その他 2017.03.31

Vol.19 リアリティーのある高値:関東バス

 

「業界初」とうたう完全個室バス『ドリームスリーパー東京大阪号』。1台 にわずか11室のみ。東京・池袋から大阪・なんばを7時間50分で結ぶ。途中休憩は1カ所。運賃と座席料金を合わせて合計2万円
TEL:03-3386-5489(関東バス)
086-232-6688(両備高速バス)

 

 

豪華個室にヒットの兆し

2017年のヒット商品模様を彩りそうな存在が、早くも登場し始めています。ホームクリーニング機という触れ込みのLGエレクトロニクスジャパン『LGスタイラー』や、バルミューダの炊飯器『ザ・ゴハン』などが挙げられます。

初夏以降はどうかといえば、豪華個室列車が相次いで運行を開始予定です。JR東日本の『トランスイート四季島』は5月にお目見え。また、JR西日本は6月から『トワイライトエクスプレス瑞風』を走らせます。

どちらも1泊2日で30万円前後からと値の張る設定です。おいそれとは手が出ませんね。

実はこの2017年、豪華個室での移動が話題を呼んでいるというのは、そうした列車だけの話にとどまりません。いったい他に何があるというのか。

それは、「バス」なのです。

 

 

週末は売り切れ状態

バスなのに豪華個室? そうです。関東バスと両備ホールディングスの共同運行によって、すでに2017 年1月からサービスを開始しています。

扉と壁によって下から上まで完全に仕切られた個室というのは、バス業界初とのこと。カーテンで区切ったり、一部が開いているようなパーティションの仕切りではなく、しっかりとした個室だと聞きました。

バスの名は『ドリームスリーパー東京大阪号』。東京の池袋から大阪のなんばを経て、門真車庫までを往復するという経路です。池袋発の場合、発車は22時50分。なんばに着くのは翌朝の6時40分。7時間50分という長丁場です。夜行長距離バスの中に個室がある……超贅沢なんだか、そうでもないんだか、ちょっと想像ができませんね。

利用料は、運賃と座席料金を合わせ、片道2万円(開業キャンペーン中は1万8000円)。これ、新幹線のグリーン車よりも高額です。夜行バスとして破格の設定であるのは間違いない。それにもかかわらず、2017年1月18日に運行をスタートさせて以来、金曜日はすでに数カ月先まで席がほぼ埋まっているらしいのです。

私も一般客として、実際に乗車してきました。ちょうど今は人の移動が活発になる時季ですから、皆さんに果たしてどのような中身だったのか、ご報告したいと思います。

 

 

個室の広さは1畳弱

池袋の長距離バス乗り場に、ドリームスリーパーがやって来ました。早速乗り込もうとすると、バスの外で迎え入れてくれる運転手さんから「ステップの3段目からは靴を脱いでお入りください」と告げられました。車内は土足厳禁なんですね。靴を脱ぐと、運転手さんが素早く靴をビニール袋に入れ、手渡してくれました。

車内に入ると席は本当に個室だけでした。中央に通路が設けられていて、その左右に個室がわずか11室。その他、車内の中央部にトイレがあり、中央の通路の突き当たり(バスの最後部)にはドレッサーを兼ねた洗面台を備えています。椅子も付いているので、女性客が化粧を整えることもできそう。

さあ、いよいよ個室です。予想通り、実面積はかなり小さいものでした。計測してみると左右幅が92cm、前後幅は170cm。1畳分よりわずかに小さいという感じです。この小空間が、床面から天井まで、壁と扉によって仕切られているわけです。

ここまで聞くと、相当狭いのではないかという印象を抱く方が多いかと思いますが、実際に個室で過ごしていると、意外に圧迫感はありませんでした。1畳弱の空間のほぼ幅いっぱいを占めるのは大型シート。法規上の問題があるらしくフルフラットにはできないものの、フットレストが水平になるのと、尻のあたりがうまくくぼんだ設計のため、思いの外くつろげました。動作は全て電動ボタンにより行えます。

 

 

旅情すら抱かせる

それと、窓が極めて大きい。高さ94cmもあり、これが居住性に寄与している印象です。

そして、内装や備品もふるっていました。前述のようにシートは電動式、個室内のインテリアは木目調に統一されています。備品は、ひざ掛け、ヘッドホン(備え付けのBGMで水音などを流せます)、電源のコンセント、USBの接続端子、iPhone用とアンドロイド端末用それぞれの充電ケーブル。さらに、耳栓、ウエットタオル、歯ブラシなど。「この小さな個室に、よくここまで効率的にさまざまな要素を詰め込んだな」という印象でした。

Wi-Fiは無料で、制限なく使えます。使用時の感覚では、国内エアラインの有料Wi-Fi などよりも通信速度は良好でした。個室空間で隣の客を気にすることなく、手持ちのスマホで動画などを眺め、時折、大きな窓の先に流れる夜景を見ていると、旅情すらも感じられるほどでした。

気になるのは、個室の扉に鍵がかからないことくらいでしょうか。これも法規上の問題かと思われます。また、乗客がバスの外に降りられる途中休憩は1回のみに限られるので、それを嫌う人はいるかもしれません。それと、個室とはいえ、あくまでバスでの旅ですから、熟睡するまでには至りませんでした。

翌朝なんばで降りたときに感じたのは、従来の長距離バス旅と違って身体が痛くなかったという点でした。肩こりと腰痛持ちの50歳の私でこれなら、多くの方には一定の快適性を感じられるのではないでしょうか。

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独立したドレッサーには、簡易な椅子も備える。お手洗いは温水洗浄便座付き。筆者が一般客として乗車した夜は、在京キー局のテレビクルーが取材に訪れていた。運行開始キャンペーン中だったため、降車時には記念品まで手渡された。このバスの運行に対する、力の入りようがうかがえる

 

 

「強い商品」が売れる時代

これは面白い乗り物だと思いました。「新幹線のグリーン車を利用するよりも高額なバスを人は使うのか」という疑問があるかもしれませんが、これ、けっこう使いでのある選択肢になるんです。

新幹線の最終便より遅い出発時刻のため、ぎりぎりまで仕事をするなり、会食するなり、家族だんらんの時間をとったりしてからでも間に合います。しかもホテル代がかからない。東京や大阪では昨今、ホテル代が高騰しています。その意味でも、バスに宿泊すれば仕事や生活の時間だけでなく、費用の節約にもなるということ。「たとえ2万円を支払ってでも利用したい」という考えの人は、間違いなくいるでしょうね。

それともう1つ。単純に「一度は体験してもいい」と思わせるだけの性質を有した商品であることが大きい。「業界初の完全個室バスって、贅沢なのか、それとも微妙なのか……」多くの人は気になるでしょう。SNS全盛の時代、人に語れる商品というのは、やはり強いと私は確信しています。

2014年の消費税増税後、消費トレンドがどのように推移したかをおさらいしてみると、もっと分かりやすくなります。「安くて品質そこそこの商品」が世の中を席巻するかと思いきや、そうではありませんでした。「値段の高い商品」が敬遠されたのではなく、実際には、いわば「どうでもいい商品」が売れなくなりました。

どういうことか。負担増の時代に入り、トータルの出費を抑えないといけない。でも、毎日を暮らす中で消費生活を捨てるわけにはいきません。

そうなると、消費にメリハリを付けながら、「強い商品」をより求める傾向が生まれてきます。強い商品とは、購入した実感を得られるもの、他にはない何かを確実に備えているもの、そして人に語れるもの、です。

だから、例えば、いくら価格が安くても平凡なメニューに終始してしまっていたファストフードや居酒屋チェーンは業績を落とし、値段の高低にかかわらず強烈な性質を有する店々に、人は列を成しています。

ドリームスリーパーが利用料2万円でありながらも話題をさらっているのは、その商品特性の強さがあればこそでしょう。別の言い方をすれば、安さくらいしか訴求力のない「どうでもいい商品」になりかけていた夜行バスの世界から脱却を目指したところに、消費者が共感したともいえそうです。
 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。