その他 2022.07.01

Vol.82 独自性ある商品の作り方 トーヨ

トーヨ「からだも拭けるウェットタオルジャンボ」

未開封であれば5年間保存できるため、日常使いだけでなく災害備蓄用品にも適している。開封した状態であれば、小袋のまま電子レンジで温めることができる

 

 

成熟分野のヒット商品

 

いわゆる「成熟商品の分野」で新たなヒットを飛ばすのは、容易なことではありません。

 

大手から中堅・中小まで、あらゆる企業が開発を競っていますし、手はもう出尽くしたとも考えられるからです。そうなると、低価格競争でしか生き延びられない、そう考えてしまいがちですね。

 

機能面での争いが行き着くところまで到達して、値下げ競争に陥ってしまう状況を「コモディティー化」といいます。コモディティー化が目立つ商品領域で事業を健全に成長させていくのは、どうしても難しいものがあります。では、もう打開策はないのかというと、そうとは限りません。

 

本連載で過去につづった花屋の事例を、いま一度お伝えします。簡単におさらいさせてください。

 

徳島県の地場の生花店である花由は、同県を中心に十数店舗を展開しています。同社がネット通販で発売した「そのままブーケ」という3000円台の手頃な花束があります。これがネット注文だけで1日平均100件受注というヒット商品に育った。

 

ところが、現地取材に赴くと、担当者の方は「どうして売れているのか、私たちも全く分からないんです」と困惑の表情を浮かべていました。というのも、そのままブーケが掲げる特徴は、もうすでに他店も多く取り入れているものだと言うのです。

 

花瓶が不要で花束が自立する、水も栄養剤もいらない、注文客に実際に送る花束の写真を送信してくれる、午後3時までに注文すればその日のうちに発送する。こうした4つの持ち味は、聞けば「他の生花店もやっています」とのこと。

 

ここで私が花由の担当者に尋ねました。「では、この4つ全部を残らずやっている店は、他にもありますか?」。すると、担当者の顔が急に明るくなったのです。「ああ、4つとも全て打ち出しているのは、言われてみれば当社だけです」

 

そういうことです。つまり、たとえ他社もやっているような事柄であっても、それを愚直に1つずつ潰すように対応していくと、商品開発担当者本人も気付かないうちに、独自性ある商品が完成している、というケースがあるのです。

 

 

大きなウエットタオル

 

コモディティー化が進む中で「やれることを全てやる」というモチベーションは生まれにくいかもしれません。なにせ低価格競争の真っただ中にいるわけですから。でも、その隙間を突くようにして商品開発を突き詰めていくと、自分たちも予想しなかったような独自性を商品に込められる可能性が実はある、という話ですね。

 

今回の本題はここからです。先日、ある商品展示会で私が注目した商品が、まさにそのような状態でした。

 

商品名は「からだも拭けるウエットタオルジャンボ」といいます。トーヨ(愛媛県四国中央市)という企業が開発・販売しており、実勢価格は20本入りで798円(税込み)です。

 

写真をご覧ください。パッケージは手のひらに乗るほどのサイズで、これだけ見れば、もうごく普通のウエットタオルそのものです。そして、こうしたウエットタオルって、もうコモディティー化もいいところといった印象もあります。大量生産の力を武器に、ただただ安値で卸すしかないのではないかと思います。

 

ところが、この商品はここからが違います。パッケージを開いて中身を取り出すと、60cm×30cmと予想よりかなり大きいのです。さらに言うと、このウエットタオルに含ませているのはほぼ水で、無香料かつアルコールも不使用とあります。

 

 

他社商品との違い

 

そう聞くと、この商品の使い道は多岐にわたることが想像できるかと思います。

 

まず、香りに敏感な方や肌が荒れやすい方でも全身を拭いたりするのに躊躇なく活用できます。

 

パッケージのサイズがコンパクトなので、子育て中の親御さんが外出時に使ったり、アウトドア好きの人が荷物にしのばせたりできます。

 

さらに、5年間保存できるパッケージを採用しているので、災害時のための備蓄アイテムにもなるということです。私、これはありそうでなかった商品に思えました。

 

さっそく同社を取材しました。社長である長野良三氏のほか、開発陣や営業担当者の皆さんに話を聞いていったのですが、結論を先に言えば、それがまさに冒頭でお伝えした、そのままブーケと同じようなケースだったのです。

 

まず、これほどのサイズの商品は過去にあったかと尋ねたところ、一部の他社がすでに出していたとのことでした。大きなサイズはオリジナルの発想ではなかったのですね。

 

では、素材はどうか。「このウエットタオルは体を難なく拭けるほどに分厚いのですが、これこそ他にはない特徴なのでは?」という問いにも、以前からあったと返答がありました。

 

だったら、香料もアルコールも使っていないウエットタオルとしてはどうでしょうか。それこそ同社だけのものだったのではないかと踏みましたが、それも他社がすでに出していたそうです。

 

 

愚直さが独自性の鍵になる

 

こうして取材を進めていくうち、長野氏以下、社員の皆さんの顔が曇っていったのですけれど、ここまでのやり取りを続けた上で、私は最後の質問を投げかけました。

 

「60cm×30cmと大きなサイズで、しかも分厚く、なおかつ無香料でアルコール不使用。さらには5年間保存ができる。このような特徴を1つ残らず、全てそろえたウエットタオルはありましたか?」。こう尋ねたわけです。

 

そうすると、同社の皆さんがしばし話し込んで、その後に長野氏はこう断言しました。

 

「私たちが知る限りでは、よそには存在しません」

 

やはりそうでしたか。

 

実は、花由のそのままブーケの成功は現代のおとぎ話のような事例と私は感じていました。でも、全く別の商品分野でも、こうした痛快な商品をものにできるのだと、あらためて実感した次第です。

 

今回の商品も「たとえ他社がすでにやっていることでも、愚直なまでに商品特性を積み上げていけば、その結果として独自性ある商品が完成した」と表現して間違いないでしょう。

 

成熟商品の分野では「もはや唯一無二となるような存在を生み出す余地はない」と考えがちですけれど、まだまだ道はあるということをご理解いただけたのではないでしょうか。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。