城端別院 善徳寺
北陸の富山県南砺市にある「城端別院 善徳寺」(左)。サバのなれずしの仕込みの様子。なれずしを宅配便で受け取れる会員組織をつくるなど、人々の興味・関心を引きながら伝統や文化を今に伝えている(右)
現状維持では衰退する
私は年間に4~5案件の地域ブランディングを担当しています。現在担当している事例を少しだけお伝えしますと、まず、ある鉄道会社が新たに開業する商業施設の案件です。1階フロアの中心に地域の産品を一堂に集めたゾーンを設けるのですが、そのコンセプトワークと商品ラインアップの提案を私が担当しています。
もう1つ挙げます。鹿児島県の種子島にラム酒の蒸留所を立ち上げ、世界レベルで太刀打ちできるラム酒を製作しようと準備を進めています。種子島の主力産品はさとうきびであり、だからこそさとうきびを原料とするラム酒をこの島からと考えました。これは種子島にある製糖会社との協業によるプロジェクトです。
この2つの案件に携わっていて感じるのは「立ち止まっていては、いつか衰退する」という話です。鉄道会社の案件では、ただ単に主力の鉄道事業以外で収益を上げねばというだけではなく、今こそ地域を束ねるのだという気概を、開業準備チームの姿勢からひしひしと感じます。また、ラム酒の案件では、製糖会社は砂糖を作り続けていれば安泰というわけではない、地域から何かを成さねばという強い意思を、私は受け止めています。
名物は伝統のなれずし
ここからが今回の本題です。立ち止まっていてはいけないというのは、何も企業を巡る話に限らないと理解できそうな事例に出合いました。それは、地方の寺の取り組みです。古くから地域に根付く寺院が何を進めているのか。また、私たちはそこから何を学べるのか。順にお話しします。
話の舞台は、北陸の富山県南砺市にある「城端別院 善徳寺」です。城端という小さな町は風情ある雰囲気で、古くからの文化をそこかしこで感じ取ることのできる地です。そんな城端の中心にたたずむのが善徳寺で、1559年からこの地で歴史を刻んでいます。見るからに立派な寺院で、地元に暮らす人には大事な場所です。
では、この善徳寺がどんな取り組みに着手しているのか。
まず、この寺院は、明治の初期から毎年、5月の終わりになるとサバのなれずしを仕込んでいます。例えば2023年には、実に600尾のサバをおろすといいますから相当な量です。用いるのはサバ、コメ、塩、そして山椒の葉だけです。なれずしにしばしば加えられるこうじは使わないという、昔ながらの手法を守っています。
このなれずしは、7月の「虫干法会」を訪れる人に振る舞われるのですが、善徳寺ではそれだけで伝統を未来に伝えられるのかと考えたそうです。寺務長を務める石村宗明氏は次のように力説しています。「しっかりとこの習わしを伝承していくためには、この存在を広く知ってもらうことです」と。そこで、13年前からこのなれずしを宅配便で受け取れる会員組織をつくり、現在も続けているそうです。
寺がいわば自家で仕込むなれずしですから、単純に販売するという形態はそぐわない。ならば、なれずしの文化を支えてくれる人を募って、頒布しようというふうに発想したのですね。
石村氏に聞くと「現在では、遠く東京からも会員申し込みがある」と言いますから、一定の効果を上げていると表現して良いでしょう。ちなみに年会費は1万円で、なれずしの半身4枚を2回発送してくれるとのことです。希少ななれずしである上、半身でも結構な分量がありますから、会員が喜ぶことは想像にたやすいでしょう。なれずしは日本酒にもご飯にもとても合います。
寺院のDX
善徳寺の取り組みはこれだけではありませんでした。
この寺院には9000点を超える古文書があるそうですが、3年間かけて、それらの全てをスキャンしてデータ化したと聞きます。さらに協力者を募って、オンラインで古文書の解読作業を進めています。現在、協力を買って出て作業に当たっているのは40人超で、中には欧州在住の人もいるらしい。
「大きな寺院でも全文解読まで進めているところはそうないはずです」と石村氏は話します。しかもオンラインでという話ですから、これはまさに「寺のDX(デジタルトランスフォーメーション)」だと私は感じ入りました。
解読を進めた後は、善徳寺のウェブサイトで一般の人も閲覧できるようにしたいそうです。「それがかなったら、なじみのある地名などを検索して、古文書にその地のことが書かれている箇所を容易に発見できるようになります」と石村氏は話します。
善徳寺が手掛けている事業はまだ存在します。2022年に、寺院の広間を開放して、テレワーク用の専用空間をしつらえました。「言ってみれば、寺でのテレワークですから、これはテラワークですね」と石村氏は笑います。
庭に面した広間であり、自宅や通常のコワーキングスペースとは違う風情があり、ここで仕事してみたいと思わせる空間構成です。また、2023年秋にはB&B(宿泊+朝食)スタイルのホテルを境内にオープン予定です。よくある宿坊(参詣者の宿舎)とは趣がまた異なるでしょうから、国内外からゲストが訪れるのではないかと期待できます。テレワーク空間もホテルも、地元の事業者との連携によるものだそうです。善徳寺がスペース(土地)を提供し、事業者が設備を揃えて運営に当たるという形です。
そもそもどうあるべきか
ここまで挙げた取り組みですが、1つ1つを見ていけば、よその地域の寺院でも似たようなものはあるかもしれません。大事なのは同時並行で一気にここまでやっている点にあると私は思います。
石村氏は言います。「寺というのは、人が集ってこそなんです」と。
ああ、だからこそこうした事業を複数手掛けるのですね。希望する人になれずしを送り、古文書解読では海外の協力者をも集め、テレワーク空間やホテルで文字通り人が集う。単発の取り組みではなく、これらが合わさることで、人が善徳寺に関心を示し、結果として地域と寺が一体化する(時に地域をも超えて)というところが大事なのだと感じました。冒頭で使った表現を再び用いるなら、立ち止まっているままでは、寺院に人が集わなくなりかねないのです。
「人が集ってこそ」という石村氏の言葉に共感を抱いたのには、もう1つ理由があります。これは寺に限ったことではなくて、例えば製品やサービスの開発であっても「そもそも、その製品やサービスとはどうあるべきか」を真正面から考え抜く作業こそが、実はマーケティングの第一歩のはずです。善徳寺の場合は、「寺とは人が集うべきものだ」と踏まえたから、いくつもの事業を発案でき、実行に移せたわけです。
「そもそもどうあるべきか」を見据えることができれば、次の一手はおのずとつかめるという話です。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。