メインビジュアルの画像
コラム

有識者連載

各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2024.09.02

Vol.106 「時代の波」をどう捉えるか

北村 森

スドウ「木具輪」

ブランド名は同社創業時の屋号「木具輪(きぐりん)」。使い切りのわっぱは松経木で作られている。オプションで焼き印を入れることも可能

 

 

創業100年を超えて

 

この連載で何度もつづっていますが、商品を売り続けるには「何を変えて、何を変えないか」の峻別しゅんべつが必要になってきます。

 

売り上げが落ちているからといって、商品のありように対してやみくもに手を入れると、元来持っていた美点まで消してしまいかねませんし、かといって何にもしないままでは事態が好転しません。

 

さらに難しいのは、時代の空気をどう捉えるかという部分でしょう。売れ行きの変化(それが伸長だろうが衰退だろうが)は、いっときの潮流の影響なのか、それとも後戻りしないような根源的な要素によるものなのか。

 

今回のテーマは折箱です。お弁当や総菜を詰める、薄い木の素材で作られた、あの折箱です。

 

話を聞いたのは、東京都墨田区のスドウという企業で、創業は大正12(1923)年ですから、いわゆる100年企業ということになります。小さな会社ですが、この間ずっと、折箱の企画・販売に携わってきました。

 

現在、同社は4代目となっています。時代の変化を感じながらも、淡々と木の折箱をつくり続けてきたのか、あるいは、時代とともに何かを変えてきたのか。4代目の須藤英靖氏に尋ねると、どうやら後者のようです。では、同社はどのような経緯をたどって、創業100年を超えるに至ったのでしょうか。順に見ていきましょう。

 

 

先代のころの主力は樹脂製

 

先ほどお話ししたように、折箱は薄い木を使って製造されるものです。ただし、須藤氏によると、先代が代表を務めていた時代、具体的には1970年以降は、取り扱いの主力は樹脂製の折箱に大きくシフトしたといいます。

 

「販売比率でいうと、およそ9割が樹脂製となっていました」(須藤氏)

 

大量生産に向いていること以外にも理由があったらしい。それは料理人にとっての扱いやすさでした。スドウの折箱はもともとオーダーメードが主流であり、発注するのは料理屋さんや仕出し屋さんなどです。料理人にとっては、樹脂製の折箱の方が料理を詰める際に楽という側面があります。昔ながらの木の折箱ですと、料理を収める場面で、折箱を汚さないよう、細心の注意を払う必要が生じます。汁などが折箱に付いたら簡単に取れませんからね。樹脂製の折箱なら、さっと拭いてしまえば問題ありません。

 

ただし、4代目に代わって「樹脂製を主力としたままで良いのか」という思いはあったそうです。折箱というのは基本的に、何度も使うものではなくて、一度の使い切りです。それを樹脂製として良いのかという話ですね。4代目は、昔ながらの木の折箱の存在価値に再び目を向けます。

 

すると、このタイミングで、時代はSDGs(持続可能な開発目標)を意識するものとなりました。使い手である料理人もまた、樹脂製ではない木の折箱に着目し始めたということなのです。

 

先代のころには販売比率の9割を樹脂製の折箱が占めていましたが、4代目となってからは木製や紙製の折箱が半数以上となりました。全てがとまでは言えないにしても、少なくとも主力商品が以前の同社のような形になったということです。

 

これをどう見るべきか。私は「時代が同社に追い付いてきた」と解釈すれば良いと感じましたが、須藤氏の解釈は異なるようです。

 

 

変えた部分はどこか

 

須藤氏は「時代が追い付いたのではなくて、純粋に『元に戻った』と表現すべきでしょうね」と言います。

 

どういうことか。つまり、100年という長いスパンで捉えれば、樹脂製の折箱が主力となっていたのはほんの短い期間だと須藤氏は考えているそうです。もともと木製なのであって、そこに近年の社会的な潮流が相まって、そもそもの状態を取り戻したという理解なのですね。

 

では、スドウの主力商品が「元に戻った」のは、SDGsの概念が社会に定着したという、いわば外的要因を受けての話にすぎないのかといえば、どうもそれだけではなかったようです。須藤氏は代替わりを機に、木の折箱の価値を伝えようと、いくつかの行動を起こしています。

 

まず、インターネット通販を始めました。また、これに伴って、オーダーメードが原則だった体制にも変化を付けました。オーダーメードは以前同様に受け付けつつも、同時に汎用タイプというべき完成版の折箱もラインアップに加え、それをネット通販で訴求することにしたのです。

 

そこには2つの意味がありました。

 

まず、1つ目は折箱を使う料理人がトライアル購入できるようになったという点です。オーダーメードとなるとハードルは高く感じられますが、これなら少ない個数を試し買いすることが可能になりますね。当然の話ですが、そこからオーダーメードにつなげる契機を創出することもできます。

 

2つ目は、完成版をネット通販することで、プロの料理人だけではなく、一般の消費者も木の折箱を購入できるようになりました。例えば写真のわっぱは、10個で2310円です。1個あたりが231円で、しかも使い切りの折箱ですから、日常的にお弁当を詰めるわけにはいかないにせよ、ここという特別な場面で手にすることはできます。私も実際に購入してみましたが、高揚感を演出できるのが面白く、これは覚えておいて良いかもと思えました。

 

 

売上高は伸びている

 

ここで気になるのが、同社の売上高です。4代目になって木の折箱に再びシフトした結果、どうなったのでしょうか。

 

「それが、年々伸びているんです」と須藤氏は言います。見事な話だと、私には感じられました。樹脂製の折箱が主力だった先代から方針転換し、しかも業績を好転させられたという点は見逃せません。

 

ちなみに一般消費者の購入比率を確認したら、5%程度だそうです。同社全体の売上高から見ればわずかかもしれませんが、それまで取りこぼしていたといえる顧客を少ないながらもつかめているわけで、これは「次につながる5%」と解釈して良いかもしれません。売り上げにも増して、木の折箱という存在を一般消費者にあらためて意識してもらえるきっかけにもなり得るわけですし。先ほどお話ししたように、木の折箱は樹脂製に比べて扱いづらい側面はあります。

 

「それでも、やはり木なんです」と、須藤氏は話を締めくくりました。それはSDGsのことや、木の折箱ならではの保湿機能のことだけではないと須藤氏は考えているそうです。

 

「木の折箱に料理が収まっている、そのことが1つの価値をつくるのだと考えています」(須藤氏)

 

確かに、須藤氏の取り組みは、その価値を広く再認識させる動きをつくったのだとも言えますね。

 

 

PROFILE
著者画像
北村森
Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。