その他 2016.04.28

Vol.8 挑戦を受けて立つ:東大阪ブランド推進機構

今回は、どこにも売られていない“製品”のお話をします。
モノづくりの街として知られる、東大阪の町工場が力を合わせて挑んだ、あるプロジェクトのことをお伝えしましょう。以前、『経営視座』2015年7月号に紹介した事例の続編です。
東大阪ブランド推進機構という組織は、町工場の社長と東大阪市が中心となり運営されています。金属やプラスチックの加工を得意とする小さな町工場がひしめいている街らしい組織ですね。

 

 

 

あえて無理を

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モノづくりの街を支える東大阪ブランド推進機構が、2015年春、地元の小学生に呼び掛けた「大切なだれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」。230を超えるコンテスト応募作から、低学年部門で優秀作に選ばれたのが「カニニカ」。おばあちゃんに使ってほしい、カニの殻むき機だ。東大阪の町工場は、このアイデアをもとにして実際に製品をつくり上げた

 

 

2015年春、同機構は地元の小学生を対象に「大切なだれかのために考えた発明品」を募集しました。

東大阪の小学校に通う児童たちは、1枚の応募用紙に、思い思いのイラストを描きました。そして、誰のために、どんなものを思い付いたのか、短い作文に綴りました。このプロジェクトは初めての試みであり、同機構の理事たちが小学校に足を運んでお願いに当たったそうです。応募総数は230を超えたと聞きますから、かなりの反応だったと言っていいでしょう。

低学年部門で優秀作品に選ばれたのは、小学2年生の少年が考えたものでした。病気がちで手先が不自由になったカニ好きのおばあちゃんに、カニの殻むき機を贈りたい。そんなアイデアでした。

町工場の人たちがこの作品を選んだのには理由がありました。

今回のプロジェクトでは、ただ単に小学生のアイデアを表彰するのではなくて、町工場の力を結集して、その作品を実際に製作してしまおうという目標を掲げていたのです。

町工場を営む、同機構の理事はこう振り返ります。

「簡単につくれると分かるようなものではなく、町工場の技術をもってしても難しいものに挑戦してこそ、意義があるはず」

「確かにそうだ」と私も思いました。というのは、過去に東大阪の町工場を取材する中で、彼らからさまざまな話を聞いていたからです。

子どもが発案したアイデアを形にしてしまうという今回のプロジェクトには、3つの大きな意味があると、私は感じました。

 

 

3つの意味合い

まず、東大阪は「設計図のないものでもつくってしまう技術がある」とアピールできること。東大阪の町工場にとってはそれが自慢であると、常々耳にしてきました。

子どもが描いた1枚のイラストから実際に製品を完成させるのですから、まさに「設計図なしでつくれる」ことを誇示できます。

次に、東大阪には「横請け文化」が定着していると、内外に伝えられること。下請けではなく横請けです。東大阪では、1つの町工場が自分のところだけでは実現できないような困難さを伴う受注を得た際、隣近所の工場に声を掛けて、すぐさま協力態勢を整え、製品を完成させるのだといいます。子どもの考えた発明品をつくり上げるのには、まさにこの横請け文化がものをいいます。

そして何より「子どもたちの挑戦を、町工場のおやじたちが受けて立つ」ことを示せます。何にもとらわれずに自由に思い描いた小学生のアイデアを、実際に製品にしてしまいますよ、という話。これは子どもからの挑戦状を受け止めるということにほかなりませんからね。子どもにすれば、本当にうれしい話でしょう。そして、モノづくりの街で将来を担う世代を育てるという重要な意味合いも生まれてきます。

発明の主である少年は、この発明品を「カニニカ」と名付けました。「カニを食べたら、自分にもおばあちゃんにも、ニカッとした笑顔が浮かぶから」という理由だと本人から聞いています。

さあ、町工場はどう動いたか。設計図はない。小学2年生が描いたイラスト1枚と、ほんの短い作文だけ。熟練の町工場の面々でさえ、どこから手を付けていいか途方に暮れたそうです。

 

 

立ち往生も……

おばあちゃんが気軽に使えるカニの殻むき機をつくり上げるのは、機械づくりのプロが頭を抱えるほどに困難な道のりだったのです。「どうつくるかで悩んでしまうような作品こそ、優秀作に選ぶべきだ」と決意した町工場の面々でしたが、完成へのハードルはかなり高かったようです。

カニの殻をきれいにむける装置というのは、ごくごく一部に、畳何畳分ものサイズの産業機械があるくらいで、一般家庭の卓上に置けるような機器は全く存在していないそうです。つまり、お手本が存在しない、実質ゼロからのスタートということ。しかも、手先の不自由なおばあちゃんでも簡単に使えるのが、絶対的な条件です。

有名どころのカニ料理専門店を訪ねたり、とにもかくにもカニを買い集め、いろいろと試してみたり――。本業の仕事をこなす傍らで、文字通りの苦闘が毎日続いたといいます。

2015年12月。ようやくモックアップ(模型)を作成できました。するとここで風向きが変わったそうです。「刃の部分、ウチが協力できるぞ」「作動する部分に二重てこを導入すれば、非力なおばあちゃんでも手軽に操作できそう」といったふうに、東大阪の町工場の社長たちが続々と知恵を寄せてくれました。

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製作にはパーツごとにたくさんの企業が関わった

 

 

そして、2016年2月。カニニカはついに完成しました。東大阪を中心に、21もの会社が手を携えた結果でした。

この1台をつくり上げるのに掛かったコストは60万円。もはや町工場の意地だけで完成させたプロジェクトとも表現できそうです。東大阪の町工場の力をもってしても、実に10カ月もかかったわけですからね。

2月末、発明の主である小学2年生の男の子を招待して、カニの殻むき機の贈呈式がありました。私も実機を使ってみましたが、装置のアームを下ろすのに、ほとんど力が要らず、まさに誰でも簡単にカニの殻がむける機器となっていました。
カニの殻むき機の製作リーダーを務めた社長が言います。

「この東大阪の街をくるりと一周すれば、1つの製品が出来上がってしまうんだなあ」

この社長からかねて聞いていた別の言葉を、私はここで思い出しました。

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受賞した小学生が大人と一緒に「カニニカ」を組み立てる

 

 

20%の可能性なら

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実際に「カニニカ」を操作。きれいにカニがむけた

 

 

「私たちはね、注文が舞い込んだとき、『20%の実現可能性がある』とみれば、その案件を引き受けてしまうんです」

この話を耳にしたとき、私は正直なところ驚きました。わずか20%でゴーサイン――。

残りの80%をどう埋めて、どう完成に導くのか。それは、先にお伝えした横請けの精神を大事に生かすことに尽きるそうです。

東大阪では、20%の実現可能性がある案件であれば、あとは周囲の町工場との協業でどうにでもなる。いや、どうにかできてしまうように動ける、ということなのです。カニニカを見事につくり上げた東大阪の強みとは、つまりここにあるのでしょう。今回の発明品プロジェクトを通して、町工場の人々は、そのことをあらためて実感できた。だから、カニニカの製作には、大きな意義があったといえるわけですね。

「『20%』でも受けてしまう」という気概と、その背景にしっかりと根付く連携態勢――。とても勉強になる取材でした。

この発明品プロジェクト、同機構では、2016年も第2回となるプロジェクトを催したいと意気込んでいるそうです。

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発表会には数々のメディアが取材に訪れた

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アームを下ろすと、スウッ…カッという感じで、見事にカニの殻がむけた。この「カニニカ」製作に協力した地元企業は21社。完成するのに掛かった費用は60万円ほどだったという。「小学2年生の考えた発明品を実際につくり上げたことで得られたものは、本当に大きかった」と、町工場の社長はしみじみと話す

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。