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旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
その他 2023.01.05

Vol.87 「無理」に挑む:秋田由利牛振興協議会

和牛界の刺客 秋田由利牛

「和牛界の刺客」という思い切ったブランドコピーは、地元のクリエーティブ企業が何度も案を出して決まった(左)。赤身は地味深いけれど穏やかな味わいであり、脂が強く見える部位も舌にとても優しい(中)。秋田由利牛のホルモンはさらさらと口の中を通りすぎていくほどに上品でしつこくない(右)

 

 

上勝町が示した教訓

 

この連載で前回(2022年12月号)、私は「地域発のプロジェクトで大事なのは『続ける』ことにある」とつづりました。

 

では、続けるためには何が必要か。ここはまた難しいわけです。普通に考えれば「可能な範囲の目標を立てて、息切れしないようにする」のが重要な気もしますね。すぐに頓挫しそうな高い目標を立てても、いざ実行に移そうとするとおじけづくかもしれませんから。

 

でも、全国各地の取材を続けていく中で、実は真逆なのではないかと思い至りました。むしろ、一見無理に感じられるような高い目標を設定する方が、プロジェクトの推進力を得られるのではないか、と考えるようになったのです。

 

それが確信に変わったのは、徳島県上勝町を訪れた場面でのことでした。人口わずか1500人、徳島市から車で1時間ほどかかる山あいの集落。この上勝町は2003年に「ゼロ・ウェイスト(ごみゼロ)宣言」をしました。当時、日本の自治体では初めての取り組みだったこともあり、国内外の注目を集めました。生活の中で出たゴミをリサイクルして、町のごみをゼロにしようという挑戦をスタートさせたのです。

 

普通に考えれば、ごみをゼロにするのは現実的な目標ではなかったかもしれません。でも、誰もがびっくりするようなゴールを掲げたことで、自治体も、町に暮らす人も本気になった。もしこれが「ごみ半減」というスローガンだったら、ここまで真剣に、しかも約20年間も、この取り組みは続いていたでしょうか。いや、その方がかえって、途中で諦めてしまっていたような気もします。

 

町の関係者はこう言います。「決断する勇気がこの町にはありました」。まさにそこですね。退路を断つような旗を掲げることは、やはり大事です。

 

ちなみに、上勝町では現在、ごみの20%はリサイクルし切れていない状況だそうです。しかし、「もし、『ごみ半減』が当初目標だったら、ここまでの進展は決してなかった」と町の人は力説します。

 

思えば、前回(2022年12月号)の連載で取り上げた3つの事例いずれも、確かに「無理」を承知でゴール設定しているところが共通していました。

 

東大阪ブランド推進機構に参加する町工場の経営者たちは、完成させるのが難しいと分かっていながら、ある小学生の発案したアイデアをあえて形にしようと決めました。北海道で紋別タッチの人気が続いている影には、1年以上もの間、空港デッキに毎日立ち続けて搭乗客を出迎えた地元ホテルの常務の努力があった。八丈島のレモンフェスは、コロナ禍という制約の中でも第2回を催すことが肝心と踏ん張り、成功に導いています。

 

 

実現不可能という反論

 

ここからが今回の本題です。私自身が携わっている案件のことをお伝えすること、お許しください。

 

秋田県に「秋田由利牛」という銘柄牛があります。経済産業省東北経済産業局が支援する地域ブランディング事業の一環として、私は2022年3月までの3年間、秋田由利牛のプロモーションを進める専門家メンバーの1人として活動しました。

 

皆さん、日本全国に銘柄牛と言われる存在って、どれくらいあると思いますか。30?50?100?いえ、300を超えているのです。そんな状況下で、知名度で劣る秋田由利牛をどう売り込むのか。

 

3年間のうち、最初の1年は議論が空転しました。地元の生産者や自治体が「どうやって、よその銘柄牛と差別化すべきか、見当が全くつかない」という話でした。

 

でも、2年目に入って、私は気付きました。銘柄牛だろうが、その他の産品だろうが、極端な表現をすれば、そもそも差別化なんてできっこないのです。はなから差別化を狙おうと考えると、議論は袋小路にはまってしまいます。

 

だったら、よその牛を気にして振り回されるより、よそがどうだろうが、秋田由利牛の持ち味は何かを徹底して考え、それを魅力と言い切ろうと私は提案しました。

 

実際に食べてみると、はっきり実感できたことがあったからです。それは「秋田由利牛は食べ飽きない」こと。赤身も脂身も、そして内臓も、思った以上にすっきりしていて、老若男女、どれだけでも口にできる感じなのです。

 

 

業界の常識を破る

 

そこで「まるごとおいしい」をテーマに据えて、クラウドファンディングで、1頭の牛をそれこそまるごと提供するという施策はどうかと提案しました。

 

ところが「それは無理です」と地元関係者に諭されました。なぜか。食肉業界では、精肉と内臓は全く別の流通経路をたどるのだそうです。だから、ホルモンやテールなどを含めてまるごと提供というのは、現実的には不可能と言うのです。確かに言われてみれば、松阪牛や神戸牛のホルモンとうたうような一皿には、まず出合いませんね。私が秋田由利牛の内臓を口にできたのは、かなりの偶然だったらしいのです。

 

「実現不可能なのか……」と諦めかけたところで、会議に参加していた秋田有数の食肉卸である秋田かまくらミートの社長・村上政勝氏が手を挙げました。「やってみましょう」。

 

村上氏はこう言いました。「確かに、精肉と内臓は別ルートの流通経路をたどりますが、関係各所にあらかじめ話を付ければ、経路をしっかりと確認しながら同社が仕入れる段階で再度『まるごと一頭』という状態にできるかもしれない。かなり困難だが、挑まない手はない」。そして村上社長はそれを実際に完遂して見せました。

 

クラウドファンディングで集まった支援額は約135万円。目標額を達成しました。これによりブランディング事業に勢いが付き、次は向こう10年以上使うことのできそうなキャッチコピーづくりに着手しました。

 

議論を重ねた末に完成したのは「和牛界の刺客 秋田由利牛」というもの。1990年代までの霜降り肉ブーム、2000年代以降の赤身肉ブームの次に来るのは、「食べ飽きない肉質である秋田由利牛的なる存在だ」とのメッセージをそこに込めました。

 

 

「続ける」ための取り組み

 

で、ここからです。東北経済産業局によるブランディング事業は、先ほどお伝えしたように2022年3月で終わりました。でも、話はそこで完結しませんでした。

 

まず何より、秋田かまくらミートの村上氏は、3年間のブランディング事業をバネに秋田由利牛のさらなるPRに挑み始めています。「クラウドファンディングでの成果をそれ限りにするのはもったいないから」との判断です。

 

また、ブランディング事業のメンバーだった地元企業の社長は、秋田由利牛の六次産品化を進めています。そして私は、同じメンバーだった秋田大学の教員と、今回の事業をテーマにした共同研究を始めることを決めました。

 

無理をしたから、その後も各所が動いている。そういう話です。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。