそうです。

2010年ごろに、渡邉氏は1つの決断をします。ただのOEMでは先が見通せない。ならば「提案型のOEMに乗り出そう」としました。世界最大級の小売りチェーンであるウォルマート(米国)に働き掛けたところ、いきなり1億円クラスの取引が成就。社内は沸き立ちました。

ところがその後、三星刃物側が、わずかな値上げを打診したところ、一発で取引を切られてしまったそうです。これがOEMの怖いところ。価格決定権はあくまで発注側が握っているわけです。

それから間もないころでした。渡邉氏のもとに、別の米国企業から大型案件が持ち込まれます。やはりOEMの話。渡邉社長は、3Dの設計図を起こし、詳細な仕様を提案します。ところが、その設計図を相手に渡した途端、なしのつぶて
状態になりました。焦れた渡邉氏が米国に連絡を取ったところ、相手は「ああ、この案件は中国のメーカーに発注することにしました」とひとこと言われやりとりが終わったそうです。つまり、設計図だけ取られてしまったということでした。

 

 

未来のための道

三星刃物は前述のようにOEM主体のメーカーです。渡邉氏にすれば、自社ブランドの立ち上げに対して、当初、抵抗感があったといいます。「在庫を抱えなければならないし、そもそも、どうやって販路を開拓すればいいのかも分かりませんでしたから」

それでも、OEMで続けて苦汁を飲まされた経験はあまりに強烈であり、自社ブランドの構築に取り掛かりました。「『そこしか未来への道はない』と覚悟を決めた」と話します。

2012年、まず手掛けた商品は「モノマネでしたね」と渡邉氏は正直に語りました。業界内で売れている商品のデザインをまねて、いかにも外国人が好みそうなハンドルを付けて……。そういった商品はそれなりに売れたそうですが、渡邉氏には恥ずかしさがありました。

「『他社の商品と何が違うの?』と問われる場面で、胸を張って答えられないんですよ」

そこから試行錯誤は続きました。ハンドルのカーブを美しく、刃の部分にはオリジナルの要素を盛り込んで、という具合です。

2015年、現在の和NAGOMIの第1号が完成しました。

渡邉氏は、独フランクフルトの展示会に、商品を持ち込みます。ブースに立ち寄ったドイツ人からこういう言葉を投げ掛けられたそうです。

「これ、格好よくて、まるでBMWのようだね」と。

「でも、それは褒め言葉では決してないんです」と渡邉氏は振り返ります。「要するに、日本らしさが必要だという意味なんですね」

ここから再び奮闘が始まりました。ブームのデザインを追わず、三星刃物らしさを打ち出そうと。

そこからの展開は急でした。出来上がった新商品を、フランスでミシュランの星を獲得している日本人シェフに送りました。知人でも何でもなく、まさに飛び込みでの接触だったそうです。

シェフからの返事は……絶賛でした。「派手ではないが日本の凜とした良さがある。応援する」と。

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関には「町全体で刃 物をつくる」文化が根付いているという。部品が収められた「通い箱」が、関の町工場を巡り、それぞれの工程を経て、最後に完成品メーカーに戻ってくる。そして、完成品メーカーが組み立て、仕上げに入る

 

 

誇りの持てる「5%」

和NAGOMIは、日本での展示会でもじわじわと評価され始め、「次はチーズナイフに挑もう」ということになりました。

渡邉氏は、今度は東京都内にいるフランス人のチーズソムリエのもとを訪ねます。今回も、飛び込みでした。その場で、チーズソムリエがふと漏らした言葉が、「1本でみんな切れるというナイフ、ないんだ……」でした。

「ないんだったら、作る意義があるな」と渡邉氏は決意。勝算はなかったといいますが、挑み始めます。すでに販売していたケーキナイフを基に、刃渡りの長さ、刃の付け方、刃の薄さのバリエーションを変え、複数試作しました。

その結果、「刃の薄さは2mm、両刃にすれば、1本でどんなチーズも切れる」ことが判明。ここまで1年間は優にかかったといいます。

さて、このチーズナイフ、未来からやってきたような技術は投入されているのでしょうか。

「いえ、全て、これまでにあった技術ですね」と渡邉氏。

つまりはこういうことです。この驚くべきチーズナイフを完成させられた源泉はまず、作ろうと決意したこと、それ自体にある。もう1つは、気後れすることなくプロのアドバイスをもらおうと動いたこと。

やはり、イノベーションは、今そこにあるものを使っても成し得るという話だと思います。

和NAGOMIシリーズの売り上げは、6000万円程度です。三星刃物全体から見れば、総売り上げの5%にも満たないそう。

「でも、この5%は未来につながる5%であり、誇りの持てる5%です」と渡邉氏は強調します。

社内では当初、自社ブランドの立ち上げを訝しがる声もあったそうです。OEMであれば一発で1億円の受注。それが自社ブランドの場合、百貨店の催事場に社長が朝から晩まで立ち続けて「『結局いくら売れたんですか?』と社員からも笑われるほどです」(渡邉氏)

それでも、この「5%」が三星刃物にもたらす効果は極めて大きい、と私も感じますね。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。