アリア「Voicease」
片手で持てるほどコンパクトでありながら、防音室と同レベルの最大マイナス20dBの遮音効果がある。2万8600円(税込み)
ロングセラー化の理由
もう10年前になりますが、この連載が始まったばかりのころ(2015年12月号)、「ファニエル」という名の家庭用ワインセラーの話をつづりました。
2015年当時、家庭用ワインセラーの国内市場規模は「冷蔵庫の100分の1にすぎない小さな市場」と言われていました。コアなワイン愛好家が購入するような商品と捉えられている側面がありましたし、市場性に乏しいと見られても仕方ないところだったと思います。
ところが、ベンチャー企業として設立したばかりのさくら製作所は、その市場へ果敢に挑みました。それまでなかった機能を組み込んだワインセラー「ファニエル」は、発売当時の中心価格帯が7万円台半ばと、既存の家庭用ワインセラーと比較すると高価だったのですが、半年ほどで9000台の受注を集め、たちまち品薄状態となりました。
1台で上下の棚を2つの温度帯に分けて使える、5℃という低温にも設定可能である、そして、冷やすだけでなくヒーターも備わっているため、冬場にも庫内温度が一定に保たれて赤ワインの保存にも好適。既存の家庭用ワインセラーに望めなかった機能が口コミで広がった結果でした。
過剰品質志向を貫いた
先日、久しぶりにさくら製作所を取材しました。同社のワインセラーは2018年以降ずっと国内トップシェアを続けていると言います。なぜいっときの人気で終わらずに売り上げが持続しているのか。同社は「伝えやすい商品だったから」と分析していると聞きました。
ああそうだ、確かに。「これまでになかった2温度帯のワインセラー」「低温もいけるのでスパークリングワインも日本酒も大丈夫」「冬場でも温度が下がらない」。どれも、ごく短い言葉で伝わります。
この10年で、さくら製作所のワインセラーがどのような客層に振り向かれてきたかを尋ねてみたら、意外にも「コアなワインマニアとは限らない」そうです。同社の想定を超えて、学生をはじめとする若年層までもが購入している。ライトなユーザー層をもしっかりとつかんでいるということ。
「伝えやすい商品」であったことで、意外な消費者層にまで商品の存在が認知されたのでしょう。
では、なぜ「伝えやすい商品」となり得たのか。それは過剰品質と揶揄されるのをいとわなかったからだと思います。
実際に、「何もそこまで高機能化に突き進まなくても」といった声もあったそうですが、そこまでやるかというほどに過剰品質志向を貫いたからこそ、その結果として「伝えやすい商品」として市場を席巻しているのだと私は感じています。
で、ここからが今回の本題です。いまお話ししたワインセラーと同じく、一見ごくニッチな存在に感じられるのですが、実際には購入層を思わぬ形で広げ、反響を呼んだという商品事例です。
写真をご覧ください。これ、何だと思いますか。検査機器? それが違うんです。ボーカルサイレンサーです。
ボーカルサイレンサーとは「大きな声を出しても、ちゃんと遮音してくれるデバイス」のこと。この商品、「Voicease(ヴォイシーズ)」といいます。開発陣が実証したところ、一般の防音室と同じレベルで音を外に漏らさない性能を発揮できていたそうです。
困り事を助ける
それがどうしたと思われるかもしれませんね。この商品を発売したのは、東京のアリアという企業です。社長である堀口直子氏をはじめ、同社は音楽家で構成されており、出張演奏などのイベントを手掛けるのと同時に、音楽に携わるプロたちの困り事を解決するための商品開発にも携わってきました。使いやすい楽譜関連アイテムなどがその例だそう。
そしてこの「Voicease」も同様でした。声楽家が望む場所、時間に練習できるようにならないか、というのが開発の原点にあり、堀口氏に加えて、音大の教員、大学院の研究員が手を携え、商品化に向けて試行錯誤を重ねていったとのことです。
実際に使ってみましたが、これは確かに良い。息は外に逃して、声は本体内部で消音してくれる格好です。
販売価格は2万8600円(税込み)と、それだけを聞くと高く感じられるかもしれません。でも、声の仕事に就いている人にとってこれは本当に助かる1台なのだろうと、容易に理解できます。また、別売りのキットを使えば、演奏と自分の声をヘッドホンからモニターすることも可能。プロでなくても、本体と別売りキットを使って、自宅で1人カラオケを堪能できます。
意外な購入者が集まる
アリアでは、2003年、一般販売に先立ってクラウドファンディング(以降、クラファン)に挑んでいます。
先ほどお伝えしたように、本商品はニッチであると捉えられなくはない存在です。ところがクラファンを公開したら、約1400万円もの支援を獲得するに至った。クラファン案件があまりに数多く乱立気味の昨今、1000万円を超える実績を上げられる事例というのはそうない印象だけに、これは同社にとって大きな成果でしょう。
購入層が限られるような商品領域でありながら、どうして約1400万円も集まったのか。堀口氏に聞いてみると「私たちが全く想定していなかった層が支えてくれた結果」だったのだと言います。その層とはいったい誰か。
それはVTuberでした。アバター(キャラクター)を使って動画配信をするクリエイターですね。
Vtuberは夜間にもライブ配信することがあります。そうした場面で、声をきれいに拾ってくれて、しかも気兼ねなく配信に集中できるこの商品は、実に役に立つわけです。「Voicease」本体はマイクがしっかり収まる構造になっていますから。
こうして堀口氏の話を聞いていくと、先ほど触れたさくら製作所のワインセラーと、この「Voicease」にはいくつかの共通点があるように思えました。
まず、商品の目指すところが極めて明快であること。「ファニエル」の場合、どんな温度帯が適切なワインであっても1台の中に収められるという存在が開発目標でした。「Voicease」では、どこでもいつでも声を発せられる状況を創出できる商品を生むのが目標。
また、どちらの商品も、人が半ば諦めていたところに切り込もうと開発に臨んでいる姿勢が同じですね。そして、完成した商品は、短い言葉で端的に特性を説明できる。
その結果として、当初にターゲットとしていた層を超えた購入者を獲得しています。そこも同じ。
最後に。シンプルなつくりに見えて、遮音性能を上げるための内部構造にかなり凝っていますから、「Voicease」もまた過剰品質志向の商品であるとも言えます。

製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。