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コラム
有識者連載
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コラム 2024.12.02

Vol.108 答えはすでにそこにある 北村 森


福井県南越前町「今庄つるし柿」
干した柿をいぶして乾燥させる伝統食。独特な香りや甘みが特徴的で、かつて旅人たちに提供されていた

唯一無二と思わせる味

前回(本誌2024年11月号)、「室町呉袋」という商品が注目を浴び始めているとつづりました。

和服の世界では1970年代をピークに市場が縮小していて、立派な反物が行き場を失い、呉服商の蔵の中に眠ったままになっている。その状況に心を痛めた東京の松本商店が、呉服商たちと力を合わせて、そうした反物を使ったトートバッグを製造・販売。すると、当初の予想を超える反響を呼んだ。そういう話でした。伝統的なものづくりが勢いを失っても、活路は見いだせるのだと、私自身、とても勉強になった事例です。

さて、今回のテーマですが、私自身が携わっている事業のことをお伝えすることをお許しください。いま私は、福井県の南越前町今庄をしばしば訪れています。この今庄という集落は、かつて宿場町でした。ここでは、宿場町ならではと表現できる産品が現在もつくり続けられています。

それは、「今庄つるし柿」。平たく言えば干し柿なんですが、その製法がちょっと面白い。下ごしらえした後に、5~7日間、昼も夜もずっとまきの煙でいぶして、完成をみるというものです。まきは山から調達し、最長で7日間もいぶし続けるらしく、まきをくべる作業1つを取っても「手間がずいぶんとかかっているなあ」と感じさせます。

今庄つるし柿は、ひとたび口にすると想像を超えるほどにスモーキーな香りが迫ってきます。そして、柿は官能的なまでに甘い。干し柿を長年つくっている産地をいくつも知っていますが、この今庄つるし柿は、そうした中でも独自の存在感を放っていると言って間違いない。唯一無二の香りと味なのではないかとも思えるくらいです。

今庄つるし柿の歴史は古く、つくられ始めたのは約450年前だと聞きました。今庄の家々が、「旅人の栄養源として提供しよう」という思いをそこに込めて、こんなに手間のかかる干し柿をこしらえてきたそうです。

そんな今庄つるし柿の生産者から、私に声がかかりました。この先、次の450年につなげられるようブランディング事業に参画してほしいという依頼でした。もちろん、話をお受けしました。こんなにすごみのある産品だけに、やりがいを感じたからです。

課題はいくつもあった

何をおいてもまずは現状把握が必須ですから、生産者からの話を最初にじっくりと聞きました。

生産者の1人であり、今庄特産柿振興会の会長を務めている赤星弘毅氏によると、課題はいくつも横たわっているとのことでした。

最大の問題は後継者難で、生産者が高齢化しているところにあるそうです。今庄にはいま40軒ほどの生産者がいるとのことですが、このままでは先細りしかねない。

確かに、山からまきを調達し、それを昼夜くべ続ける今庄つるし柿の製法が大変なだけに、跡を継ぐつくり手が少ないというのは想像できます。

ただ、問題の根っこは製法の手間というわけでもないらしい。赤星氏が話すには「手間の割に良い値段が付かないことこそが大きな問題」なのだと聞きました。

生産者の多くはJA(農業協同組合)など大手どころの流通網に卸すのですが、かなり安値で取引されてしまうそうです。

こんなに分かりやすい、よその干し柿にはまずないほどの持ち味を備え、その製法にも食に聡い人であれば振り向きそうなのに?

「そこには理由があるんです」と赤星氏は言葉を続けました。今庄で生産に携わる約40軒は、それぞれのつくり方を守っているため、仕上がりが微妙に異なる。色合いも形も、味そのものにも違いが少しずつある。

その結果、大手の流通網ではなかなか扱いづらい地域産品となってしまっている側面があるということです。それぞれの家々の生産量は少ないのですが、それらをまとめて商品化するのが難しいわけですから。

あえて変えなかった

「ただし、です」。ここからの赤星氏の話に、私は地域産品の矜持きょうじを感じ取りました。

赤星氏は数年前、今庄つるし柿の製法や規格を統一し、流通網に乗せやすくしよう」と検討する作業に着手したそうです。確かに規格をそろえたら、大手どころの流通や小売りにとっては助かりますから、それによる効果は期待できます。

しかし、議論を重ねた末に、製法や規格統一はやめる決断を下したと言います。良い値付けを目指すなら、統一化は有効とも考えられますが、なぜまた?

「今庄つるし柿は450年前、地元の家々が旅人の無事を思うところからつくられ始めた産品です。そこにはそれぞれの家の気持ちが長年込められていますから、それを統一化するというのは、今庄つるし柿の歴史をないがしろにすることに思えたのです」。赤星氏はそう話します。

私はこの決断を強く支持します。長らく社会に根付いてきた産品(地域産品に限らず、現代のメーカーの手になる商品であっても)にとって大事なのは、やはり「何を変えて何を変えないか」の峻別しゅんべつにあると確信しているからです。その根幹にある強みや、それが誕生した由来は、大切にするべきです。こうした部分こそが宝物であり、人を振り向かせる大きな要素になるからです。

今庄つるし柿の場合、かつての旅人への思いや、それぞれの家々で受け継がれてきた製法が宝物と言えるわけです。厳しい状況下にあっても、そこを守ろうとした今庄の生産者の判断は決して間違っていないと思います。

廉売に陥らないためには

では、どのようにして廉売されるのを避け、手間と味わい、その希少性にふさわしい値付けとなるよう取り組み、生産を後継したい人が手を挙げられる仕組みをつくるか。

これはもう当然、広く売るのではなく、その価値に気付く人たちに伝え切る、それに尽きると私は考えます。そもそもが少量生産の産品ですからね。

私がいま進めているのは、パティシエ、ショコラティエ、和食の料理人、そして蒸留酒の世界に携わっている仕事人など、実力派の存在にこの今庄つるし柿を知ってもらう仕事です。このべらぼうにスモーキーな干し柿は、プロフェッショナルの創造意欲をかき立てると確信しています。スイーツだけでなく、日本料理でも生かせそうですし、ウイスキーやラム酒とは間違いなく相性が良い。

この歴史ある地域産品が元気になるための答えは、産品そのものの中にすでにある。それを丁寧に掘り起こすことで道はひらけるはずです。慌てて何かをいたずらに変える必要はないと思います。今庄つるし柿の話に限らず、活性化への正解とは、得てしてそういうものではないでしょうか。

PROFILE
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北村 森
MORI KITAMURA
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。