その他 2017.01.31

Vol.17 成熟商品にこそ勝機:バルミューダ

 

2016年10月にバルミューダが発売した『The Pot』。デザイン性に優れた電子ケトルで、使い勝手も既存商品に勝る印象。600mlと容量は小さいが、その分、取り回しが楽になっている。価格は税別で1万1000円 https://www.balmuda.com/

 

「もう進化はしないだろう」と思われているような商品分野があります。例えばデジタル系の製品が、年単位、いやそれ以上のスピードで新機能を消費者に見せつける一方で、何ら変わらない印象の商品カテゴリーのことです。

ただし、そうした成熟ジャンルの商品にこそ、実は進化する余地がある気がしてなりません。消費者が「こんなものだろう」とはなから諦めている分野―。いくつか例を挙げてみましょう。文房具などは、その最たるものといえます。金属製の針を使わずに紙をとじられる針なしステープラーなどが好事例です。針が不要にもかかわらず、とじられる紙の枚数は、今や10枚を超えていますし、紙に穴を開けずにプレスする手法でとじられる機種まで登場しています。

あるいはキッチン小物も同様です。『くるりとハチミツスプーン』という、新潟県のオークスが開発した商品があるのですが、これはハチミツを瓶からすくうためだけの1本です。ハチミツをすくうとき、スプーンからハチミツが垂れ続けて、なかなかにストレスがたまります。それを一発解決してくれるという、面白くもあり、イライラを防ぐ商品。私はとても評価しています。

 

 

「意識できていない不満」に着目

こう考えると、商品を開発する上で「消費者の不満に応える」という決まり文句が、何だか陳腐化した表現にも思えてきませんか。

私は思います。「消費者の不満に応える」のではなく、消費者が不満にも思っていない、すでに諦めていて不満が上がりもしない部分に斬り込んでこそ、真のヒット商品が生まれるのではないかというふうに……。消費者の不満が顕在化しているジャンルには、それこそ数々の企業(大手も当然含みます)が新商品を引っ提げて参入してきます。だからライバルが必然的に多くなり、ヒットはおぼつきません。

商品をヒットさせるなら、まさに「消費者自身も言葉にできていない、意識できていない不満」に着目することが重要だと感じます。成熟し切ったように思われている商品ジャンルにこそ、そうした発想がより有効でしょうね。

 

 

既存商品より少しずつ、確実にいい

東京の武蔵野市にある家電ベンチャー企業、バルミューダは、そうした部分に着目するのが実にうまい会社です。

2016年10月に発売した『The Pot』は、税別で1万1000円の電気ケトル。コーヒーを上手に入れられるよう、取り回しが楽で、しかも糸のように細くお湯を注げるという機能性にも優れ、また、その洒脱(しゃだつ)なデザイン性にも注目が集まっている1台です。発売直後から人気が高まり、バックオーダーを抱えている状況と聞きます。

電気ケトルという分野で、今さら進化は可能なのか。実際に購入して使ってみると、なるほどと感じさせられました。

結論を言いますと、既存の商品よりも「少しずつ、確実にいい」のです。600mlと容量は小さめなのですが、それだけに取り回しは楽です。コーヒーを入れる場面で、本体の軽さや小ささが効いてきます。また、お湯が沸くまでの時間は、既存の人気ブランドの電気ケトルと実際に比べてみると20~30秒早いという結果でした。少しずつストレスが軽減されているという感を抱かせます。

そして、デザインは抜群。ステンレス製の本体にはマット(つや消し)塗装が施されていて、実に洒脱です。余談ですが、この塗装の効果でしょうか、他のステンレス製の電気ケトルでは湯の沸騰時に本体がかなり熱くなるのに比べ、The Potでは、そこまで熱くない印象です。

ハンドル下部にはネオン管が配置され、通電時に優しい光を放ちます。こうした演出にも余念がないところが面白い。

 

 

食材を大化けさせる

つまり、もう大きな変化はないだろうと思われていた電気ケトルの分野で、着実な進化を見せているというわけです。

このThe Potは、バルミューダが2015年6月に発売した高級トースター『The Toaster』と一緒に使う消費者は多いでしょうね。色合いも似ていますし、この2台を並べると、様になります。そもそもパンとコーヒーはセットのようなものですしね。そういう意味では、同社がトースターを出し、その次にコーヒーを入れるのに好適な電気ケトルを発売するという戦術は、巧みだと思います。

このThe Toasterという商品にも、ここで触れておきましょう。

値段は税別で2万2900円です。発売当時(2015年6月)、その価格設定には多くの人が驚きました。それまで市場にあったオーブントースターの10倍はするという高価格でしたから。

「消費者はたかがトースターのために2万円を超える出費を決断できるのか」という疑問の声も、当然ありました。ところが、このトースター、売れに売れたのです。いっときは注文しても1カ月以上待ちという状況。今はようやく落ち着いてきたようですが。

このトースターは、本体上部の吸水口に5ccの水を注いでからスイッチを入れるという手順を踏みます。庫内を満たすスチームと、ヒーターの微細な温度調整が、どうやら旨(うま)いトーストが焼ける肝になっているようです。

使ってみて、その魅力はすぐに実感できました。出来上がったトーストは、表面にはきれいなきつね色が付いていて、中はふんわりしている。しかもちゃんとパンの中心まで温まっています。

何が面白かったかといえば、スーパーマーケットで特売になっている安い食パンが、このトースターで焼くと、思いの外おいしくなったこと。正直、値の張る食パンと遜色のないほどの仕上がりで、文字通り「大化け」といった感じ。「なるほど、これなら2万円超を出しても後悔はない」と思いました。まさに「進化するはずのない商品が進化した」わけですね。

バルミューダが2015年に発売した『The Toaster』。税別2万2900円と、既存のオーブントースターの10倍ほどの値段ながら大ヒット商品となった。安い食パンが驚くほどおいしくトーストできる

バルミューダが2015年に発売した『The Toaster』。税別2万2900円と、既存のオーブントースターの10倍ほどの値段ながら大ヒット商品となった。安い食パンが驚くほどおいしくトーストできる

 

 

 

2017年に期待

常々、私が言っていることなのですが、現在のような景気の先行き不透明な時代、人は「高価格な商品を買わない」のではなく、「どうでもいい商品の購入を避ける」のです。

2014年の消費増税以来、消費トレンドを眺めていると、必ずしも安いものだけが売れているわけではありません。むしろ、値段の高いものがヒットしている傾向が見て取れます。プレミアムビールは2014年に過去最高の出荷数でしたし、バルミューダのトースターに代表されるような機能特化型の高級家電も好調です。

これはなぜか。「買い物での勝負を一発で決める」という意識が、消費者の中で根付いたからでしょう。一度は出費できる、でも、失敗したからといって二度目はないということです。ならば、値は多少張っても、長い目で見て確実に満足でき、また人に自慢できる商品に手を出したいという、ある種、切実な思いが反映された結果です。

消費者を振り向かせるには、価格よりも中身。そして中身で驚かせるには消費者が諦めていたところに斬り込むことが肝要。そうした教訓を、バルミューダの製品群は雄弁に物語っています。

前回、この連載でお伝えした愛知ドビーの高級炊飯鍋『バーミキュラ ライスポット』も、税別で約8万円という高値の商品です。それにもかかわらず、2016年12月の発売直後から注文が殺到し、4カ月以上待ちの状態となりました。

実は「バルミューダも炊飯器の分野に参入する」という話が伝わってきています。複数の中小企業が大手どころに真正面からぶつかるという話。これもまた痛快ですね。2017年の家電、それも炊飯器の新トレンドに、私はとても注目しています。

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。