I.S.U.house上柳
2代目の手掛けた新商品第1号の「マカロンザブトン」と、第2号の「たまごすつーる」(左)。マカロンザブトンは、3つのパーツに分けることができ、使わないときには重ねてマカロン型のスツールになる(右)
2代目の意外な夢
今回は、職人技を商品作りに生かした椅子の話です。事例からつかめるヒントを一緒に見ていきましょう。
東京・練馬区に本拠を構えるI.S.U.house上柳は、椅子張り職人が奮闘を続けている中小企業です。代表は上柳征信氏。父親が創業者で、彼が2代目です。
培ってきた技術が高い評価を得て、大使館からの案件などを数々受けていますが、顧客の主軸は一般の消費者であると聞きました。安価な家具が全盛という時代ですが、手仕事による椅子を求める消費者はまだまだいるという話です。
手作りによる椅子なので値段は相応に高くなります。そのこともあって、「ぽんぽんと売れるものじゃない」(上柳氏)のですが、購入者からその後に修復や張り替えを依頼されるケースも多く、購入客とは長い付き合いが続いているそうです。
上柳氏が同社の2代目として跡を継いだのは2010年のことでした。彼は言います。「自分の夢がありました」。それは、展示会に出ることだったそうです。
そんなシンプルなことが、ご自身の夢とまで言うほどの重要なものであったのですか。それはなぜ?
「自分の手を離れたところでも、手掛けた商品がどこかの店に置かれて、それがお客さまの手に渡っていく。そのような販売の形をかなえたかったんです」(上柳氏)
私はこの言葉に納得できました。順に説明しますね。
業界を問わず、ものづくりに携わる人から私がよく聞くのは、上柳氏の話とは真逆で「自分の手の届く範囲で、責任を持って商品を届けたい」という声です。出来立てが勝負になるような食の分野に限らず、こう言う経営者は少なくない印象もありますし、その思いも分かります。
一方、上柳氏の場合、そうした態勢はそれこそ先代のころから確立していたわけです。ならば2代目としては、自らの元を離れて商品が巣立っていき、誰かが誰かにその魅力を伝えてくれるようにしたいと考えるのは不思議ではありません。
「(職人である)自分がそこにいなくても売れる、そんな商品があったらという気持ちでしたね」(上柳氏)
11万円の座布団を開発
ここが実に興味深く感じられた部分です。物の売り方の正解は1つではない、という意味において。ただ、そのためには同社の存在がたちどころに伝わるような、何らかのアイコンが必要になります。そのため、上柳氏は顧客からの受注によって仕上げる椅子の他に、オリジナルの新商品をものにしようと判断しました。不可欠なのは、自身の技術力を余すところなくつぎ込んだ商品であること。加えて、展示会や売り場に訪れた人の視線をしっかりと捉える商品であること。
2013年、上柳氏は「マカロンザブトン」を完成させました。まさに洋菓子のマカロンのような三層構造で、それぞれのパーツを分けて座布団としてもクッションとしても使えるという作りなのが特徴です。
最近、同じようなマカロン型のクッションをよく見かけますが、上柳氏はマカロンザブトンを完成させる上で何かを参考にしたのでしょうか。
「いえ、自分で考えました」と上柳氏は答えます。この商品が登場したのは2013年ですから、類似品より早い段階での発売と見ることができます。
驚くべきはその価格。税込みで11万円と言います。一体どんな商品なのでしょうか。手にしてみました。
まず、張られている布が立派で、しかも手触りがすいぶんと滑らかです。聞くと、フランス直輸入の生地を使っているそうです。
次に、作りが相当しっかりとしていることをすぐに実感できました。布の張り具合などのディテールにまで抜かりがない。これは手作業の成せる業なのでしょうね。
そして、機能面にも抜かりのない印象がありました。滑らかな生地と先ほどお伝えしましたが、床面やソファに置いても滑らずに使えます。
おいそれと支払える値段ではないものの、「これが10万円超の品質か」と理解することができました。実際に触れて座ってみると、かわいい形状というだけに終わらない、職人の本気度が伝わってきます。
このマカロンザブトン、展示会に出展したり百貨店で売ったりすると、通りかかる人が「なんだろう?」と注目してくれたそう。「そこに置いておくだけで関心を寄せてくれ、それだけでもうれしかった」と上柳氏は振り返ります。
第2号商品がブレイク
その価格設定もあって、ひっきりなしにマカロンザブトンの注文が入るという状態では決してありません。その意味ではヒット商品とは表現しづらいですね。
しかしながら、この商品を世に送り出した意味は確実にありました。上柳氏が最初に目指した通りの形で、同社の技術力は明らかに業界内に伝わっていったからです。やはりマカロンザブトンの存在が大きかったからでしょう。
あるとき、東京・銀座の百貨店から声が掛かりました。「何か新商品を作れますか」という問い合わせがあったのです。
上柳氏はここで考えました。その結果できたのは、座面をたまごの形にしたスツールでした。ちょっと座るにも足置きとして使うにも優しい風合いにし、別売りの脚を用いれば高さを変えられるようにもしました。これが2015年に発売した「たまごすつーる」です。
値段は税込みで5万5000円します。小さなスツールですから、これもまた人によっては高いと感じられるかもしれません。でも今度は動きが出ました。当初の予想を超えた反応が続いたのです。
百貨店などのカタログギフトに採用され、注文が途切れない状態になりました。自分で購入するにはためらいのある値段ですが、新居祝い、あるいは出産祝いなどに格好の存在であると、消費者が捉えたのです。
単体で成果を捉えない
ここで確認したいことがあり、私は上柳氏に尋ねました。「さほどの数がさばけていないマカロンザブトンも発売して良かったと捉えていますか?」
「良かったと間違いなく思います」と上柳氏は力を込めて語りました。「この商品に仕事仲間までもが注目してくれましたからね」
さらに言えば、マカロンザブトンがあったからこそ、次のたまごすつーるが生まれたとも確実に表現できます。そしてこの商品の登場によって、上柳氏は2代目としての夢を果たせた。自分の手を離れたところで、商品が広がりを見せたわけです。
新商品の開発に当たっては、決して単体で成果を見極めるべきではないと学ばせてもらいました。