その他 2023.07.10

Vol.93 商品開発の目的と訴求点を明確に:丸越商事

丸越商事「地球履優」

ブランドネームである地球履優には「人に優しく、環境に優しいもの作りを追求し、お互いを尊重し敬意を持って積極的に関わり、幸せ・豊かさを持てるよう」との思いが込められている

 

 

DXやSDGsを取り入れる前に

 

このところ、経営者の皆さんからよく尋ねられることがあります。それは「DXやSDGsをどのように取り入れるのが良いか」という質問です。

 

私の専門は商品づくりの領域ですので、その範囲で申し上げるならば「ただ焦って何かをしても結果は必ずしも伴わない」「何をしたいのかがまずあって、その上でDXの導入やSDGsの理念実行が有効と考えるならば取り入れるのが良い」と考えています。

 

もう少し説明しましょう。DXにしてもSDGsにしても、元来の語義を踏まえると、どちらも「より良い状態をもたらす」ためのものです。例えば新商品の開発に着手する場面で、もしそれらとは別のアプローチが考えられるなら、何ら構わないわけです。

 

なぜあらためてこんなことを思ったかといいますと、先日、ある商品に出合ったからです。それは「地球履優」という高級サンダルです。1足1万9800円(税込み)からと結構立派な価格設定ですが、天然素材を生かしたサンダルで履き心地がとても良いのです。

 

この地球履優を製造・販売するのは、東京都台東区に本拠地のある丸越商事です。浅草雷門中店通りで3代にわたって和装履物店を営んできたといいます。

 

コルクなどをふんだんに用いたサンダルで、しかもブランド名が「地球履優」とくれば、SDGsを強く意識した商品なのだろうと想像することができますね。しかしながら、実際に話を聞いてみると開発当初の時点からSDGsを前面に打ち出すのを目的としていたわけではなかったようなのです。

 

 

下駄も靴もつらい

 

では、何がサンダル開発の原点だったのでしょうか。同社はこれまでもオリジナル商品を手掛けてきたそうですが、製作していたのは下駄などが中心でした。サンダルを手掛けるのは今回が初めてです。どうしてサンダルだったのでしょうか。

 

同社の2代目で代表取締役の佐藤克己氏はこう話します。

 

「理由は2つありました。まず1つ目は『下駄の鼻緒が痛く感じる』という声をしばしば耳にしたんです。2つ目は『靴を履くのがつらい』と高齢者がこぼすのを聞きました」

 

そこから佐藤氏は考えたそうです。「お年を召していても快適に使える一足が必要なのではないか」と。そうなると必然的にサンダルが候補に上がりますね。地球履優を作ろうと判断したきっかけはSDGsではなくて、下駄や靴の泣きどころを解消する履物を世に送り出したいという思いだったということです。

 

しかし、サンダルを開発するにしても、鼻緒のないタイプ(足の甲を覆うだけのサンダル)ですと、何かの拍子にすぐ脱げてしまいがちで、使い心地は必ずしも良くありません。ならば、足の親指と人差し指の間で鼻緒を挟むタイプにすれば良いかといえば、それでは話が元に戻ってしまいます。そもそも、鼻緒が足の指に当たって痛いのが嫌だという声がこの開発の契機だったわけですから。

 

ならばどうすれば良いか。佐藤氏の苦闘はここから始まりました。

 

鼻緒のあるサンダルにする。ただし、足の指が痛くならない。それを果たすためには「鼻緒が指に当たるところに縫い目を作らないことで解決できると考えました」(佐藤氏)

 

とは言うものの、それをどう形にするかが課題でした。本当にそんな仕様を物にできるか、試行錯誤を続けたそうです。

 

 

知財を取るまで四苦八苦

 

同時に佐藤氏は、その仕様を商品に落とし込む上で、知的財産権を取得しようと判断します。それが商品力をさらに強化すると考えたからです。

 

ところが、「知財当局に持ち込んでも『独自性はどこにあるのか』と何度も問われ、特許を拒絶されました」と佐藤氏は振り返ります。

 

最終的には「甲を覆う部分から紐を2本引き出すような構造とする」ことで、特許が通ったと言います。これによって、「誰が履いても痛くない」しかも「当社ならではの独自性がそこにある」と自信を持って語れるサンダルづくりの道が開けました。

 

そこで、さらに佐藤氏はこう考えました。「私たちのような小さな会社の商品を市場で認めてもらうためには、良い素材を使うしかない」

 

底材には屈曲性に長けたコルクを用い、甲を覆う素材にはミモザを使ってなめしたエコレザーを採用することを決めました。つまり、履き心地に貢献すると同時に環境負荷の少ない材料を選んだというわけです。そしてサンダルのブランド名を「地球履優」としました。

 

私には、この順序がとても興味深く感じられました。はなからSDGsを意識したわけではなくて、開発の原点はあくまで「どんな履物が今必要なのか」だったのですね。そしてさらに、商品の訴求力を高め、小さな会社発の新商品であってもきらりと光るように、知的財産権を取り、用いる素材も選び抜いたという話です。

 

中小企業が新商品を引っ提げて市場に攻め入るには、知的財産権が武器になるとか、環境に配慮する姿勢が必要だとか、良く言われていますが、それもこれも、そもそもの商品開発の原点が明快であってこそのものだと、私はあらためて深く感じた次第です。

 

 

急激に売り上げが伸びる

 

地球履優は、2019年の夏ごろ開発に着手し、そして2022年春に発売となりました。

 

コロナ禍の影響があってでしょう、発売当初は低調な動きだったと聞きました。もしかすると高い値段もマイナス要因となっていたかもしれません。

 

ところが、百貨店での販売が反響を呼び始めました。価格どうこうではなく、とにかく快適な一足が欲しいという消費者が振り向いたのです。そして年が明けた2023年からは、さらに興味を示す顧客が目立ってきました。

 

それはインバウンド消費です。浅草を訪れる外国人観光客が店舗にふらりと入ってきた場面で「『これ、パテント(特許)を取っていますよ』とひと言告げると購入していってくれるケースが増えました」(佐藤氏)。もちろん、試着したらすぐに理解できる履き心地が決定打であるのは言うまでもないでしょう。

 

佐藤氏によると、「2023年に入って急に売り上げが伸びて驚いた」とのこと。現在では製造が追い付かない状況になることもあるそうです。

 

これをただ単に「訪日外国人観光客が戻ってきたから」と片付けては、大事なところを見逃してしまうでしょうね。小さな会社が新商品づくりに挑むときには、「どうしてそれを開発するのか」「何を訴求点とするのか」という部分をしっかりと精査すべきであり、その点がぶれなければ、たとえ高価な商品でも消費者はちゃんとその存在に気付くということです。

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。