成熟商品での差別化
「ライバルの他社にはない特徴を持った商品を開発せよ」とは、どんな業界の中にいても聞かれるセリフでしょう。
とはいえ、そんな商品が簡単に出来上がるのなら、苦労はしませんよね。競合する各社は商品作りでしのぎを削り続けているわけですし、場合によっては、異業種企業がびっくりするような商品を引っ提げて参入してくることだってあります。
とりわけ、成熟商品とされる分野では、商品の差別化は至難の業といえるかもしれません。技術的にも売り方の面でも、やれることは全てやった、と考えている企業の方は少なくないはず。
で、今回取材してきた商品はというと、花束なんです。花の業界は大変ですよ。まず、市場は縮小傾向にあるといわれています。さらに、業界の大手も中小企業も、ネット通販に乗り出しているケースが多い。つまり、ちょっと乱暴に言えば、全国規模で展開する有名な企業と、地場に根付く企業とが、ある意味、同じ土俵で戦うという場面が出てくるわけです。地方企業がネット通販に乗り出したなら、それこそ逃げ場のない大舞台の上に晒されてしまいます。
しかも、花束をネット通販しようとなると、もう1つ難しい話が出てきます。花束は普通、買う人と実際に手にする人が異なる商品です。ネット通販で花束を購入して、ネットショップから直接相手に送ってもらう場合、購入者はその実物を確認できないまま、ということになりますね。大切な人に贈る花束となれば、それは結構なリスクを伴うと言っていい。ちゃんとした花束を作って送り届けてくれるかは、花屋の実力と姿勢次第なわけです。
すなわち、花束をネットで売ろうと考えたなら、二重の意味で、困難が待ち受けているということ。
こうして厳しい条件が重なる中、とても興味深い事例があります。
花由という、徳島と香川に実店舗を展開する中堅どころの花屋が、ネットで販売している花束。その商品名は『そのままブーケ』といいます。
年に3万件の注文
どれくらい売れているか。1日に最低でも数十件、平均すると100件の注文が入っているそうです。購入者は全国にまたがっているとか。四国の中堅どころの花屋に、年間3万件のオーダーがあるわけです。これはヒット商品といっていいでしょう。オンラインの大手ショッピングモール楽天市場では、4年連続で「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を獲得しているとも聞いています。
このそのままブーケ、価格は3540円(税込み)~です。手頃な値段であるのもポイントなのでしょうが、ライバル企業がひしめく中で、その価格面だけがここまで売れている理由とは思えません。では、一体何が人気の背景にあるのでしょうか。
徳島に飛んで話を聞くため、同社に取材のアポイントメントを取ろうとしたら、実は最初は断られたのです。商品作りやPR活動に企業秘密が多いのかな、と思いきや、そうではないようでした。「どうしてそのままブーケがこんなに売れているのか、私たちも本当に分からないんです」というのが、取材を断ろうとした理由なのだそう。
かえって興味をそそられました。無理を承知でお願いし、どうにか徳島の本店で取材ができました。
取材の場で、私は順番に尋ねていきました。そのままブーケには4つの特徴があることが分かっていたので、それらが花由だけの持ち味なのかを、1つずつ確認するための質問です。
他社もやっているサービス
まず、このそのままブーケなのですが、箱から取り出せば花瓶要らずで、そのまま自立するのがとても便利です。今どきの単身世帯では、花瓶を持っていないケースもありますしね。
これ、花由だけが誇る特徴なのでしょうか。
「いえ、よその店でも同じような形の花束を出しています」
そうなんですか……。では2番目の質問です。水も栄養剤も全く不要(根元にジェルが入っています)で、これまた文字通りそのまま放っておけます。これは花由のそのままブーケだけですか。
「いえいえ、ほかの花屋でも、同様の商品がありますよ」
なんと、これも似た商品が存在するというのです。まあ、水と栄養剤を含むジェルを仕入れさえすれば、そうした花束は作れてしまうわけで、当然といえば当然ですが。
3番目の質問。この記事の冒頭で触れたように、花束を誰かに直接配送してもらう場合には、現物がどんなものか不安になります。そこで花由では、現物を発送する直前に画像に収めて発注者にメールを送るという親切さです。これならば、送る側としては安心できますね。これは、花由だからこそのサービスですか。
「あの、それも、よそで多数存在するサービスですよ」
ならば、4番目の質問です。午後3時までにオーダーすれば、花由は当日のうちに発送してくれます。これこそ花由ならでは?
「それこそ他店が先んじていました。うちでそうした対応を始めたのは、後発の部類です」
参りましたね。じゃあ、なぜそのままブーケは、こんなに売れているのでしょうか。
「だから、さっぱり見当が付かないんです」
この商品がヒットした理由、ここまでのやりとりから、皆さんはお気付きになりましたか。私は途中で察しがつきました。そして、最後にこんな質問を投げました。
この4つの特徴を全て有している商品は花由以外のお店で、どのくらい存在しますか。
担当者が「ああっ!」と声を上げました。「確かにそれは、ほとんどないかもしれません」
マーチャンダイジングを愚直に進めていった結果、花由の担当者自身も気付かないうちに、つまりは無意識のうちに、ライバル企業にはない商品特性をまとうことができた、ということです。何だか、おとぎ話のような結末でした。
これは大きな教訓でしょう。1つずつ丁寧にサービスを構築していけば、いつしか独自性を持ち得ることになる―。成熟商品分野であろうと、大手企業が強い分野であろうと、それは実現可能な話だということが、そのままブーケの事例から理解できると思います。
あえて万人受けを狙う
ただし、花由が意識して商品作りを成している部分も当然あって、そこも「見落としてはならない」とは感じました。
先にお伝えした通り、花の市場は現在、低落傾向にあります。そんな中で花由が狙ったのは、「これまで花束を贈り慣れていない消費者層」だったといいます。すなわち、市場が縮んでいく状況下だからこそ、新しい顧客を開拓する意識があったんですね。
具体的にはどうしたのか。「とんがったデザインの花束にはしない」ということでした。スタイリッシュな花束を求めたければ、どうぞよその花屋を選んでください、という姿勢を、少なくともそのままブーケでは貫き続けているのです。普段、花を購入しない消費者にとっては、先鋭的なアレンジメントを施した花束には抵抗感があるでしょうから、この判断は正しいように思えます。
確かに、そのままブーケは、どこかホッとするようなごく一般的なデザインの花束です。
ただし、「よその店の同価格帯の花束よりは、1、2種類、使う花を増やしています」とも。ただただ無難に作るのではないところが、1つのキーポイントかもしれないですね。プロが考える“無難”というのは、実に奥深いとも感じさせられました。