その他 2016.03.31

Vol.7 足元の宝物を生かす:味の加久の屋|福田織物

ヒット商品を生む種は、一体どこにあるのか、という話。今回は2つの事例をご紹介しましょう。そのいずれにも共通するのは、ヒットにつながる素材は足元に落ちていた、というところです。

 

 

見向きもしない

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青森県八戸市に本社のある八戸缶詰の子会社「味の加久の屋」が手掛ける「サバのヴィンテージ缶」。 値段は3缶で2160円(税込)。缶には漁獲年が大きく記され、1年間、缶内熟成を経た後に出荷されている

 

まずは青森県八戸市のサバです。「安くて、しかもとびきりうまいサバ」として、人気を集めているのが八戸のサバなのですが、ほんの10年前まで、地元の人からは何の注目も集めない存在でした。港に行くと、荷箱からこぼれ落ちたサバが地面で跳ねていても、誰も見向きもしないような状況だったとも聞きました。要するに、ただただ値段は安く、地元庶民が普通に消費する魚。それも「えっ、今晩のおかずは、またサバなの?」といったふうに、いい加減、飽き飽きされているものだったということです。

風向きが変わったのは、2006年のことでした。

この街に、1人の大学教員が赴任しました。スーパーマーケットにて激安価格で売られているサバを何気なく食べ続けるうちに「何だこれは」と感じたそうです。他の地で口にするサバに比べて、明らかにうまい。
この教員は、試験場にサバを持ち込み、八戸のサバの特性を調べました。そうしたら、すぐに分かったことがありました。八戸のサバ、粗脂肪率が軒並み20%を超えていたのです。一般的なサバの場合は12%ちょっとですから、これはかなりの数値です。

良質の脂が乗っていることが、客観的な数字で明らかになり、この教員はすぐに動きました。地元の商工会議所、そして食の業界と連携し、八戸のサバの価値を見直そうという活動を始めたのです。その結果、地元の人はもちろん、観光客や出張客の間でも、サバの存在感がぐっと高まり、今ではちょっとしたブランド魚として人気を得るに至っています。

こうした事例、他の地域でもあります。漁師も消費者もそっぽを向いていた下魚だったのが、実はおいしいことに誰かが気付き商品価値が高まっていくという話です。八戸の場合で言えば、大学教員の働き掛けに、地元がすぐさま呼応したところがポイントであったと思います。

 

 

ヴィンテージ缶詰

秋ごろに旬を迎える八戸のサバですが、これを年中おいしく食べられる商品があります。それは缶詰です。地元の八戸缶詰の子会社「味の加久の屋」が、実に面白い缶詰を開発・販売しています。それは「サバのヴィンテージ缶」というもの。
ヴィンテージというのは、ワインでよく使われる言葉ですね。特定産地のブドウとその収穫年を記すことで、出来上がったワインの品質を伝えるのが目的です。

では、サバ缶のヴィンテージとは何か。漁獲年を明記した上で、一定期間、缶内で熟成をさせ出荷するというのです。なんだかワインに似ていますね。
具体的には、まず秋に獲れた旬のサバを生の状態のまま缶に手詰めします。かつてサバ缶は、缶に入れる前に蒸すという工程があったそうですが、これだと作業が楽な半面、サバのうまみが逃げてしまいます。それで、下処理をした生のサバを詰めた上で、水煮する手法を取るそうです。

出来上がったら缶を密封し、この状態で1年程度熟成させてから出荷。そうすると、サバがいい具合に練れて、味わい深くなるといいます。

実際に「2014年もの」を購入して食べてみました。なるほど、面白いほどにクセがなく、味が澄んでいます。しょうゆをわずかに垂らすだけで、ご飯がぐんぐんと進む感じ。もともとの材料となるサバを選び抜いているのでしょうけれど、缶内熟成の効果は、素人でも十分食味の良さを感じ取れるほどです。

徹底しているなあと思ったのは、このヴィンテージ缶、2015年ものは存在しないそうです。同年はサバが不漁で、大きな魚体のものがなかなか入手できない状況にありました。そのため、ヴィンテージ缶の製造を泣く泣く諦めたというのです。こうした判断を躊躇(ちゅうちょ)なくできるからこそ、八戸のサバ缶が高い評価を得ているともいえるでしょう。

 

 

捨ててよいのか

もう1つの事例に移りましょう。静岡県掛川市にある福田織物の『気まぐれ手拭い』です。

何が気まぐれなのかというと、まず、いつ販売されるかが全く分からない。

同社は、「掛川コットン」と称される上質なテキスタイルを製造する企業です。その手触りはシルクを連想させるほど。綿の良さを生かし、繊細な織物をつくり出しています。欧州などでもプロの目にかなっているそうです。
掛川コットンは、日本国内ではそれほど知られていない存在ですが、それでも大都市圏にある百貨店の催事で取り扱われると、固定ファンがこぞって買い求めにくるともいわれています。

さて、そんな高級素材である掛川コットンが、なぜ手拭いという商品になっているのか。
「布や糸の余りをゴミとして捨てるのは忍びない」という社長の考えのもと、残った素材を活用して手拭いや軍手をつくっているのだと聞きました。ただし残布が出ないときには、どんなに引き合いがあっても、販売休止が続きます。
気まぐれである、もう1つの理由。そんな背景がある商品だけに、どのような素材・柄になるかは、その時次第となります。購入して初めて分かるということです。

この気まぐれ手拭い、福田織物の公式通販サイトで、まさに「気まぐれ」な状態で販売されているわけですが、発売からわずか数日で売り切れてしまいます。それだけ、注目している消費者が多いということでしょう。隠れたヒット商品ともいえますし、掛川コットンの魅力を手軽に実感できるという意味では、消費者にとってありがたい商品とも表現できます。

何より痛快なのは、もともと捨てるはずだった素材を、こうして商品に生かしているところ。ヒット商品の種は足元にあった。いえ、足元どころか「ゴミ箱の中にあった」ともいえるのです。

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静岡県掛川市の福田織物が製造・販売する『気まぐれ手拭い』。いつ売り出されるか、どんな柄のものが届くかは、まさに“気まぐれ”。シャツやストールなどの製造過程で余った部分をためておき、手拭いに加工し、販売する。値段は2160円(税込)

 

まさに「気まぐれ」

私、何度か、この気まぐれ手拭いを購入しています。
最初の購入時に届いたのは、かすりのような風合いが魅力である“先染めの糸”を用いた、美しい手拭いでした。これがまた、さらりとした触感で肌にとても優しい。手拭いですから、寸法は約35cm×100cm(生地によってサイズが異なります)と結構大ぶりなのですが、生地そのものが薄くできているため、小さく折り畳めばポケットにもどうにか入ります。使い勝手の上でも、とても重宝する存在です。素材が綿だけに洗うのも簡単ですし、出張先でさっと水洗いして干しておけば、すぐに乾くのもよい。

また、別の注文時に届いたのは、薄く透けるような風合いの、ブルーの手拭いでした。これがまた美しくて、使っていると様になる。どんな色・柄の手拭いが梱包されているのか、それが注文する楽しみにもなっています。

八戸のサバ、掛川の手拭い。そのどちらも、うっかりしたままだと、価値ある商品として世に出ていなかったかもしれません。

新商品で勝負をかけようとする場面で、人はややもすれば、何か新たなテクノロジーなり、新たな素材なりを探し求めがちです。時には無理やりに話題性ばかりを追おうとするかもしれません。

この2つの事例は、今すでにあるものを使うことで、十分にヒットを生み出せることを示しています。私自身、勉強になりました。

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。