今回は、私自身が関わった地域活性化プロジェクトの話をさせていただくこと、お許しください。
2015年、総務省が全国の自治体に声を掛けて「陳腐化している公共施設をリノベーションする企画」を募りました。審査を経て、採択されたアイデアは8件。その中の1つ、富山市が応募して採用となったのが「地元色を色濃く出したデリカテッセン(総菜。以降、デリ)の店を新たにつくる」という企画でした。街中にあるコンベンションホール「富山国際会議場」の1階に大きく手を入れて「ここにイートインスペースも設けた店舗をつくろう」というものです。
実際のプロジェクトに参画するのは、大手広告代理店や地元の民間事業者。いわゆる官民協業のプロジェクトというわけです。
名料理人たちが デリのメニューを考案
富山市出身の私に声が掛かったのは、同市が総務省の呼び掛けに対して応募することを決めた2015年夏ごろでした。
店舗のコンセプト策定、それと商品開発の全てを担ってほしいという依頼を受けたのです。
私に与えられた“お題”は「地元らしいデリの店を」という一言だけでしたが、初回打ち合わせに臨んだその場で、私の口からすらすらとアイデアが出てきました。
まず、「デリのメニューは単に『地元の食材を使う』『郷土料理をフィーチャーする』というものでは絶対に成功しません」と伝えました。そんな内容では、県外の旅行客はもちろん、地元の人がわざわざ店へ来てくれるとは思えない。では、どんなアイデアか。
ここ富山には、予約を取るのもままならないような料理店がジャンルを問わずたくさんあります。そうした名店の料理人に、デリのメニューを考案してもらう。実際に毎日製造するところまでをお願いするのは無理なので、調理は富山市内の弁当メーカーにお願いする……などといった内容です。
複数にまたがる名店の料理を一度の食事で楽しむことは、特別なイベントでもない限り不可能な話です。でも、この店に来ればそれができてしまう。名門料亭の一皿や、老舗フレンチの一皿などを一緒に楽しめる。つまりは「『毎日が特別な食のイベント』のような店舗をつくってしまいましょう」という話なんです。
何人かの関係者に尋ねたところ、こうしたコンセプトで常設展開するデリの店は、全国を見渡しても、まずないそうです。
さらには、プロの料理人から絶大な信頼を得ている鮮魚店にも参加してもらおうと考えました。毎日、新鮮な朝獲れの刺し身をこの店舗に直送してもらう、というアイデアです。
駄目押しは「朝から飲める」こと。富山の地酒、クラフトビール、それに現在注目を集めている地元産ワインを、朝から提供すると決めました。
今、大都市圏では気軽に1杯だけやれる「ちょい飲み」に対応する店が話題を呼んでいます。「女子向けちょい飲み」をアピールするカフェやファストフード店も珍しくなくなってきました。富山のこの店舗は、まさに朝一番から男子も女子もちょい飲みできる空間にしようと考えたのです。これは旅する人が「最初の1杯」あるいは「最後の1杯」を楽しむ場にもなり得ますし、また、地元の人にとっては、休日のちょっとしたブレークにもなり得ると踏んだのです。
富山の弁当メーカーが 名店の味を再現
私が提案したコンセプトはすぐに通りました。でも、ここからが苦難の道のりだったのです。
私の役目は、単にこうした発想を提示するだけではなく、その実現のために現場を走り回ることも含まれていました。
名店の料理人ともなれば、わざわざこのような店舗の企画に乗らなくても、その店にお客はひっきりなしに訪れています。料理人にとっての参画メリットは、実はあまりないわけです。
しかも、自らの手でこしらえるのではなく、第三者である弁当メーカーが毎日の調理を担うことになりますし、デリの性質上、料理をつくった瞬間にお客が口にしてくれるものでもない。
それでも17人の料理人がこの案件を快く引き受けてくれました。声を掛けたほとんどの料理人が応じてくれたことには、本当に感謝するばかりです。でも、ここからが大変でした。
地元には、いくつもの有力な弁当メーカーが存在するのですが、こうした仕事をやってくれるのかどうか。実は、私にはその勝算はありませんでした。それでも、「やるしかない」という思いだったのです。困難なく、当たり前のように成立する店舗をつくっても、仕方がないですから。
緊張しながら、地元大手の弁当メーカーに依頼をしに行くと、答えは「Yes」でした。後からその会社の社長に聞いたら「地元のためのプロジェクトだから、これは受けるしかない」と考えてくれたそうです。
弁当メーカーが最初に動いたのは、少量多品種生産の態勢をゼロから築くことでした。これがまず難儀な作業でした。本業である弁当は、たっぷりの量を一度に調理するスタイルですから、はなからつくり方が違うわけです。
そして、ここが一番のヤマなのですが、名料理人たちには当然誇りがあります。弁当メーカーの社長が、それぞれの飲食店に試作品を持ち込みますが、一発で商品化の了解を得られたケースは、ほぼ皆無でした。「おいしいけれども、自分の名前を冠して売るのであれば、もう少しこうしてほしい」といった依頼の連続。
この店舗では、それぞれのデリメニュー全てに、料理人の名前を明示して販売します。それだけに、料理人も真剣勝負なのです。レシピをただ提供して、ちょっとだけ味を確認して終わり、という話では決してないということです。
完売、また完売
弁当メーカーの社長は、料理人からの子細な依頼を受け、何度も試作を重ねました。メニューによっては5度持ち寄っても、まだOKが出ないものもありました。私は商品開発の責任者として、こうした試食打ち合わせの場に、ほとんど同席しましたが、正直、とても精神的にこたえる作業でした。「心が折れるとはまさにこのことか」と感じました。弁当メーカーの社長は、本当によく踏ん張ったと思います。「受けて立つ」というスタンスを一貫して崩しませんでした。
2016年4月15日、「コンパクトデリ トヤマ」と名付けられたこの店舗が、オープンにこぎ着けました。ただし、「“無事に”オープンにこぎ着け……」とまでは表現できません。開店初日に完成が間に合わなかったメニューも複数ありました。何人もの料理人から「ここまできたら見切り発車するのではなく、全員が納得いく完成度のメニューを出しましょう」と励まされました。そのため、今は毎日の営業のためのメニューと、まだ店に出せず引き続き完成を急ぐメニューを並行してつくっています。
思えば、多くの人から「実現は無理だろう」との指摘を受けた店舗でした。名料理人の一皿、それも多岐にわたるジャンルの料理を第三者が再現できるのか、しかも、それを毎日製造し続けられるのか。
オープンから1週間――。デリは連日完売しています。この勢いを保てるよう、地元の力を結集し続けていきたいと思います。