その他 2017.08.31

Vol.24 ここに来てもらう:亀屋革具店

 

 

足元にある宝

地方発の商品や取り組みを研究するため、日々、さまざまな地方を巡っています。この1カ月でいえば、地方紙(新聞)の活性化をどう成すべきかという勉強会で話をしたり、地元に根差した経営者が集まる会で講義をしたり、地方の商店街の皆さんと議論したり、といった具合です。

中でも強く印象に残っているのが、福井県の小浜市で催されたイベントです。北陸新幹線の延伸ルートが決定し、若狭湾に面した小浜市に、遠くない将来、新幹線が走ることとなりました。さあ、今から何をするべきか。小浜市長や、地元財界の人たちと話を交わす場に登壇したのです。

そのイベントの前と後、私は小浜の町を歩いてみました。改めて感じましたね。地方の町の足元には、まだまだ宝物が眠っています。地域活性化の基本は「この町に来てもらうこと」、これに尽きるのではないかとも感じました。

ネット通販から地元発ヒット商品を生み出したり、大都市圏で地域産品を売りまくったりするのも、もちろんいいでしょう。けれども、まずは何をおいても、その土地に人を呼ぶ、というところから始める意識が大事なのではないかと思いました。一足飛びに、全国に名を轟かせる売れ筋商品を作り上げて、地元を潤わせるのは現実的な話ではないですから。

有名な特産品や、海外からも観光客が来るようなスポットがないような、地味な町に人は来てくれるのか―。はい、あり得ます。以前(2016年7月号)の連載でつづった、北海道・木古内町の「道の駅 みそぎの郷 きこない」は、好事例でしょう。人口わずか4400人という過疎の町(それも、派手な観光地ではない)に、北海道新幹線開業1年間で55万人もの客が来訪しています。矢継ぎ早に施策を打ったから成し得た実績です。

先日、私は青森県の弘前市に足を運びました。

私としては、仕事というよりも、ちょっとした遊びのつもりでした。親しい友人から「地方のものづくりに興味があるのだったら、弘前にも行ってみれば」と言われ、ならばと思い立って、ふらり出かけたのです。

大正4(1915)年創業という老舗の革具店を訪ね、ベルトを購入するための旅――。目的は「1本の革ベルトを買う」、それだけでした。

 

 

東北のエルメス

この店、もともとの主力商品は馬具だったといいます。当時の陸軍に納めていたそうです。現在はビジネスバッグなどの革製品を手作りしていて「全国にファンを有している」と聞きました。なんでも、ビジネスバッグは注文してから1年以上は待つらしい。堅牢さや渋いデザイン性が受けているようなのです。

馬具の製造が発祥であることから、この老舗革具店は「東北のエルメス」とも称されているそう。エルメスも馬具の製造から名をはせたブランドですね。

手作りのビジネスバッグなんて、値段がいくらなのか、ちょっとドキドキしてしまいます。しかし、「ベルト1本を買うだけならばそんなに高くはないだろう」と踏んで、私は弘前を目指しました。

弘前には、中心地をほぼ真っすぐに貫く、とても長い商店街があります。地方の商店街のご多分に漏れず、シャッターが閉まったままの店舗も見掛けますが、それでも踏ん張っている店々が多いことに、すぐ気付かされます。

カツサンドがおいしそうな精肉店、年季の入った雰囲気の時計店、常連客がのんびりと過ごす喫茶店、そして古い食料品市場も生き永らえています。

そんな商店街の終端あたり、坂道を上って行く途中に、今回の目当てである、「亀屋革具店」がありました。

 

 

ネット販売はしない

亀屋革具店の主力商品は、丈夫で、かつデザイン性に優れたビジネスバッグだ

亀屋革具店の主力商品は、丈夫で、かつデザイン性に優れたビジネスバッグだ

 

店舗の中は、すっきりとしたショールームのような趣でした。名刺入れ、ペンケース、キーホルダー、トートバッグなどが、きれいに並んでいます。

目的である革のベルトは店の一角にありました。気に入ったベルト1本の値段は税込みで5400円。予想していたよりも安価です。

ベルトを手にしていると、若い親方が奥の仕事場から顔を出してくれました。これだけの老舗ですから、頑固一徹といった雰囲気の親方かと想像していたのですが、軽やかな津軽弁まじりの言葉がどこまでも明るく優しく感じられる、そんな人でした。

「ベルトは、ものによって長さが違っているので、店にあるものを全部持ってきますね」

「今すぐ、ベルトに穴を開けてきますから、ちょっとだけお待ちくださいね」

なんだか、とても和みます。

ベルトは、至ってシンプルな作りであり、周囲の人には、私が言わない限り、これが老舗の革具店が製造したものとは理解してもらえないかもしれません。でも、自分の気持ちが違ってくるでしょう。弘前まで来て買ったという事実だけで気分が格別ですから。

他のお客さんがいなかったのを幸いに、親方と少し話し込むことができました。

会話の中で教えてもらったのは、店の棚に並んでいる商品であれば、その大半はすぐに購入できること。名刺入れは4カ月ほど待つ必要があるものの、革の色や、ポケットの仕様を自由に選べること。主力であるビジネスバッグだけは、予約してから完成品が届けられるまでに1年3カ月はかかること。

どうしてそんなに時間がかかるのでしょうか。

「私が1カ月で作れるのは、せいぜい7点くらいなんです」と親方は言います。

そのため、ネットでの注文などは受けていないそうです。また、東京などの大都市圏への出店もない。つまり、亀屋革具店のビジネスバッグを購入したいとなると、この店に来ないといけないのです。

それは何ももったいぶった話ではなくて、ハンドメイドを貫いていると必然的にそうなってしまうというわけなのですね。

ペンケースやキーホルダー、トートバッグなど、店に飾ってある商品の大半はその場で購入できる。店を訪れた日、洒脱なデザインの名刺入れは「お届けまで4 カ月」だった

ペンケースやキーホルダー、トートバッグなど、店に飾ってある商品の大半はその場で購入できる。店を訪れた日、洒脱なデザインの名刺入れは「お届けまで4 カ月」だった

 

 

人を呼ぶのは誰か?

せっかく来たのだからと、参考までにビジネスバッグのことを、さらに尋ねてみました。

さすがに現物はなくて、この目で確認できたのは見本写真です。

ごくわずかな枚数の写真だったのですが、もう、気持ちが持っていかれました。見るからにしっかりとした作りであるのが、1枚の写真からでも想像できます。いくつかのデザインの写真を見せてもらいましたが、そのうちの1つに、とりわけ引かれました。

蓋のところが、美しい弧を描いた形状になっています。亀屋革具店の草創期に作られていた馬具がモチーフかと思いきや、そうではなく、厚さ3mmの革を使うために、必然的にこうした弧を描く形になるそうです。

ビジネスバッグまで購入するつもりはありませんでしたが、気がついたら「買います」と声を上げていました。次にいつ弘前まで来られるかも分かりませんし。

オーダーメイドで、手作業により完成するビジネスバッグです。私は、15万円は下らないのではないかと予想しました。

恐る恐る値段を尋ねてみると……。

「税込みで7万9900円です」。これには驚きました。さらに店のスタッフの言葉に、心が揺さぶられましたね。

「うちのバッグは長持ちするので、次の世代に引き継げますよ」

これはまさにダメ押しですね。

ここで、冒頭につづったことを、その場で思い出した次第です。地方の町ではやはり、「そこに行ってこそ真価が分かるもの」、また、逆に言えば「来てもらえるだけの何かが、そこにあること」が肝心という話。

そして、こういう「何か」とは得てして、たった一軒の店舗、たった一人のすご腕だったりするのです。北海道・木古内町のように、地域総出の団体戦で人を呼ぶ戦略も1つの手でしょう。その一方で、民間の一事業者が強い光を放ち、そこから地域活性化への道が広がるケースも確実にあります。

前号(2017年8月号)でご紹介した、日本最古の純喫茶もそうでした。一人が旗を掲げるところから始まる物語が存在し得る、ということですね。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。