その他 2023.11.01

Vol.96 一人の潜在顧客に伝え続ける:ECBB

ECBB「#2GO」

キャリーバッグやベビーカー、自転車、ベルトループなど、独自に開発したクリップによってさまざまな物へ取り付けられる

 

 

「物語を紡げ」は正解か

 

広告宣伝費に大きなコストをかけられない中堅・中小企業にとって、新商品の存在をいかに広めていくかは悩ましい課題ですよね。

 

うまい具合にネットでバズって(情報拡散して)くれれば良いのですが、そう簡単にいくものではありません。

 

少なからぬ地域活性化の指南役の方は「商品のバックストーリー(物語)を紡いで伝えよ」とアドバイスを送っています。そのような場面に私もしばしば出合います。

 

ただ、私個人としては、このような考えに懐疑的です。「商品の作り手が物語を立てて発信せよ」というのは、いかにも正解のように感じられますけれど、それは間違いだと、私の経験上、確信を持って言えます。というのは、企業が物語を紡いで伝えたところで、多くの消費者はしらけてしまうのです。それは、その狙いを見透かすだけの眼力を、すでに大半の消費者が身に付けているからです。

 

もう少し正確な表現を試みましょう。商品が売れるのに物語が大事な要素を占めるというところは否定しません。問題なのは「誰がその物語を紡ぐか」にあります。「物語を紡ぐのは決して企業の側ではない。第三者である消費者であるべきだ」というのが、私の持論です。利害関係にはない一般消費者が自発的にSNSなどで物語を発信するからこそ、その投稿に共感する他の消費者が反応するんです。

 

ならば企業は何ができるのか。これはもう「消費者が物語を紡ぎたくなるような事実や素材を、淡々と、かつ愚直に繰り返して伝え続けるほかはない」と思います。

 

 

クラファンの難しさ

 

ただ、先述したことのほかにできることは全くない、というのは正しくないかもしれません。

 

発案した商品を少しでも世の中に知ってもらおうとする取り組みとしては、クラウドファンディング(以降、クラファン)がありますね。現在では主要なクラファンサイトだけでも100は優に超えると言われています。

 

クラファンとは、商品のアイデアを公開して、それに共感する人から少額の支援を受ける仕組み。日本では2011年にクラファンサイトが登場し、この10年強ですっかり定着しました。

 

ただ、クラファンでアピールすると言っても、現在ではなかなかに困難があります。クラファンサイトがこれだけ増え、公開件数も膨大にありますから、ややもすれば、せっかく公開した案件が埋もれてしまいがちです。かつてのように、クラファンに公開さえすれば多くの人が振り向いてくれると期待するのは禁物だという状況です。

 

しかし、こうした環境下で、さほど知名度が高くない企業が成功を収めている事例が存在します。今回取り上げたいのは、そうした事例の1つです。

 

どうして紹介するのか。それは私自身がもやもやしていて答えをずっと見いだせなかった部分に対して、見事なまでに「この手があります」と示してくれている事例だったからなのです。

 

東京都渋谷区のECBBという企業は、創業時からウェブIT関連を主力としてきました。ウェブビジネスの支援を得意とし、取引先が求めるネット上でのマーケティング広告の運用などに携わっています。

 

この同社が2015年、自らが商品づくりを手掛ける事業部門を立ち上げました。そして2018年に登場させたのが「#2GO(トゥーゴー)」という商品です。

 

 

日本で最も支援を受けた!?

 

この商品、ポーチにもスマホショルダーにもサコッシュにもなるというアイテムです。大事なポイントは、例えば製品をキャリーバッグのハンドル部分にくくり付けると、ハンドルを傾けても本体が垂直を保ち続けるというところ。製品に入れた飲み物の容器は、中身がこぼれる心配をしなくて良いのです。

 

これ、思いの外、便利に感じました。ペットボトルはもちろん、カフェやコンビニで買ったコーヒーを収めても大丈夫です。空港や駅などでの移動時、片手が空くのはありがたい。チケットを取り出したりする必要がありますから。うまく考えられた製品です。

 

で、この「#2GO」なのですが、2018年から何度か重ねて続けているクラファンでの支援額の総計が、3600万円にも上っています。「#2GO」の値段は4000円程度ですから、これは驚異的な実績だと思います。同社代表取締役CEOである松浦康裕氏は「過去の他社事例も調べましたが、『日本で最もクラファンで支援を受けたポーチ』と表現して差し支えないでしょう」と笑います。

 

私はここで松浦氏にどうしても尋ねたくなりました。ここまでの支援を受けられたのは、まず当然ながら「#2GO」の構造が絶妙だったことが一因でしょう。でもそれだけではきっとないはずです。

 

同社が創業時から培ってきたウェブマーケティングの領域に、何か秘策と言えるようなスゴ技があったのではないか。例えばSNSでバズらせる、隠された法則ですとか……。

 

 

地道な活動が実を結んだ

 

松浦氏の返答は、拍子抜けするほどシンプルなものでした。

 

「ドブ板というような戦術ですよ」

 

どういうことか。「クラファンを公開するたびに、SNSでつながっている一人一人に、個別にメッセージを送りました。一斉送信ではなくて、手抜きせずに一人ずつに挨拶文を入力しながらです」と松浦氏は言います。

 

なんだ、そんなことか、と考える人もいらっしゃるかもしれませんが、これはやろうと思ってもなかなか実行できるものではありません。結局のところは、一人の潜在顧客に向けて、伝え続けるほかないのだと、私は勉強になりました。地道な作業ですが、何より、これを実践した松浦氏がウェブマーケティングの旗手である点も忘れてはならない部分だと思います。効率的な手法だけが正解ではないという意味で。

 

伝え続けるという点では、松浦氏がもう1つ話してくれました。「ものづくりというのは、伝えきるところまでなんですよね」

 

クラファンと並行して、松浦氏は、業界関係者が集まる展示会や、消費者に直接語りかけられる催事に数々参加しています。この1年だけでも25件は出ているそう。

 

「朝から夜まで立ちっぱなしで話し続けています。反応が低かった催事では『どうしてだったのか』を考えて、そしてまた次のイベントに備えます」(松浦氏)

 

しつこいようですが、ウェブマーケティングの最前線に立っているはずの松浦氏がこのように動いているという話です。

 

伝えること、売ることに早道も魔法もないのかもしれない。でも、可能性を切り開ける手立てはちゃんとある。今回取り上げた「#2GO」の事例を通してそう感じました。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。