あと2年に迫る
ラグビーワールドカップ(以降、W杯)の日本開催まであと2年です。2019年の9月に開幕し、全国12都市で戦いが繰り広げられる予定。日本代表チームも出場します。
日本のラグビー界にとって、これはとても大きな話であるのはもちろん、それぞれの開催都市にしても重要なプロジェクトです。
開催都市の1つである東大阪市は、国内ラグビーの聖地とも称される花園ラグビー場を有する地。今回は、W杯まで2年を切った段階で、この東大阪を舞台に立ち上がった事業についてご紹介しましょう。
その事業とは「RE:MEMBERプロジェクト」。この名称、すでに別のところで耳にされた方もいらっしゃるかと思います。
チケットぴあで知られる、あの「ぴあ」が声掛け役となり、これまでにいくつもの案件を実現している「廃材再生プロジェクト」なんです。歴史を刻んできた建造物を解体する際に生まれる廃材を、商品として再生し、メモリアルグッズとして販売するという事業。これまでの事例には、旧国立競技場、横浜アリーナ、そしてホテルオークラ東京の旧本館などがあります。
いずれも、その取り組みが話題となり、反響を呼んでいます。ファンにとっては、思い出深い施設の備品を、自分のものにできるわけですからね。
そして今回、ぴあが注目したのが、花園ラグビー場だったわけです。ラグビーW杯に向け、このラグビー場は大幅改修に入りました。スタンドの観客席を張り替えたり、ロッカールームに手を入れたりしますから、当然、たくさんの廃材が出ます。しかも、ラグビーの名勝負を刻んできた大舞台。多くのラグビー好きにとって、廃材をもとに作られる再生商品が販売されるとなれば、気持ちが揺さぶられることは間違いありません。
官民連携の事業
ぴあがまず声を掛けたのは、花園ラグビー場を現在所有する東大阪市です。ぴあ側からの提案を市は快諾しました。
この話を受けて東大阪市は、2017年6月、東大阪ツーリズム振興機構に廃材を譲渡しました。市が直接プロジェクトに関わるよりも、同振興機構が進める方が「民間のスピード感で可能になる」(東大阪市・野田義和市長)という判断だったようです。つまり、プロジェクトの主催は、同振興機構となります。
そして、市役所の一部署である花園ラグビーワールドカップ2019推進室も、このプロジェクトを支える立場として加わりました。
実際の商品企画から製作に関しては、東大阪にあるいくつかの町工場が担いました。東大阪はモノづくりの町として、その実力を全国にとどろかせる地域です。ラグビーの町であり、モノづくりの町である東大阪の存在をさらに広く知らしめる意味でも、このプロジェクトは有効と考えられます。
その効果をより強いものにするため、ぴあのウェブサイトで商品を販売するに当たっては、一つ一つの商品に製作を担った地元企業の名を冠することにしました。一般には名が通っていないにせよ、「地元の町工場が頑張った」ことを知らしめるには、確かに有効な手立てですね。
こう見ていくと、花園ラグビー場を巡る今回の「RE:MEMBERプロジェクト」は、過去の事例にもまして、地域おこしの側面が非常に強いといえます。
地方行政と民間企業(ノウハウを有するぴあ、そして東大阪のモノづくりを支える地元企業)が協業するという意味でも、注目に値するプロジェクトであると感じます。
今回のプロジェクトは2017年に入って大きく動き始め、8月5日から、地元4社の手になる10商品が「第1弾」として、ぴあのウェブサイトを通して注文を受け付けています(9月30日が締め切りでしたが、状況によっては受け付けの延長も検討中とのことです)。
廃材から生み出された、具体的な商品を見ていくと、観客席にあったシートの座面を使った時計や、木や金属のフレームを用いたスツール。また、座席プレートは、キーケースや名刺入れのワンポイントとしてあしらう、といったアイデアを形にしました。
時計は1万7500円、木製スツールは3万2400円、キーケースは9200円、名刺入れは8700円です(いずれも税込み)。なにせ商品の数量は限られていますし、少量生産だけに値段もそれ相応にします。
時間がない
ここまでの事業遂行プロセスを、取材を通して振り返っていきたいと思います。こうした官民連携事業の場合、立場が異なる組織や事業者が数々加わりますから、得てして何らかの齟齬が生じがちです。
今回の場合、どこに難所があり、どこに課題を残しているのか。
最初の問題は「とにかく時間がなかったことだった」と、地元企業の経営者は言います。
地元町工場がこの話をまず受けたのは、2017年2月の段階だったそうです。そこから、町工場の仲間を集め、5月に会議を実施。そこにはおよそ30社が集まりました。さらに具体的な構想を、ぴあ側から説明されたのが5月下旬。ここには20社ほどが参加。7月19日までに試作品を完成させるという、かなりタイトなスケジュールでした。最終的に、今回は地元4社の提案が採用され、8月5日からの受注開始に間に合わせた格好です。
こんな厳しい行程でも受けて立った企業があったのはなぜでしょうか。ある経営者はこう話してくれました。
「今後の仕事に必ず返ってくると考えたからです」
たった100点程度の製作であっても、そこから得られる教訓はあるはずだと判断したそうです。「大量に作って安く売る」のは中小企業にはそぐわない。少量生産で、値段が高い商品であっても、そこにニーズがあれば商売は成り立つ。それを身をもって学ぶ好機と捉えたのですね。
また、ある別の経営者は「東大阪のモノづくり企業は、実は『商品の最終系を自ら発想して作る』のが苦手だったりします。それを打破したかった」
取引先企業からの厳しい注文に応えることは得意でも、自社で企画段階から練っていくのは不得手だということなんですね。そこを打ち破るチャンスという話。
では、浮き彫りになった課題は何だったのか。
実は、8月5日からの販売初動が芳しくないのです。関係者によると、各地の公共施設を扱った過去の「RE:MEMBERプロジェクト」に比べて、明らかに低調とか。
ラグビー人気がさほどでもないから?花園の知名度の問題?そのいずれでもなく、PR不足が原因でした。過去の事例では、自治体なり関連団体なりが相当に頑張ってPRに努め、それが功を奏して反響を呼んでいました。今回の東大阪ではそうした動きが極めて乏しい。
「ラグビーファンに情報を届け切れていなかった」(野田市長)、「組織的にPRする動きを成せなかった」(東大阪ツーリズム振興機構)、「ラグビー協会などへの働き掛けが遅れた」(市の花園ラグビーワールドカップ2019推進室)。
「次」こそ問われる
花園ラグビー場の知名度、そして、ぴあの販売実績に関係各所が油断してしまい、その結果PRに邁進する態勢を取れなかったのでは、と私は見ています。
市の担当者は「(巻き返しには)連携こそが肝心」と話します。その通りですね。それぞれの持ち場がしっかりと事を成し、相乗効果を生めるかどうか。これ、地域の官民連携プロジェクトの成否を分ける、本当に大きな部分です。
では、商品を作る地元企業は?
「花園ラグビー場の改修は今後も続き、そこで新たな廃材が出るため、2018年には第2弾の商品を企画・販売する話が進んでいます。その時こそ、東大阪のものづくりの底力が問われると感じています。今から策を練らないと……」
ここからが、今回の官民連携プロジェクトを意義あるものにできるかどうか、踏ん張りどころです。