その他 2022.05.02

Vol.80 「5%」の差のために:マテリアルスポーツ

マテリアルスポーツ
スキー板「ID one」

製品は日本で開発・製造されている純粋な日本製。ハートを逆さまにしたようなブランドロゴはidの文字を表現している。左はマテリアルスポーツ社長の藤本誠氏

 

 

会議で頻出する言葉

 

私は地域産品をブランディングするための会議によく招かれます。そうした場で出席メンバーから必ずと言って良いほど出てくる言葉が2つあります。1つは「物語を作らねば」、もう1つは「差別化できているか」です。

 

どちらも、ブランディングの局面で大事な要素とされていますね。消費者は、商品開発の背景にある物語(バックストーリー)に引かれるからこそ、それを手に取る。あるいは、他の商品との違いが明確でないと、その存在意義は薄れる、というふうに。

 

どちらも間違いではないのですが、この2つにとらわれてしまうがために、ブランディングが誤った方向に行く恐れがあることもまた、私たちは意識しておかないといけません。

 

まず、物語という点においては、「物語を作る」という姿勢に無理があるのです。商品のバックストーリーとは、開発時点ですでに自然と備わっているべきものであり、商品の作り手が後付けでひねり出すものでは決してないはずです。

 

物語作りが必須だからと練り上げたストーリーでは、SNS全盛時代の今、消費者にそれを見透かされ、また、しらけさせてしまいます。物語を作るのは消費者で、企業はそれを下支えするための事実を淡々と伝える程度にとどめるべきだと私は確信しています。

 

もう1つの差別化というのが、また厄介です。差別化はマーケティングの教科書に載るほどにスタンダードな考え方ですけれど、「差別化する」ことを第一義に捉えて動こうとすると、ブランディングの作業は袋小路にはまってしまいかねません。それはなぜか。

 

差別化そのものを最終目的にしてしまうと、既存の他社の商品ばかりを意識することとなり、自らの持ち味を見失う恐れが生じるからです。商品開発に当たって、既存商品のありようを確認する作業は無駄ではないとはいえ、そこに全ての答えがあると過信してはならない、というのが私の考えです。

 

ブランディングの源泉はあくまで、自らの中にあるべきものなのです。「誰が何と言おうと、この商品はこうあるべき」という旗こそが大事なわけです(この話は連載で何度もお伝えしてきましたね)。

 

そんな「掲げる旗」がないまま、他者を見て差別化を図ろうとしても正解を導けないはずです。

 

 

ゼロからの新規開発

 

前置きが長くなり、失礼しました。なぜこんなことをあらためて思ったかというと、2022年2月に開催された北京五輪がきっかけでした。

 

今回はフリースタイルスキー・モーグルで、男女ともに表彰台に上ったメダリスト全員が使っていたスキー板の話です。表彰台をまさに独占していたこのスキー板は、欧米の有名ブランド製ではなく、大阪府守口市にある社員4名の会社、マテリアルスポーツが開発したものでした。ニュースで目にし、ご存じの方も少なくないでしょう。商品名は「ID one」です。

 

しかも、このID oneの第1号商品を同社が出したのは2000年のことと言いますから、小さな新興勢力が、海外の老舗スキーメーカーを向こうに回して大きな成果を遂げたという話でもあります。

 

もともとはゴーグルやグローブの販売に携わっていた会社ですけれど、気になることがあります。まず、どうして、ある意味で異分野であるスキー板作りに着手したのか。もう1つは、後発のスキーブランドなのに、なぜまた世界のトッププレイヤーがこぞってこのスキー板を使っているのかです。メダリストのみならず、北京五輪のモーグル出場選手の8割が使っていたとも聞くだけに、私は理由が知りたくなりました。

 

それらの背景を解き明かすべく、マテリアルスポーツ社長の藤本誠氏に話を聞きました。

 

 

社長が掲げた旗とは

 

スキー板を開発するきっかけは、1999年に当時現役だった上村愛子選手の一言だったそうです。かねてから親交のあった藤本氏が上村選手に調子を尋ねたら「そうですねえ……」と言葉を濁したそう。藤本氏はその場で言ったそうです。「だったら、スキーを僕が作ったろか」。藤本氏はスキー板の開発に携わった経験はなかったものの、ご自身も競技経験があり、この世界にずっと寄り添ってもきた。さらには、上村選手と話したのとほぼ同じ時期に、フィンランドのヤンネ・ラハテラ選手からも、スキー板の相談を受けていたと言います。

 

藤本氏にすれば、有名な海外のスキーメーカーならば、こうした選手の声に耳を傾けているはずと思っていただけに、2人が考える「良いスキー板がない」という話に驚いたそうです。

 

藤本氏は、国内のスキー製造工場に自ら出向いて、新しいスキー板の開発で上村選手に協力しようと動き出しました。

 

藤本氏が考えた開発コンセプトは「ぴたりとバランス良く雪面に着いて、ねじれのないスキー板」でした。まず、ここでしっかりと「開発する旗=テーマ」を、他ならぬ自分の手で掲げたのですね。そして、テーマを実現するにはどうすればいいか、製造工場のスキー板職人たちと検討を重ねました。

 

当時、当たり前だったポリウレタンを使わず、国産の木を採用して5つの層を重ねるようにして作る。しなりが良く、しかも強いから。一度形を決めたら調整できないので、作るのは大変だったそう。

 

試作した最初のスキー板をヤンネ選手に手渡したところ、「本当に作ったの!?」と驚き、そして喜んだそうです。ヤンネ選手も上村選手も完成したこのスキー板を使うことを決断し、2002年の米・ソルトレークシティー五輪では、ヤンネ選手が金メダル、上村選手は6位に入賞。ここから、このスキー板がトップ選手に広がっていきました。

 

 

性能差への答え

 

ある時、藤本氏は海外のコーチにこんな質問を投げかけました。「僕たちが作ったスキー板は、他のメーカーのスキー板に比べて、体感的に表現するとどれくらい性能が違うのですか?」。藤本氏は「20%以上は違う」という答えを期待していたそう。ところが、コーチから返ってきた返事は「5%」だというのですね。そんなに大差はなかった。この話に私は感じ入りました。

 

この5%の差こそが、トップ選手にとって大きな違いとなるのでしょう。だからこそ、開発者にとっては、5%の差を生み出すために費用も時間もエネルギーもちゃんとかけられるかが重要になる。そして微細な差が、実際に使う上では、極めて大きな違いを生むわけです。

 

これは何もスキー板に限ったことではありません。真の意味での差別化へのプロセスとは、つまりこういうものなのだと思います。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。