その他 2022.03.01

Vol.78 「次の一手」を峻別する:ダイヤロン

ダイヤロン「tattamy(タッタミー)」

わずか7mmという薄さのため、開き扉への干渉が少なく、ロボット掃除機との相性も良い。水や汚れに強い素材のため、ペットや小さな子どものいる家庭でも安心して使用できる

 

 

いつ、何を変えるか

 

一度売れた商品がさらにロングセラー化を目指す上で絶対に大事になるのは、「何を変えて、何を変えないのか」の峻別にあると感じています。売り上げに陰りが見えた場面でどうするか、浮き足立ってやみくもにリニューアルしては、本来の持ち味までも消すことになります。かといって、ライバルとなる商品が勢いを増している中で、何も手を打たないのでは、その商品に未来はありません。

 

まず、大手企業のロングセラー商品の話を少しお伝えします。アサヒビールの「アサヒスーパードライ」は、同社にとって起死回生の一手となった商品であることは、よく知られていますね。1980年代当時、同社はシェアを大きく減らしており、「5年後には会社がなくなる」というシミュレーションまで立てていたほどです。

 

そうした状況で1987年に発売したのがスーパードライでした。そして同社は会社消滅の危機から劇的に反転攻勢、業界トップにまで上り詰めます。ところが1990年代半ば、「キリン一番搾り」の反攻に遭います。その局面で、アサヒビールはどうしたか。担当者は打開策を迫る上層部を前にこう力説したそうです。

 

「一度評価を得たブランドにとって大事なのは、何をおいても『自らのブランドの力を信じること』です」。そして、リニューアルを焦るのではなく、「ビールの鮮度」を訴求する戦術をとるにとどめた。それが功を奏したのでしょう。スーパードライはその後も売れ続け、現在に至ります。

 

2021年には、缶なのに泡がモコモコと盛り上がる「スーパードライ 生ジョッキ缶」がヒット。そしてようやく、発売から36年を経た2022年、初めてのフルリニューアルに踏み切りました。中身にも手を入れ、この商品の売りである「味のキレ」に「飲みごたえ」を付加する方向にかじを切った。

 

つまり、「いつ」「何を」手直しするかは、とても重要という話ではないかと思うわけです。

 

 

 

 

需要は本当にないのか

 

ここからが本稿のテーマです。畳の話をしましょう。和室に敷き詰める、あの畳です。

 

住環境の変化から畳業界は近年厳しい状況にあり、事業者の数は全盛期の半分以下になっているとも聞きます。和室をしつらえる家が減っていく中で、畳にもう未来はないのか。

 

「いや、そうではない」と、ダイヤロン(東京都中央区)の社長である五十嵐秀典氏は考えたそうです。同社は畳職人を多く擁するメーカーですが、ならば、この現状をどう踏まえたのでしょうか。

 

「少なからぬ消費者が畳を求めているはずです。私たち畳業界はその思いに応えてこなかっただけなのではないか」(五十嵐氏)

 

確かに、「床に腰を下ろせる空間」を、私たちはもう完全にいらないと切り捨てているとは限りません。そうした需要にかなうような畳がさほどないだけ、と言えなくもない。もしそうだとしたら?

 

「現在の住環境に合った畳を開発するまでです」と五十嵐氏は決断しました。そして2021年秋、「tattamy(タッタミー)」という新商品を発売したのです。

 

その畳を実際に目にしてみると、「ああこういうことか」と理解できました。畳の形状は、ほぼ半畳分の正方形です。縦横がそれぞれ82cm。で、ここが大事なのですが、厚さというか薄さが7mmなのです。五十嵐氏に聞いたら、今の技術で畳を薄くできる限界のサイズらしいのです。これ以上薄くなると、それは畳ではなくてゴザですね。tattamyにはちゃんと芯材が入っています。

 

これならフローリングの床にほとんど段差なく自由に置けます。しかも部屋全体に敷き詰めなくても、部屋の一角に必要な分だけ敷けます。例えば赤ちゃんの世話をする空間にとか、ごろ寝したい空間にとか。また、この薄さなら、へりでつまずくリスクを軽減できます。専用のテープを使えば、この畳を床に固定して、また剥がして、と繰り返すこともできます。値段は1枚当たり1万450円(税込み)。

 

 

 

 

い草ではなく樹脂

 

五十嵐氏は「衰退する文化を後生大事にするのではなく、新しい商品を出して次の世代につなげたかった。畳屋の務めはあるはず」と言います。

 

このtattamy、開発に携わったのは生粋の畳職人でした。そんなベテラン職人が、畳の伝統を破るような商品を抵抗なく作れたのか――。それが、全く抵抗がなかったそうです。

 

その職人は、「今、消費者の皆さんがイメージする畳の形は、実は昭和初期に一般化したもの」だと言います。つまり、日本の畳の歴史からすると、ごく新しい。「ならば21世紀の生活環境に合う畳を今新たに作るなんて、当然の話でしょう」と言うのです。

 

さらに、ここが大事なのですが、このtattamyは、い草ではなくて樹脂製です。樹脂の畳を畳と呼んで良いのか。

 

五十嵐氏は即答しました。

 

「畳とはそもそも何か。冬は足が冷たくなく、夏はサラサラしてべたつかない。それが畳です。実は、い草の畳より樹脂製の方がその役割を果たせることに気付いたんです」

 

つまり、商品の再定義を試みた結果、厚くて重くて大きくて硬い畳ではなく、薄くて軽くて小さくて柔らかな畳を生み出せたわけです。

 

 

商品を再定義する大切さ

 

こうして「その商品はそもそもどうあるべきか、何が生命線か」を見つめ直し再定義する作業は、とても大事だと思います。冒頭にお伝えしたスーパードライの例で言いますと、味のキレ、ビールの鮮度という旗は決して下ろさなかったわけです。だからこそ、厳しいビール業界にあって長くヒットを続けてきた。

 

一方、畳の場合で言いますと、業界自体は右肩下がりながら、需要そのものが消滅しかけているのではないとダイヤロンは判断。そして、思い切った新商品を開発しながらも、畳本来の存在意義を見失いはしなかった。それどころか、畳の生命線はどこにあるのかの再定義に果敢に挑んだ、と表現しても良いでしょう。

 

五十嵐氏に言わせると、樹脂製で、しかも極めて薄いtattamyも、「まごうことなき畳」なのだそう。それは「よその業界では作れないはず」だから。

 

芯材に表皮材を巻き込むような工程を取るのが、畳メーカー以外では難しいそうです。畳業界では当たり前の技術ですが、とても手がかかるため、他業界のメーカーにとっては現実的ではないとのことです。

 

その意味でも、この商品はやはり畳なのですね。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Kitamura Mori
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。