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タナベコンサルティンググループの経営コンサルティングの基盤となる考え方や経営トレンドに関するコラムです。
コラム 2024.05.01

Vol.102 必然性のある新規事業を

 

 

田中卒塔婆WORKS「最後の1粒まで取り出しやすい米びつ」

角のわずかな傾斜と金属製の受け皿でお米を最後までストレスなく取り出せる。お米を保存するのに好適な卒塔婆のもみの木の端材を使用。卒塔婆を100年以上手掛けてきた知識や技術が光る商品。2万9700円(税込み)

 

 

そこに今ある素材を生かす

 

ごく個人的な話から入って恐縮ですが、今、大学教員として学術書の執筆に臨んでいます。テーマは「起業」です。ゼロからの立ち上げの事例だけではなく、社内スタートアップや第二創業のケースも含んで研究を進めています。

 

その手始めとして、これまで取材を重ねてきた企業のことを振り返ってみたのですが、全ての事例に当てはまるとは言わないまでも、社内スタートアップや第二創業を巡って、ちょっと面白いことに気付きました。私が取材してきた事例に限って言いますと、「すでにそこに存在する素材」を生かして新規事業を立ち上げ、成果を上げた企業が目立ちました。言い換えれば、社内スタートアップや第二創業に挑むための種は、もうすでに足元にあった。また、それに気付いて大事に種を育てたという話だったわけです。

 

以前にこの連載でつづってきたケースから、少し見ていきましょう。

 

岡山県のカモ井加工紙(2022年4月号、Vol.79掲載)は、創業が1923年という100年企業です。創業期からの主力商品はハエトリ紙。その後は工業用マスキングテープでした。

 

それが2008年、それまで業界に全く存在していなかった文具用マスキングテープを発売して、国内外で大きな反響を呼びました。ノートや手帳などの装飾、あるいはギフトのラッピングにも使える「mt」シリーズは、あまりに有名ですね。「マスキングテープってこんなふうにも楽しめるんだ」と世の中を驚かせました。

 

ハエトリ紙、工場用マスキングテープ、そして文具用マスキングテープに共通するのは「和紙と粘着素材を使った商品」であることです。つまり、この展開には必然性があったと解釈できます。

 

東京都の日興エボナイト製造所(2021年7月号、Vol.70掲載)は、エボナイトを製造する日本でただ1つの町工場です。エボナイトというのは天然ゴムが由来の樹脂です。電気絶縁素材や楽器のマウスピースなどに使われていて、一定の需要があります。

 

ただ、石油から作られるプラスチックに押され、近年は市場が縮小。世界的に見ても製造工場は数えるほどしか残っていないと聞きます。

 

同社は2009年、エボナイトを美しく加工してペン軸にした万年筆を発売しました。自社ブランドとして初めての挑戦でした。これが海外でも評価され、国内の万年筆ファンも魅了。同社の業績は急回復を遂げたのでした。

 

 

美しく凝った作り

 

ここからが今回の本題です。写真をご覧ください。とても端正なデザインである木の箱ですが、これは何か。

 

米びつなんです。もみの木で作られていて、その名を「最後の1粒まで取り出しやすい米びつ」と言います。姿が美しいだけでなく、細部には技巧が凝らされてもいます。コメを収める本体内部に注目すると、実は底面に3度の傾斜を付けています。4つあるうちの1つの角に向けてわずかに傾いているのです。で、その角にぴたりと沿うような形状になっている金属製の受け皿があって、ここでコメを最後までストレスなく取り出せるという仕組みです。

 

米びつというと、流し台の下などにしまって使うのが常ですけれど、これならキッチンに飾って置きたくなるほどのデザインですし、何より、機能性にも心配りがあるのが良いですね。

 

値段は2万9700円(税込み)と結構立派ですが、2022年の発売以来、ギフト需要を見込んだ百貨店のバイヤーなどからの引き合いが徐々に増え始めたと聞いています。

 

 

卒塔婆(そとうば)づくりの老舗が開発

 

さあ、この美しい米びつなのですが、開発したのはどんな企業なのでしょうか。私は最初に驚き、次に納得がいきました。

 

この商品、東京の西側、日の出町にある田中卒塔婆WORKSの手になるものです。1912年創業の同社は、その社名からお分かりになる通り、寺などに納入する卒塔婆の製造に長年携わってきました。

 

社長の田中康太氏は同社の4代目です。100年を超えて卒塔婆という先祖供養のための商品を作り続けてきた会社が、どうして異分野であるキッチン用品の開発に着手したのか。

 

「本業である卒塔婆の需要に深刻な陰りが見えたわけではないんです」と田中氏は言います。事業としては4代目が継いだ後も順調なのだそう。

 

それでも「元気なうちに新規事業を立ち上げたい」という思いが強かった。

 

では、「どんな新規事業を?」と考えたら、答えは1つで、「もみの木という素材を生かすこと」(田中氏)だったのです。

 

卒塔婆に使われているのがまさに、もみの木だったのでした。だから、もみの木の素材としての特性はすでにしっかりと把握できています。加えて、「卒塔婆を製造していく中で、どうしても端材が残ってしまいますから、それをきちんと使い切りたいという狙いがありました」と田中氏は話します。

 

卒塔婆づくりの老舗が、それまでとは全く異なる木製の商品を開発する意味はあったのですね。でも、またどうして米びつなのでしょうか。

 

田中氏は言います。「それにも理由があって、もみの木には香りがほぼないからコメを保存するのに好適なこと、それと、もみの木には防虫と調湿の効果が期待できることです」

 

疑問は全部解けました。同社が米びつを新たに作るのには、ちゃんと必然性がありました。

 

 

これからの100年のため

 

ただし、単に米びつを完成させて売るだけでは訴求力が不十分と考えた田中氏は、デザインと機能性にも工夫を凝らしました。デザイナーと連携して、先にお伝えしたように使いやすさにも考慮した米びつをつくり上げたのでした。

 

「実はこの米びつ、1つを製作するのに2週間ほどかかります」(田中氏)

 

内部底面の傾斜だけではなくて、実は外部の細かなデザイン処理にも凝っていて、「業界関係者からは『このデザインと構造は変態だね』とびっくりされます」と田中氏は笑います。

 

ここまでの作り込みにあえて挑んだ理由は、私なりにとても理解できます。単に「もみの木は米びつに向いています」ですとか「卒塔婆づくりの老舗がつくる米びつ」ですとか、それだけでは弱いという判断だったのではないでしょうか。さらに一歩踏み込んで、「なんだかすごい米びつだ」と、そのデザインと使用感の双方に強さを持たせてこそという話でしょう。やはりヒット商品というのは、「ここまでやるか」と思わせるような気迫がにじんでいると、そこに力が宿ります。

 

田中氏は、この米びつをはじめとした新ブランドに、「MOMI100」と名付けました。「創業から100年を超え、ここからの100年を目指す」という気持ちをそこに込めたそうです。

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。