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コラム
有識者連載
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コラム 2025.01.06

Vol.109 なにを「強み」と踏まえるか 北村 森

東具「giftoolギフトゥール
組み立てる宝箱。プレゼントを贈る・受け取る体験が、特別な思い出やコミュニケーションを生む

 

一見、異分野に思えるが

 

本誌2024年の5月号で、私は「最後の1粒まで取り出しやすい米びつ」という、洒脱しゃだつなデザインをしていて、しかも機能性に優れた米びつの話をつづりました。

 

3万円近い価格ながら、百貨店のバイヤーなどが振り向き、成果を上げつつあるようです。

 

この商品を製造するのは、東京都日の出町にある1912年創業の田中卒塔婆そうとばWORKSという中小企業です。社名から分かるように、寺に納入する卒塔婆を一貫してつくってきたのですが、同社の4代目が一見何の関係もないような米びつを開発しました。

 

「どうしてまた」と感じますが、卒塔婆と米びつには共通点があり、それは、もみの木を材料にしているところ。つまり4代目は「もみの木という素材を知り尽くし、その特性と、培ってきた加工技術を生かし切る」ために新規事業に着手したのです。そこにはちゃんと必然性があったという話。

 

この事例から理解できるのは、新規事業を立ち上げるに当たって、その種となる要素とは何なのかを踏まえる作業は極めて大事、という点に他なりません。「何を生かす判断を下すのか」と表現しても良いでしょう。

 

もう1つだけ例を挙げますと、クラフトビールで国内外から高い評価を受けている、徳島県上勝町のRISE&WINというブルワリー(本誌2015年11月号掲載)の経営母体は、全く畑違いの衛生検査会社です。それこそビール造りと関連性がないようにも思えますが、実はこの会社が長年研究してきた微生物検査の技術が生かされています。この事例にもまた、明らかな必然性がありました。

 

玩具メーカーではない

 

ここからが本題です。取り上げたいのは、今じわじわとヒットしているギフトボックスです。

 

その名を「giftool(ギフトゥール)」といい、キャッチコピーは「子ども史上最高のプレゼント体験」です。まずはその商品特性を説明しましょう。

 

このギフトボックスは紙製です。折り畳まれた状態で販売されていますが、簡単に組み立てられます。完成させると、宝箱のような姿形になる。

 

で、この中にプレゼントを収めて子どもにそのまま渡しても良いですし、次に挙げるように、もう少し凝った演出を楽しむこともできます。

 

商品には、紙製の鍵が付いています。その鍵をギフトボックス本体の鍵穴に入れて回すとふたが開くのですが、この鍵を家のどこかに隠して、その在りかを子どもに探してもらうといった使い方もできるということ。これは確かに、子どもにとっては面白く感じられるでしょうね。

 

値段は箱のサイズによって異なり、2450円(税込み)からです。2023年の発売以来、全国の大手雑貨店などが取り扱いを進め、販売数は非公表ながら、当初予測を大きく超える結果をたたき出しているそう。

 

これ、ありそうでなかったギフトボックスであると私は思います。大人がギフトボックスを組み立ててプレゼントを中に入れ、子どもに鍵を渡し、その鍵を探し当てて宝箱状のギフトボックスを開く…。その時間全てがきっと楽しいものになるはずです。

 

似たような特徴をした後追いの商品も出ているようですが、先行者メリットはやはり大きく、このgiftoolの勢いは失われていないとも聞きます。

 

ではこの商品、どのような会社の手になるものなのか。実は玩具メーカーや文具メーカーが開発したものではないんです。大阪市鶴見区に本社のある東具が発案し、製造販売しています。同社は1980年の創業で、あらゆる企業に向けたPOPやディスプレーといった販促ツールを企画生産してきました。そもそも一般消費者向けの商品を得意としてきたわけではない。

 

それがなぜgiftoolだったのか。また、ヒットしている背景に何があるのか。ちょっと気になりますよね。

 

 

コロナ禍のさなかに立案

 

このギフトボックスの開発を担った、同社のセールスプロモーション事業部部長である中野卓馬氏に話を聞いてきました。そもそも企画立案の突端は何だったのでしょうか。

 

中野氏の答えは「商品を演出して第三者に伝える、というのが当社の仕事です。それを生かしたのが、このギフトボックスです」と、明快でした。

 

「なるほどそうか」と感じました。

 

同社が長年手掛けてきた企業向け販促ツールの製造と、一般家庭の子どもに向けたギフトボックスの企画には、大きな隔たりがあるようにも思えますが、少し考えてみれば根っこは同じなのですね。

 

つまり、同社は「人を驚かせ、楽しませる技術」こそ自社の資産だと踏まえ、新規事業にそれを生かさない手はないと判断したのです。そこには何の無理もありません。

 

「もう1つ開発に踏み切った理由があるとすれば、それはコロナ禍でした」とも中野氏は話します。

 

2020年からのコロナ禍で、人が店舗にあまり足を運ばなくなりました。そうなると当然、同社が主力としてきた販促ツールの需要は激減します。中野氏はそうした厳しい局面で「『欲しいものを作れる会社』であることが自分たちの強み」と考え、一般消費者向けの商品企画をためらわなかった。2023年の発売に当たっては公式サイトを立ち上げ、インターネット通販に力を注ぎ、同時に大手雑貨店などへの販路開拓も怠りませんでした。その結果、消費者の間で口コミが広がり、先に触れたように当初予想を超える売れ行きを記録するに至ったのです。

 

 

「その時間」が商品の魅力

 

中野氏は言葉を続けます。

 

「販促ツールは『お客さんを振り向かせること』が目的となる存在です。言い換えれば、私たちが培ってきた技術は『商品を手にするまでの時間を創出すること』に他ならない」

 

そう聞くと、このgiftoolが人気を呼び、成果を上げている背景はよりくっきりと見えてきます。

 

先述したように、このギフトボックスは、家族が子どもを喜ばせようと考えながら本体の組み立てを始めるところから「その時間」が始まっているのですね。そして子どもは、家族からのプレゼントそのものにも増して、それを手に取るまでのひとときを楽しむことができます。

 

同社の売り上げの99%は企業向け販促ツールが占めています。でも、この一般消費者向けギフトボックスの製造販売は、この先、社業の幅を広げる上で大きな存在になってくるのでないかと私には思えました。

 

「いや、すでに現在もそうです」と中野氏は話します。どういうことか。

 

「一般消費者に向けた商品ではあるのですが、発売してから菓子業界やテーマパークなどからの発注も相次いでいます」(中野氏)

 

想定外のニーズで、本業領域にも好影響をもたらしたという話です。

PROFILE
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北村森
Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。