その他 2023.06.01

Vol.92 競合と手を携える:高知トマトサミット実行委員会

高知トマトサミット実行委員会「高知トマトサミット」

高知県内のトマト農家や野菜ソムリエが手掛ける本イベントは2023年で13回目の開催となった。(中央・左)厳選された高知県産のブランドトマト12種類の詰め合わせが、毎年好評を博している(右)

 

 

底力を示して業界に光を

 

2010年ごろから、日本酒の「共同醸造」が注目を浴びています。

 

本来はライバルである複数の酒蔵が手を携えて、一緒に日本酒を醸すプロジェクトのことです。こうした取り組みは全国各地で見られ、今も続いているところが少なくありません。個人的には山形県の4つの蔵が集って造る「山川光男」が好きで、よく口にしています。山川光男という酒の名はちょっと珍しい感じですが、4つの蔵の銘柄から1文字ずつ取って合わせたものだと聞きます。その味にも引かれますし、酒瓶のラベルに描かれているキャラクターの姿がまた楽しいのです。

 

こうした共同醸造では蔵が長年培ってきた酒造りの技術を他の蔵にさらけ出すことになるわけですから、少し前までは考えられなかった話かもしれませんね。

 

どうして、いわば門外不出のような技術の共有に踏み切ってまで、各地の酒蔵が共同醸造に臨んでいるかといえば、答えは簡単かと思います。戦後間もないころには全国に3000ほどあった日本酒蔵は、現在では3分の1程度まで減っているといわれます。当然、それぞれの蔵の経営も順風満帆とは必ずしもいえないところが少なくない。このまま手をこまぬいているわけにはいきません。共同醸造は、日本酒の底力を消費者に示す思い切った取り組みであると同時に、業界に光をもたらそうという狙いもあるわけです。

 

 

2011年から続くイベント

 

なぜこうした日本酒の共同醸造のことを思い出したのか。先日、全く別の業界のプロジェクトを目にしたからです。それはトマトの話です。

 

高知県は甘いフルーツトマトの生産で知られており、栽培に取り組む農家も多い地域です。そうした農家たちが集まって、2011年から「高知トマトサミット」というイベントを毎年催しています。規模を抑えた年もありましたが、2023年の春で13回目の開催を迎えたと言いますから、すでに定着したイベントと評価することができそうです。

 

2023年は20軒ほどの農家、地元JA(農業協同組合)が集結し、それぞれのトマトを並べ、訪れた人々が試食を楽しみました。このイベントは1日で1200人ほどが訪れるそうですから、かなりの成果ですね。また、このサミットは、高知市内の商店街で催す本イベントの他にも、開催日を変えて、県内外で縮小版のイベントも開いています。写真は2023年4月に行われた高知市内の商業施設での様子です。縮小版といっても盛況でした。

 

私も各ブースをめぐって試食を重ねたのですが、トマトって品種によって味が全然違うんですよね。それに、かじったときの食感の楽しさもまた異なります。

 

「そうなのです。たとえ同じ品種でも、育てる土で大きく違ってきますしね」と教えてくれたのは、実行委員長の大畑宏史氏です。大畑氏もまたトマトを栽培している人物であり、高知トマトサミット開催のために汗をかいてもいます。

 

それにしても、なぜまたトマトサミットだったのでしょうか。地域おこしのためでしょうか。いや、話を聞いていくと、そう単純なものでもなかったようです。

 

 

農家の姿勢が変わった

 

「高知トマトサミットの開催に取り組む前までは、農家それぞれが市場を取り合い、競争が続く状態でした」と大畑氏は話します。まさにライバル同士の関係であったわけですね。

 

「各農家は一匹おおかみのような存在で、交流もほぼありませんでした」(大畑氏)。そうした状態に変化をもたらしたのが、この高知トマトサミットだったということです。

 

「危機感が生じたからこそ、サミットの必要性を痛感しました」(大畑氏)。危機感とは次のようなものだったそうです。

 

高知県のトマト農家は、それぞれが「良いトマトを育てている」という自信を抱いていた。ところが、高知県外でも良いフルーツトマトが育てられるようになり、いつしか、高知県内のスーパーマーケットにまで、県外産のトマトが並び始めたそうです。

 

大畑氏は言います。「これで良いのか、という思いを私たち農家は強くしました。『トマトは高知』とあらためて伝えるきっかけをつくらねばとの一心で、農家が集まったんです」。イベント開催に反対の声も一部にはあったそうですが、それでも、これは地域のためにもなると説いて、実現にこぎ着けたそうです。

 

私が評価しているのは、この高知トマトサミットの開催が数回で終わらなかったところにあります。これは常々感じている話ですが、「一度成功した取り組みは、必ず二度三度と続けていくことが大事」なんです。いっときだけ盛り上がって「ああ、良かった」という気持ちで済ませてしまっては、そこに横たわる課題を解決したことになりません。

 

その意味でも、高知トマトサミットはよく頑張っていると思います。毎年春の本イベントだけでなく、先ほどお話ししたように県内外で縮小版のイベントに挑み、そちらでも集客の成果を上げていますから。

 

 

「1%」をどう捉えるか

 

大畑氏に話を聞く中で、私は意外なことを知りました。

 

フルーツトマトの産地としてこれだけ名の通っている高知ではありますが、大畑氏によると高知県のトマトの生産量は全国の1%程度にとどまっているのだそうです。それだけ他の地域でもトマト栽培が進んでいるということなのでしょうね。

 

「ただし、わずか1%でありながら、高知県のトマトには1つの特徴があるんです」と大畑氏は教えてくれました。この1%という生産量の中に、たくさんのブランドが存在しているそうです。農家個人単位でブランドを有しているケースもあり、まさに多種多様なのです。「だからこそ、こうしてサミットが開催できるんです」(大畑氏)。

 

こう知って、私は思いました。たとえ生産量が全国の1%でも、そのトマトにしっかりと相応の値段を付けて、消費者がお金を投じる。そんな「1%」であればビジネスが成り立つのです。高知トマトサミットの継続は、そうした流れを強固にするための取り組みだと理解しました。

 

そしてもう1つ、見逃せない話があります。この10年、ここに参加する農家たちの間で、トマトの育て方などの情報交換が一気に進んでいるそうです。「サミット」という名が示す通りの成果ですね。

 

 

PROFILE
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北村 森
Kitamura Mori
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。